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宇治拾遺物語

第109話(巻9・第4話)クウスケガ仏、供養の事

クウスケガ仏供養事

クウスケガ仏、供養の事

校訂本文

くうすけといひて、兵(つはもの)だつる法師ありき。親しかりつる僧のもとにぞありし。

その法師の、「仏を作り、供養し奉らばや」と言ひわたりければ、うち聞く人、「仏師に物取らせて、作り奉らんずるにこそ」と思ひて、仏師を家に呼びたれば、「三尺の仏、造り奉らんとするなり。奉らんずる物どもはこれなり」とて、取り出でて見せければ、仏師、「良きこと」と思ひて、取りて往なんとするに、言ふやう、「仏師に物奉りて、遅く造り奉れば、わが身も腹立たしく思ふことも出で来(く)。責め言はれ給ふ仏師もむつかしうなれば、功徳作るもかひなく思ゆるに、この物どもは、いと良き物どもなり。封付けて、ここに置き給ひて、やがて、仏をもここにて作り給へ。仏作り出だし奉り給へらん日、みなながら取りておはすべきなり」と言ひければ、仏師、「うるさきことかな」とは思ひけれども、物多く取らせたりければ、言ふままに仏作り奉るほどに、「仏師のもとにて作り奉らましかば、そこにてこそは物は参らましか。ここにいまして、物食はんとやはのたまはまし」とて、物も食はせざりければ、「さることなり」とて、わが家にて物うち食ひては、つとめて来て、一日作り奉りて、夜さりは帰りつつ、日ごろ経て造り奉りて、「この得んずる物をつのりて、人に物を借りて、漆塗らせ奉り、薄(はく)買ひなどして、えもいはず作り奉らんとす。かく人に物を借るよりは、漆の価(あたひ)のほどはまづ得て、薄も着せ、漆塗りにも取らせん」と言ひけれども、「など、かくのたまふぞ。初め、みな申ししたためたることにはあらずや。物はむれらかに得たるこそよけれ。細々に得んとのたまふ、悪(わろ)きことなり」と言ひて、取らせねば、人に物をば借りたりけり。

かくて、造り果て奉りて、仏の御眼など入れ奉りて、「物得て帰らん」と言ひければ、「いかにせまし」と思ひ回して、小女子どもの二人ありけるをば、「今日だに、この仏師に物して参らせん。何も取りて来(こ)」とて、出だしやりつ。われもまた、物取りて来んずるやうにて、太刀ひきはきて出でにけり。ただ、妻一人、仏師に向はせて置きたりけり。

仏師、仏の御眼入れ果てて、「をとこの僧、帰り来たらば、物よく食ひて、封付けて置きたりし物ども得て、家に持て行きて、その物はかのことに使はん、かの物はそのことに使はむ」としたくし思ひけるほどに、法師、こそこそとして入り来るままに、目をいからかして、「人の妻まく者ありや、ありや。をうをう」と言ひて、太刀を抜きて、仏師を切らんとて、走りかかりければ、仏師、「頭(かしら)うち割られぬ」と思ひて、走り逃げけるを、追ひ付きて、切り外し、切り外しつつ、追ひ逃して言ふやうは、「ねたき奴を逃がしつる。しや頭うち割らんと思ひつるものを。仏師は、必ず人の妻やまきける。をれ、後(のち)に逢はざらんやは」と、ねめかけて帰りにければ、仏師、逃れのきて、息つき立ちて思ふやう、「かしこく頭をうち割られずなりぬる。『後に逢はざらんやは』とねめずばこそ、腹のたつほど、かくしつるかとも思はめ。見え逢はば、また『頭割らん』ともこそ言へ。千万の物、命に増すものなし」と思ひて、物の具をだに取らず、深く隠れにけり。薄・漆の料に物借りたりし人、使ひを付けて責めければ、仏師、とかくして返しけり。

かくて、くうすけ、「かしこき仏を造り奉りたる。いかで供養し奉らん」など言ひければ、このことを聞きたる人々、笑ふもあり、憎むもありけるに、「良き日とりて、仏供養し奉らん」とて、主にも乞ひ、知りたる人にも物乞ひ取りて、講師(かうじ)の前、人にあつらへさせなどして、その日になりて、講師呼びければ、来にけり。

おもて入るに、この法師、出で向ひて、土を掃きて居たり。「こはいかにし給ふことぞ」と言へば、「いかで、かくつかうまつらではさぶらはむ」とて、名簿1)を書きて取らせたりければ、講師は「思ひがけぬことなり」と言へば、「今日より後は、つかうまつらんずれば、参らせ候ふなり」とて、良き馬を引き出だして、「異物(こともの)は候はねば、この馬を御布施には奉り候はんずるなり」と言ふ。又、鈍色(にぶいろ)なる絹のいと良きを包みて、取り出だして、「これは女の奉る御布施なり」とて見すれば、講師、笑みまげて、「よし」と思ひたり。前の物、まうけて据ゑたり。講師、食はんとするに、言ふやうは、「まづ仏を供養して後、物を召すべきなり」と言ひければ、「さることなり」とて、高座に上りぬ。「布施、よき物どもなり」とて、講師、心に入れてしければ、聞く人も尊がり、この法師もはらはらと泣きけり。

講果てて、金(かね)打ちて、高座より下りて、物食はんとするに、法師、寄り来て言ふやう、手をすりて、「いみじく候ひつるものかな。今日よりは、長く頼み参らせんずるなり。つかまつり人となりたれば、御まかりに候へば、御まかりたべ候ひなん」とて、箸をだに立てさせずして、取りて持ちて往ぬ。

これをだに、「あやし」と思ふほどに、馬を引き出だして、「この馬、はしのりに給はり候はん」とて、引き返して往ぬ。絹を取りて来れば、「さりとも、これは得させんずらん」と思ふほどに、「冬そぶつに給はり候はん」とて取りて、「さらば、帰らせ給へ」と言ひければ、夢にとびしたるらん心地して、出でて去にけり。

異所(ことどころ)に呼ぶありけれど、「これは、良き馬など布施に取らせんとす」と、かねて聞きければ、人の呼ぶ所には行かずして、ここに来けるとぞ聞きし。

かかりとも、少しの功徳は得てんや。いかがあるべからん。

翻刻

くうすけといひて兵たつる法師ありきしたしかりつる僧の
もとにそありしその法師の仏をつくり供養したてまつら
はやといひわたりけれはうちきく人仏師に物とらせて作たて
まつらんするにこそと思て仏師を家によひたれは三尺の仏
造たてまつらんとする也たてまつらんする物ともはこれなりとて
とりいててみせけれは仏師よきことと思て取ていなんとするに/下13ウy280
いふやう仏師に物たてまつりてをそく造たてまつれは我身も
腹たたしくおもふ事もいてくせめいはれ給仏師もむつかしう
なれは功徳つくるもかひなくおほゆるに此物ともはいとよき物とも
なりふう付てここにをき給てやかて仏をもここにてつくり給へ
仏作いたし奉り給へらん日皆なからとりておはすへきなりと
いひけれは仏師うるさき事かなとは思けれとも物おほくとら
せたりけれはいふままに仏つくりたてまつる程に仏師のもとにて
作たてまつらましかはそこにてこそは物はまいらましかここにい
まして物くはんとやはの給はましとて物もくはせさりけれはさる
事也とて我家にて物うちくひてはつとめてきて一日作たてま
つりて夜さりは帰つつ日比へて造たてまつりて此えんする物を
つのりて人に物を借てうるしぬらせたてまつり薄かいなとして
えもいはす作たてまつらんとすかく人に物を借よりは漆の/下14オy281
あたひの程は先えて薄もきせうるしぬりにもとらせんといひ
けれともなとかくの給そはしめみな申ししたためたる事には
あらすや物はむれらかにえたるこそよけれ細々にえんとの給
わろき事也といひてとらせねは人に物をは借たりけりかくて
造はてたてまつりて仏の御眼なと入たてまつりて物えて帰
らんといひけれはいかにせましと思まはして小女子ともの二人有
けるをはけふたにこの仏師に物してまいらせんなにもとりてことて
いたしやりつ我も又物とりてこんするやうにて太刀ひきはきて
出にけりたた妻ひとり仏師にむかはせてをきたりけり仏師仏
の御眼入はてておとこの僧帰きたらは物よく食て封付て置
たりし物ともえて家にもて行てその物はかの事につかはんかの
物はその事につかはむとしたくし思ける程に法師こそこそとして入
くるままに目をいからかして人の妻まく物ありやありやをうをうと/下14ウy282
いひて太刀をぬきて仏師をきらんとて走かかりけれは仏師か
しらうちわられぬと思てはしり逃けるを追付てきりはつ
しきりはつしつつ追にかしていふやうはねたきやつをにかしつるしや
頭うちわらんと思つる物を仏師はかならす人の妻やまきける
をれのちにあはさらんやはとねめかけて帰にけれは仏師逃のき
ていきつきたちておもふやうかしこく頭をうちわられすなりぬる
後に逢さらんやはとねめすはこそ腹のたつ程かくしつるかとも
思はめみえあはは又頭わらんともこそいへ千万の物命にます物なし
と思て物の具をたにとらすふかくかくれにけり薄漆のれうに
物かりたりし人つかひを付て責けれは仏師とかくして返しけり
かくてくうすけかしこき仏を造たてまつりたるいかて供養し
奉らんなといひけれはこの事をききたる人々笑もありにくむも
ありけるによき日とりて仏供養したてまつらんとて主にも/下15オy283
こひしりたる人にも物こひとりて講師のまへ人にあつらへさせ
なとしてその日に成て講師よひけれは来にけりおもて入にこの
法師いてむかひて土をはきてゐたりこはいかにし給事そ
といへはいかてかく仕らてはさふらはむとて名□を書てとらせたり
けれは講師は思かけぬ事なりといへはけふより後は仕まつらんす
れはまいらせ候なりとてよき馬を引出してこと物は候はねはこの馬
を御布施にはたてまつり候はんする也といふ又にふ色成絹の
いとよきをつつみて取いたしてこれは女のたてまつる御布施なり
とてみすれは講師えみまけてよしと思ひたりまへのものまうけて
すへたり講師くはんとするにいふやうは先仏を供養して
後物をめすへきなりといひけれはさる事也とて高座に上り
ぬ布施よき物ともなりとて講師心に入てしけれは聞人もたう
とかりこの法師もはらはらとなきけり講はてて金打て高座/下15ウy284
よりおりて物くはんとするに法師よりきていふやう手をすりて
いみしく候つる物かなけふよりはなかくたのみまいらせんする也つかま
つり人となりたれは御まかりに候へは御まかりたへ候なんとてはしを
たにたてさせすしてとりてもちていぬこれをたにあやしと
おもふ程に馬を引いたしてこの馬はしのりに給はり候はんとて
引返していぬ絹をとりてくれはさりともこれはえさせんすらん
とおもふ程に冬そふつに給はり候はんとてとりてさらは帰らせ
給へといひけれは夢にとひしたる覧心ちして出ていにけり
こと所によふありけれとこれはよき馬なとふせにとらせんとすと
かねて聞けれは人のよふ所にはいかすしてここに来けるとそききし
かかりともすこしの功徳はえてんやいかかあるへからん/下16オy285
1)
「簿」は底本一字空白。古本系は全て空白。古活字本により補う。
text/yomeiuji/uji109.1546954539.txt.gz · 最終更新: 2019/01/08 22:35 by Satoshi Nakagawa