text:yomeiuji:uji101
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text:yomeiuji:uji101 [2018/09/29 12:40] – Satoshi Nakagawa | text:yomeiuji:uji101 [2018/09/29 12:42] (現在) – [校訂本文] Satoshi Nakagawa | ||
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尋ねわびて、「いかにせん。これが行方(ゆくへ)聞きてこそ帰らめ」と思ひて、その夜、東大寺の大仏の御前にて、「このまうれんが所、教へさせ給へ」と夜一夜申して、うちまどろみたる夢に、この仏、仰せらるるやう、「尋ぬる僧のあり所は、これより坤(ひつじさる)の方に山あり。その山の雲たなびきたる所を行きて尋ねよ」と仰せらるると見て覚めければ、暁方になりにけり。「いつしか、とく夜の明けよかし」と思ひて、見居たれば、ほのぼのと明け方になりぬ。坤の方を見やりたれば、山かすかに見ゆるに、紫の雲たなびきたり。 | 尋ねわびて、「いかにせん。これが行方(ゆくへ)聞きてこそ帰らめ」と思ひて、その夜、東大寺の大仏の御前にて、「このまうれんが所、教へさせ給へ」と夜一夜申して、うちまどろみたる夢に、この仏、仰せらるるやう、「尋ぬる僧のあり所は、これより坤(ひつじさる)の方に山あり。その山の雲たなびきたる所を行きて尋ねよ」と仰せらるると見て覚めければ、暁方になりにけり。「いつしか、とく夜の明けよかし」と思ひて、見居たれば、ほのぼのと明け方になりぬ。坤の方を見やりたれば、山かすかに見ゆるに、紫の雲たなびきたり。 | ||
- | 嬉しくて、そなたを指して行きたれば、まことに堂などあり。人ありと見ゆる所へ寄りて、「まうれん小院やいまする」と言へば、「誰(た)そ」とて、出でて見れば、信濃なりしわが姉なり。「こは、いかにして尋ねいましたるぞ。思ひがけず」と言へば、ありつるありさまを語る。「さて、いかに寒くておはしつらん。『これを着せ奉らん』とて、持たりつる物なり」とて、引き出でたるをみれば、ふくたいといふ物を、なべてにも似ず太き糸して、厚々(あつあつ)と細かに強げにしたるを持て来たり。悦びて、取りて着たり。もとは紙きぬ一重をぞ着たりける。さて、いと寒かりけるに、これを下に着たりければ、暖かにてよかりけり。さて、おほくの年ごろ行ひけり。 | + | 嬉しくて、そなたを指して行きたれば、まことに堂などあり。人ありと見ゆる所へ寄りて、「まうれん小院やいまする」と言へば、「誰(た)そ」とて、出でて見れば、信濃なりしわが姉なり。「こは、いかにして尋ねいましたるぞ。思ひがけず」と言へば、ありつるありさまを語る。「さて、いかに寒くておはしつらん。『これを着せ奉らん』とて、持たりつる物なり」とて、引き出でたるをみれば、ふくたいといふ物を、なべてにも似ず太き糸して、厚々(あつあつ)と細かに強げにしたるを持て来たり。悦びて、取りて着たり。もとは紙衣(かみぎぬ)一重をぞ着たりける。さて、いと寒かりけるに、これを下に着たりければ、暖かにてよかりけり。 |
- | さて、この姉の尼ぎみも、もとの国へ帰らず、とまり居て、そこに行ひてぞありける。 | + | さて、おほくの年ごろ行ひけり。さて、この姉の尼ぎみも、もとの国へ帰らず、とまり居て、そこに行ひてぞありける。 |
さて、多くの年ごろ、このふくたいをのみ着て行ひければ、果てには破(や)れ破れと着なしてありけり。鉢に乗りて着たりし蔵をば、「飛蔵(とびくら)」とぞ言ひける。その蔵にぞ、ふくたいの破れなどは納めて、まだあんなり。その破れの端(はし)を、つゆばかりなど、おのづから縁に触れて得たる人は、守りにしけり。 | さて、多くの年ごろ、このふくたいをのみ着て行ひければ、果てには破(や)れ破れと着なしてありけり。鉢に乗りて着たりし蔵をば、「飛蔵(とびくら)」とぞ言ひける。その蔵にぞ、ふくたいの破れなどは納めて、まだあんなり。その破れの端(はし)を、つゆばかりなど、おのづから縁に触れて得たる人は、守りにしけり。 |
text/yomeiuji/uji101.txt · 最終更新: 2018/09/29 12:42 by Satoshi Nakagawa