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text:yomeiuji:uji097 [2014/10/06 22:18] Satoshi Nakagawatext:yomeiuji:uji097 [2018/09/25 15:20] (現在) Satoshi Nakagawa
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 宇治拾遺物語 宇治拾遺物語
-====== 第97話(巻7・第6話)小野宮の大饗の事付、西宮殿富小路大臣等・・・ ======+====== 第97話(巻7・第6話)小野宮の大饗の事 付、西宮殿富小路大臣等大饗の事 ======
  
-**小野宮大饗事付西宮殿富小路大臣等大饗事**+**小野宮大饗事 付西宮殿富小路大臣等大饗事**
  
-**小野宮の大饗の事付、西宮殿富小路大臣等、大饗の事**+**小野宮の大饗の事 付、西宮殿富小路大臣等、大饗の事**
  
-いまはむかし、小野宮殿の大饗に、九条殿の御贈物にし給たりける女の装束に、そへられたりける紅の打たるほそながを、心なかりける御前の取はづして遣水に落し入たりけるを、則取あげてうちふるひければ、水ははしりてかはきにけり。そのぬれたりけるかたの袖の、つゆ水にぬれたるともみえで、おなじやうにうちめなどもありける。むかしは打たる物はかやうになんありける。+===== 校訂本文 =====
  
-「西宮殿の大饗に小野宮殿を尊者おはせよ」とありければ、「年老、腰いくて、庭拝えすまじればえまうまじきを、雨ふらば庭の拝もあるまじければまいりなん。ふらずば、えなんまいるまじ」と御返事りければ雨ふべきよしいみく祈給けり。+今は昔小野宮殿((藤原実頼))の大饗に、九条殿((藤原師輔))の御贈物し給ひたりける女の装束に添へられたりける紅打ちたる細長(ほそなが)を、心なかりる御前(みさき)の取りはして遣水(やりみづ)に落し入れたりけるを、すなはち取り上げてうち振ひければ、水は走りて乾にけり。そ濡れたりける方(かた)の袖のつゆ水に濡れたとも見えでやうに打ち目などもありる。昔は打ちたるものはかやうになんあける
  
-しるしありけその日になりてわざとはなくて空くもりわたりて、雨そそぎければ、小野宮殿は脇よりのておはしけり。+また、西宮殿((源高明))大饗、「小野宮殿を尊者におはせよ」とありければ「年老い腰痛くて、庭の拝(はい)えすまじければ、え詣づまじきを、雨降らば、庭の拝もあるまじければ、なん。降らずは、えなん参るまじき」と御返事ければ、雨降るべきよ、いみじく祈り給ひけり。
  
-中嶋に大に木たかき松一本たてりけり。その松をみとみ人、「藤のかかたりましかば」とのみみつついひればこの大饗の日はむ月の事れども、藤の花いみじくおかしくつくりて、松の木すゑよりひまなうかたるが時ならぬ物すさまじきに、これは空のくもりて雨のそぼふるに、いみじくめでたううみゆ。いのおもてに影のうつて風のふけば、水のうへもひとつになびきたる。「まことに藤浪といふ事はこれをいふにやあらん」とぞみえける+その験(しし)にやありけの日になりて、わざとはなくて空曇りわたりて、雨そそきけれ小野宮殿脇より上りておしけり。
  
-、後の日、富小路のおとどの大饗に、御家のあやしくて、所々のしちらひもわりなくかまへてありければ、人々、「みぐるしき大饗かな」と思たりけるに、日暮て、やうやうてがたになるに、引出物の時になりて、東の廊のまへに曳きたる幕のうちに、引出物の馬を引立てありけるが、幕のうちながらいななきたりけるこゑ、空をひびかしけるを、人々、「いみじき馬の声かな」ときけるに、幕柱を蹴折て、口りをげてるをれば、黒栗毛なるうまの、たけ八きあまりばかりなる、ひらにみゆるまで身ふとく肥たるかいこみかみなれば、額のもち月のやうにてしろくみえければ、見てほめののしりけるこゑかしましきまなんきこえける馬のふるまゐおも尾さし足つきなここはとみゆる所なくつききしかりければ、家のしちらひのみるしかりつるもきえてたうなんありける+中島に大きに木高き松、一本立てりけり。その松を見と見る人、「藤のかかりたらましかば」とのみ、見つつ言ひければ、この大饗の日は睦月のことなれども、藤の花、いみじくをかしく作りて、松の梢(こづゑ)より隙(ひま)なう架けられたるが、時ならぬものはすさまじきに、これは空の曇りて雨のそぼ降るに、いみじくめでたう、をかしう見ゆ。池の面(おもて)に影の映りて、風の吹けば、水の上も一つになびきたる。「まことに藤浪(ふじなみ)といふことは、これを言ふにやあらん」とぞ見えける。 
 + 
 +また、後の日、富小路の大臣(おとど)((藤原顕忠))の大饗に、御家のあやしくて、所々のしちらひもわりなくかまへてありければ、人々、「見苦しき大饗かな」と思たりけるに、日暮て、ことやうやうてがたになるに、引出物(ひきいでもの)の時になりて、東の廊のに曳きたる幕のに、引出物の馬を引てありけるが、幕のながらいななきたりける、空をかしけるを、人々、「いみじき馬の声かな」ときけるほどに、幕柱を蹴折て、口りをげてるをれば、黒栗毛なるの、たけ八寸(や)あまりばかりなる、平(ひら)見ゆるまで身太く肥えたる、かいこ髪なれば、額の望月のやうにて白く見えければ、見て讃めののしりける声、かしがましきまでなん聞こえける。馬の振舞ひ、おもだち、尾ざし、足つきなどの、ここはと見ゆる所なく、つきづきしかりければ、家のしちらひの見苦しかりつるも消えて、めでたうなんありける。 
 + 
 +さて、世の末までも語り伝ふるなりけり。 
 + 
 +===== 翻刻 ===== 
 + 
 +  いまはむかし小野宮殿の大饗に九条殿の御贈物にし給 
 +  たりける女の装束にそへられたりける紅の打たるほそなかを 
 +  心なかりける御前の取はつして遣水に落し入たりけるを則取あけて 
 +  うちふるひけれは水ははしりてかはきにけりそのぬれたりける/110オy223 
 + 
 +  かたの袖のつゆ水にぬれたるともみえておなしやうにうちめなとも 
 +  ありけるむかしは打たる物はかやうになんありける又西宮殿の大 
 +  饗に小野宮殿を尊者におはせよとありけれは年老腰 
 +  いたくて庭の拝えすましけれはえまうつましきを雨ふらは 
 +  庭の拝もあるましけれはまいりなんふらすはえなんまいる 
 +  ましきと御返事のありけれは雨ふるへきよしいみしく祈 
 +  給けりそのしるしにやありけんその日になりてわさとはなくて 
 +  空くもりわたりて雨そそきけれは小野宮殿は脇よりのほり 
 +  ておはしけり中嶋に大に木たかき松一本たてりけり 
 +  その松をみとみる人藤のかかりたらましかはとのみみつつ 
 +  いひけれはこの大饗の日はむ月の事なれとも藤の花いみしく 
 +  おかしくつくりて松の木すゑよりひまなうかけられたるか時 
 +  ならぬ物はすさましきにこれは空のくもりて雨のそほふるに/110ウy224 
 + 
 +  いみしくめてたうおかしうみゆいけのおもてに影のうつりて 
 +  風のふけは水のうへもひとつになひきたるまことに藤浪と 
 +  いふ事はこれをいふにやあらんとそみえける又後の日富小路 
 +  のおととの大饗に御家のあやしくて所々のしちらひもわりなく 
 +  かまへてありけれは人々みくるしき大饗かなと思たりけるに 
 +  日暮て事やうやうはてかたになるに引出物の時になりて東の 
 +  廊のまへに曳きたる幕のうちに引出物の馬を引立てありける 
 +  か幕のうちなからいななきたりけるこゑ空をひひかしけるを 
 +  人々いみしき馬の声かなとききける程に幕柱を蹴折て 
 +  口とりをひきさけていてくるをみれは黒栗毛なる馬のたけ 
 +  八きあまりはかりなるひらにみゆるまて身ふとく肥たるかいこみ 
 +  かみなれ額のもち月のやうにてしろくみえけれ見てほめのの 
 +  しりけるこゑかしましきまなんきこえける馬のふるまゐ/111オy225 
 + 
 +  おもち尾さし足つきなのここはとみゆる所なくつききし 
 +  かりけれ家のしちらひのみるしかりつるもきえてめたう 
 +  なんありけるさて世のすゑまてもかたりつたふる也けり/111ウy226
  
-さて、世のすゑまでもかたりつたふる也けり。 
text/yomeiuji/uji097.txt · 最終更新: 2018/09/25 15:20 by Satoshi Nakagawa