text:yomeiuji:uji097
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text:yomeiuji:uji097 [2014/04/12 01:48] – 作成 Satoshi Nakagawa | text:yomeiuji:uji097 [2018/09/25 15:20] (現在) – Satoshi Nakagawa | ||
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- | ====== 第97話(巻7・第6話)小野宮の大饗の事(付、西宮殿富小路大臣等、大饗の事) ====== | + | 宇治拾遺物語 |
+ | ====== 第97話(巻7・第6話)小野宮の大饗の事 付、西宮殿富小路大臣等大饗の事 ====== | ||
- | **小野宮大饗事(付西宮殿富小路大臣等大饗事** | + | **小野宮大饗事 付西宮殿富小路大臣等大饗事** |
- | **小野宮の大饗の事(付、西宮殿富小路大臣等、大饗の事)** | + | **小野宮の大饗の事 付、西宮殿富小路大臣等、大饗の事** |
- | いまはむかし、小野宮殿の大饗に、九条殿の御贈物にし給たりける女の装束に、そへられたりける紅の打たるほそながを、心なかりける御前の取はづして遣水に落し入たりけるを、則取あげてうちふるひければ、水ははしりてかはきにけり。そのぬれたりけるかたの袖の、つゆ水にぬれたるともみえで、おなじやうにうちめなどもありける。むかしは打たる物はかやうになんありける。 | + | ===== 校訂本文 ===== |
- | 又、「西宮殿の大饗に小野宮殿を尊者におはせよ」とありければ、「年老、腰いたくて、庭の拝えすまじければ、えまうづまじきを、雨ふらば、庭の拝もあるまじければまいりなん。ふらずば、えなんまいるまじき」と御返事のありければ、雨ふるべきよし、いみじく祈給けり。 | + | 今は昔、小野宮殿((藤原実頼))の大饗に、九条殿((藤原師輔))の御贈物にし給ひたりける女の装束に添へられたりける紅の打ちたる細長(ほそなが)を、心なかりける御前(みさき)の、取りはづして遣水(やりみづ)に落し入れたりけるを、すなはち取り上げて、うち振ひければ、水は走りて乾きにけり。その濡れたりける方(かた)の袖の、つゆ水に濡れたるとも見えで、同じやうに打ち目などもありける。昔は打ちたるものはかやうになんありける。 |
- | そのしるしにやありけん、その日になりて、わざとはなくて空くもりわたりて、雨そそぎければ、小野宮殿は脇よりのぼりておはしけり。 | + | また、西宮殿((源高明))の大饗に、「小野宮殿を尊者におはせよ」とありければ、「年老い、腰痛くて、庭の拝(はい)えすまじければ、え詣づまじきを、雨降らば、庭の拝もあるまじければ、参りなん。降らずは、えなん参るまじき」と御返事のありければ、雨降るべきよし、いみじく祈り給ひけり。 |
- | 中嶋に大に木たかき松一本たてりけり。その松をみとみる人、「藤のかかりたりましかば」とのみみつついひければ、この大饗の日はむ月の事なれども、藤の花いみじくおかしくつくりて、松の木すゑよりひまなうかけられたるが、時ならぬ物はすさまじきに、これは空のくもりて雨のそぼふるに、いみじくめでたうおかしうみゆ。いけのおもてに影のうつりて風のふけば、水のうへもひとつになびきたる。「まことに藤浪といふ事はこれをいふにやあらん」とぞみえける。 | + | その験(しるし)にやありけん、その日になりて、わざとはなくて空曇りわたりて、雨そそきければ、小野宮殿は脇より上りておはしけり。 |
- | 又、後の日、富小路のおとどの大饗に、御家のあやしくて、所々のしちらひもわりなくかまへてありければ、人々、「みぐるしき大饗かな」と思たりけるに、日暮て、事やうやうはてがたになるに、引出物の時になりて、東の廊のまへに曳きたる幕のうちに、引出物の馬を引立てありけるが、幕のうちながらいななきたりけるこゑ、空をひびかしけるを、人々、「いみじき馬の声かな」とききける程に、幕柱を蹴折て、口とりをひきさげていでくるをみれば、黒栗毛なるうまの、たけ八きあまりばかりなる、ひらにみゆるまで身ふとく肥たる、かいこみかみなれば、額のもち月のやうにてしろくみえければ、見てほめののしりけるこゑ、かしがましきまでなんきこえける。馬のふるまゐ、おもだち、尾さし足つきなどの、ここはとみゆる所なく、つきづきしかりければ、家のしちらひのみぐるしかりつるもきえて、めでたうなんありける。 | + | 中島に大きに木高き松、一本立てりけり。その松を見と見る人、「藤のかかりたらましかば」とのみ、見つつ言ひければ、この大饗の日は睦月のことなれども、藤の花、いみじくをかしく作りて、松の梢(こづゑ)より隙(ひま)なう架けられたるが、時ならぬものはすさまじきに、これは空の曇りて雨のそぼ降るに、いみじくめでたう、をかしう見ゆ。池の面(おもて)に影の映りて、風の吹けば、水の上も一つになびきたる。「まことに藤浪(ふじなみ)といふことは、これを言ふにやあらん」とぞ見えける。 |
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+ | また、後の日、富小路の大臣(おとど)((藤原顕忠))の大饗に、御家のあやしくて、所々のしちらひもわりなくかまへてありければ、人々、「見苦しき大饗かな」と思ひたりけるに、日暮れて、ことやうやう果てがたになるに、引出物(ひきいでもの)の時になりて、東の廊の前に曳きたる幕の内に、引出物の馬を引き立ててありけるが、幕の内ながら、いななきたりける声、空を響かしけるを、人々、「いみじき馬の声かな」と聞きけるほどに、幕柱を蹴折りて、口取りを引き下げて出で来るを見れば、黒栗毛なる馬の、たけ八寸(やき)あまりばかりなる、平(ひら)に見ゆるまで身太く肥えたる、かいこみ髪なれば、額の望月のやうにて白く見えければ、見て讃めののしりける声、かしがましきまでなん聞こえける。馬の振舞ひ、おもだち、尾ざし、足つきなどの、ここはと見ゆる所なく、つきづきしかりければ、家のしちらひの見苦しかりつるも消えて、めでたうなんありける。 | ||
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+ | さて、世の末までも語り伝ふるなりけり。 | ||
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+ | ===== 翻刻 ===== | ||
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+ | いまはむかし小野宮殿の大饗に九条殿の御贈物にし給 | ||
+ | たりける女の装束にそへられたりける紅の打たるほそなかを | ||
+ | 心なかりける御前の取はつして遣水に落し入たりけるを則取あけて | ||
+ | うちふるひけれは水ははしりてかはきにけりそのぬれたりける/110オy223 | ||
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+ | かたの袖のつゆ水にぬれたるともみえておなしやうにうちめなとも | ||
+ | ありけるむかしは打たる物はかやうになんありける又西宮殿の大 | ||
+ | 饗に小野宮殿を尊者におはせよとありけれは年老腰 | ||
+ | いたくて庭の拝えすましけれはえまうつましきを雨ふらは | ||
+ | 庭の拝もあるましけれはまいりなんふらすはえなんまいる | ||
+ | ましきと御返事のありけれは雨ふるへきよしいみしく祈 | ||
+ | 給けりそのしるしにやありけんその日になりてわさとはなくて | ||
+ | 空くもりわたりて雨そそきけれは小野宮殿は脇よりのほり | ||
+ | ておはしけり中嶋に大に木たかき松一本たてりけり | ||
+ | その松をみとみる人藤のかかりたらましかはとのみみつつ | ||
+ | いひけれはこの大饗の日はむ月の事なれとも藤の花いみしく | ||
+ | おかしくつくりて松の木すゑよりひまなうかけられたるか時 | ||
+ | ならぬ物はすさましきにこれは空のくもりて雨のそほふるに/110ウy224 | ||
+ | |||
+ | いみしくめてたうおかしうみゆいけのおもてに影のうつりて | ||
+ | 風のふけは水のうへもひとつになひきたるまことに藤浪と | ||
+ | いふ事はこれをいふにやあらんとそみえける又後の日富小路 | ||
+ | のおととの大饗に御家のあやしくて所々のしちらひもわりなく | ||
+ | かまへてありけれは人々みくるしき大饗かなと思たりけるに | ||
+ | 日暮て事やうやうはてかたになるに引出物の時になりて東の | ||
+ | 廊のまへに曳きたる幕のうちに引出物の馬を引立てありける | ||
+ | か幕のうちなからいななきたりけるこゑ空をひひかしけるを | ||
+ | 人々いみしき馬の声かなとききける程に幕柱を蹴折て | ||
+ | 口とりをひきさけていてくるをみれは黒栗毛なる馬のたけ | ||
+ | 八きあまりはかりなるひらにみゆるまて身ふとく肥たるかいこみ | ||
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- | さて、世のすゑまでもかたりつたふる也けり。 |
text/yomeiuji/uji097.txt · 最終更新: 2018/09/25 15:20 by Satoshi Nakagawa