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text:yomeiuji:uji091 [2015/03/20 05:44]
Satoshi Nakagawa [第91話(巻6・第9話)僧伽多、羅刹の国へ行く事]
text:yomeiuji:uji091 [2018/07/27 10:26] (現在)
Satoshi Nakagawa
ライン 6: ライン 6:
 **僧伽多、羅刹の国へ行く事** **僧伽多、羅刹の国へ行く事**
  
-むかし、天竺に僧伽多といふ人あり。五百人の商人を船にのせてかねのつへ行に、俄にあしき風吹て船を南のかたへ吹もてゆく事矢を射がごとし。しらぬ世界に吹よせられて、陸によりたるを、かしこきとにして、左右なくみなまどひおりぬ。+===== 校訂本文 =====
  
-しばしばかりあて、いみじかしげなる女房、十人斗出きて、うたわたしらぬ世界にきて、心ぼそおぼえつる、かか目出き女ども見付て悦てよびよす。よばれてよりきぬ。ちまさりて、らうた事物もにず。五百人のあき人目をつけてめでたがる事限り+昔、天竺に僧伽多(そうた)といふ人あ。五百人の商人(きびと)を船に乗せのせて、かねの津つへ行に、にはに悪き風吹きて、南の方(か)へ吹き持行くこと、矢を射がごと。知らぬ世界に寄せられて、陸(が)寄りたるをしこことして左右く、みなまどひ下りぬ
  
-商人、女に問ていく、「我等求ん為に出にしに、あしき風にあひてらぬ世界にきたり。たへがたおもふあひだに、人々の御ありさまみるに愁の心みなうせぬ。はすみやかに、ぐしておはして、我等をやしなひ給へ。船はみなそんじれば、帰べやうなし」いへば女ども、「さらば、いざさせ給へ」といひて、前にちて道引てゆく+しばしばかりありみじをかしげなる女房十人ばかり出で来てひて渡る。知らぬ世界に来て、心細思えつるに、かかるめでたき女ども見付けて悦びて呼び寄す。呼ばれて寄り来ぬ。近(ちか)さりして、らうたきと、似ず。五百人の商人目をつけて、めでがることかぎりなし
  
-きつきしろくたかき築地遠くつきまは門をいかめくたてたり。うちぐして入ぬ。門のじうをやがつ。内に入てみれば、さまざまども、へだてへだて作たり。男一人もなし。さて商人どもみなとりどり妻にしすむ。かたみにおもひあふ事限なし+商人、女問ひいはく、「わ求めんために出でにき風にあひ、知らぬ世界に来たり。耐へがたく思ふあひだに、人々御ありさまを見る、愁ひの心みな失せぬ。今はすみかに具しおはして、われらを養ひ給へ。船はな損じたれば、帰るべきやうなし」と言へば、こども、「さらばいざせ給へ」と言ひて、立ち導きて行く
  
-片時もはなるべ心ちせずし住あひだ此女日ごとにひるねする事久。かほおかしげながら、ね入すこけうとくみゆ僧伽多、此けとき、心えずあやくおぼしければ、やはらおきかたがたをみれば、さまざまのへだへだり。+家に来着きて、見れば白く高き築地(ついぢ)遠くつきまはて、門をいく立てり。その内て入りぬ門の錠(じや)やがつ。内に入り、見れば、さまざまの屋ども、隔たり。男、一人もなし。さて、商人ども、みなとりどりに妻にして住む。かたみに思ひ合ふことかぎりなし
  
-ここに、ひとつのだてあり。築地をたかくつきめぐらたり。戸にぢやうをつよくさせり。そばよりのぼりて内をみれば、人おほくあり。或は死に、或はにようこゑす。又、しろきかばね、あかき尸おほくあり。そうかた、独のいきた人をまねせて、「これはいかなる人の、かくてはるぞ」ととふに、答云、「我は南天竺の物なり。あきなのために海をありきしにあしき風にはなれてこの島にきたれば、よにめでたげなるどもにたばかられて帰らん事も忘て住ほどに、うみとうむ子はみな女なり。かぎりなく思て住ほどに、又こと商人、舟よりきぬれば、もとの男をばかくのごとくして、日の食あつるなり。御身どもも、又、舟きなばかかるめをこそは見給はめ。いかにもして、とくとく逃給へ。この鬼は、三時斗はひるねをする也。そのあひだに、よくにげば、逃つべき也。の篭られたる四方は鉄にてかためたり其うへよろづすぢたたれたれば、逃べきやうな」とくなくいひければ「あやしとは思つるに」とて、帰てのこりのあき人どもに、此よをかたるに、みなあきれまどひて、女のねたる隙に、僧かたをはじめして、浜へみな行ぬ+片時()も離心地ずして、住むあひ、この女、ごとに昼をすること久し、をがら寝入たびけうく見ゆ
  
-はるかに補陀落世界のかたへむかひてもろともにあげ観音を念じるに沖のより大なる白馬、浪うへを游商人等の前にきて、ぶしにふしぬ「これ念じまいするるしな」と思て、あるかみなとり付て乗ぬ+僧伽多、このけうとき、心得ず、あやしく思えれば、やはら起きて、方々(かたがた)を見ればさまざまあり。ここにひとの隔てあり築地を高くつきめぐらしたり。戸に錠を強くさせり。そばより上(のぼ)りて内を見れば人、多くあり。あるいは死に、あるいはによふ声す。また、白き屍(ばね)、赤き屍、多くあり。
  
-て、女どもは、ねおきるに、男ども一人も「逃ぬるにこそ」とて、あるかぎり浜へ出れば、男、あしげなるのりて、海をわたりてゆく。女ども忽に長一丈ばかりのになりて、四五十丈おどりあて、びののしるに、の商人の中、女のよにありがたかりおもひいづもの一人りけ、とりはづして海におち入。羅刹、ばいしらがひて、これを破り食けり+僧伽多、一人の生きたる人を招き寄せて、「これは、いかなる人の、かくはあぞ」と問ふに、答へていはく、「われは南天竺の者商ひのために海をありきしに、悪しき風にはなれて、この島に来たれば、よにめでたげな女どもたばかられて、帰らんことも忘れ住むほどに産みと産む子はみな女なり。かぎりなく思ひ住むほどに、また、異(こと)商人、舟より来ぬれば、もとのをばかくのごとくして日の食に当つるり。御身どもも、また舟来(き)ば、かか目をこそは見給はめ。いかもして、とく逃げ給へこの鬼は昼三時ばかりは昼寝をするなり。そあひだ、よく逃げば、逃げつべきなり。このこめられる四方は、鉄(ね)にかためたり。そのうへよろづ筋(すぢ)を断たれたれば、逃ぐべきやうなし」と泣く泣く言ひれば、「あやとは思ひつるに」とて帰りて残りの商人どものよしをに、みなきれ惑ひて、女の寝た隙(ひま)に僧伽多を始めとして、浜へみな行きぬ。
  
-さて、此馬南天竺の西の浜にいたふせりぬ。商人共おりぬ。その馬、かきけつやうにうぬ。僧かたふかく、おそろしと思て、この国にきてのち、此事を人にかたらず+るか補陀落世界(ふだらくせか)の方(か)へ向ひて、もろともに声をあげ、観音を念じけるに、沖方より、大なる白馬、波の上を泳ぎて、商人らの前来て、つぶしに伏しぬ。「これ念じ参らする験(るし)なり」と思て、あるかぎりりみな取り付きて乗りぬ
  
-二年をへて、この羅刹の中に僧伽多が妻てありしが僧かたが家に来りぬ。みしより猶いみじく目出りて、いはんかたなくうつくし。僧かたにいふやう、君をばさべき昔の契や。ことにむつまじく思ひしにかくすてて逃給へはいにおぼすにか。我国にはかかる物の時々いて、人を食なり。さればじやうさし築地を高くつきるなり。それく人おほく浜いでてののしるこゑをききて、かの鬼どものきていかれさまをみせて侍し也。あへて我らしわざにあらず。帰給て後あまに恋くかなしくおぼえて、殿はおなじ心もおはさにや」とて、さめざめとなくおぼろげの人の心には「さもや」と思ぬべ。されども僧伽多、大に嗔て、太刀ぬきて殺さんとす+て、女どもは寝起きて見るに、男ども一人もなし。「逃げぬるにこそ」るかぎり浜へ出でて見れば男、み葦毛なる馬に乗渡りて行。女ども、たちまち長一丈ばなり、四・五十丈高く踊り上りて、叫びののしるに、の商人の中に女の世にありがたりしことを思ひ出づるもの一人ありけるが、はづして、落ち入りぬ。羅刹奪(ば)ひらがひて、これ破り食けり
  
-かぎりなく恨て、僧伽多が家を出て、内裏に参て申すやう、「僧伽多我とし比夫な。それに我を捨すま事は、誰にかはうたへ申候はん帝王、これをことはり給へ」と申すに、公卿、殿上人、これをみて、かぎりなくめでまどは人なし御門きこしめして、のぞき御らんずるにいはん方なくうつくし。そばく女御、后んじくらぶるに、みな土くれのごとし+て、この馬南天竺西の浜にいたりて伏せりぬ。ども悦び下りぬ。その馬、かき消つやうに失せぬ。僧伽多深く「恐」と思ひて、国に来のち、このこと人に語
  
-れは玉ごとし。かかる物すまぬ僧伽多が心、いかならん」とおぼめしければ、僧をめしてとはせ給にそうかたやう、「これはらに御内へ入、みるべき物にあらず。返々おそろしき物な。ゆゆしき僻事いでき候はんずる」と申て出ぬ。御門、このよきこしめして、「此僧伽多は、云甲斐なき物かな。よしよし、うしろのか入よ」と蔵人して仰られければ夕暮かたにまいらせつ。みかど、くめしてんずる、けはひ、すがた、みめりさま、かうばしく、なつかき事かぎなし+二年を経て、この羅刹女の中僧伽多が妻にてあり、僧伽多が家に来りぬ。見よりもなほいみじくめでたくなりて、いはんかたなく美し。僧伽多に言ふやう、「君をば、さるべき昔の契(ちぎ)にや、ことにむつまく思ひに、かく捨て逃げ給へるはいかに覚すにか。わが国には、かかる物の時々出で来て、人を食ふされば、錠をくさし、築地を高くつきるな。それに、かくの多く浜に出でてののる声を聞きて、かの鬼もの来て怒(い)れるさまを見せて侍りなり。あへ、われがしわざあらず。帰り給て後、あまりに恋しく、かしく思えて。殿は同じ心にも思さぬにや」とてさめざめと泣く。おぼろげの人の心には、「さもや」と思ひぬべ。されども、僧伽多、大に怒て、太刀を抜きて殺さんとす
  
-て、ふたふさせ給二三日までおきあがり給はず世のつりごをもらせ給僧伽多まいりて、「ゆゆしき事いできたりなんずあさましきわざかな。これはすみやかにころされ給」とども聞いるるひとし。+かぎりなく恨みて、僧伽多が家を出でて、内裏に参りて申すやう「僧伽多は、わ年ごろの夫なり。それに、われを捨て住ぬこは、誰にかは訴(うた)へ申帝王、これをことわ給へ」と申すに、公卿・殿上人、これを見て、かぎりなくめで惑はぬ人なし御門、聞こ召して、のぞて御覧ずるに、いはん方く美し。そこばくの女御・后を御覧じ比ぶるに、みな土くれのごとし。これは玉のごとし。「かる者住ま僧伽多が心、いかならん」と思し召しければ、僧伽多を召して、問は給ふに僧伽多、申すやう、「これは、さら御内へ入れ、見べき者にあらず。かへすがへす恐しき者なり。ゆゆしきがご出でき候はんずる」と申て出でぬ
  
-かくて、三日に成ぬる朝、かうしもいまだあはらぬ程に此女、よるおとどりいでたてるをみればまみもはりてよにおそろしげり。口に血つたり。しをみまはして、軒より飛がごくして雲に入てうせぬ。々、「このよ申さん」と、夜のおとどにまいりたれば、御帳の中より血なあやし、御帳の内をみれば、あかきかうべ一残れ。そのほかは物なし。宮の内、ののしる事たとへんたな。臣下男女かなしむ事かぎりなし。+のよし聞こし召して、「この僧伽多はいふなき者かな、後ろ方(た)より入れよ」と、人して仰せられければ、夕暮がたに参らせつ帝(かど)近く召して覧ずるに気配(けはひ)・姿・見め・ありさ、かうば、なつかきことかぎりなし。
  
-御子の春宮やが位につき給。僧伽多をめして、事の次第をめしとはるるに僧か申様、「候へばそ、かる物て候へば、速に追出さるべきよしを申つる也。いまは宣旨を蒙て、これをうちてまいらせん」と申「申さんまま仰せたぶべし」とありければ、「つるぎの太刀はて候はん。兵百人、弓矢帯した、早船にのせて出たてらるべし」と申ければ、そのままにいだしたてられぬ+さて二人、臥させ給ひ後、二・三日まで起上りはず。世の政(まつりごと)をも知らせ給はず。僧伽多、参りて、「ゆゆきこと、出で来りなんず。あましきわざかな。れはすみやかにれ給ひぬる」と申せども入るる人し。
  
-僧伽多、この軍をぐして、彼羅刹の島へ漕行つつ、まづ、商人のやうなる物を十人斗浜におろしたるに、ごとくも哥をうたひて、商人をいざなひて、女の城へ入ぬその尻立て、二百人の兵、乱入て、此女どもを打きり射に、しばしは恨たるさまにて、あはれげなるけきをみけれども僧伽多、大なるゑをはなちて、走廻てをきてければ、其時に鬼すがに成て、大口あきてかかりけども太刀にてをわ、足手をうち切ければ、空をとびにぐをば、弓にて射おとし一人も残ものな。家には火をかけて焼払つ。なしき国となしはてつ+かくて、三日にりぬ御格子もいまだ上がらぬほどに、御殿(おと)より出でるを見ればまみも変りて、よに恐しげなり血付しばし世の中を見回して、軒より飛ぶがごとくて、雲に入りて失ぬ。人々のよし申さん」とて、夜の御殿に参りたれば、御帳中より血流れり。怪しみて、御帳の内赤き(かうべ)一つ残れ。そのほかは物なし。さ、宮の内、ののしことたへんかたなし。臣下男女、悲しむかぎりなし。
  
-さてて大やけにこのよしを申ければ、僧伽多にやがてこの国をびつ。二百人の軍をして、その国にぞ住ける。いみじくたのしかりけり。いまは僧伽多が子孫、国の主にてありとなん、申つたへたる+御子の春宮(とうぐう)、やがて位につき給ひぬ。僧伽多を召して、ことの次第を召し問はるるに、僧伽多申すやう、「候へばこそ、かかる者に候へば、すみやかに追ひ出ださるべきよしを申しつるなり。いまは宣旨を蒙り、これを討ちて参らせん」と申すに、「申さんままに仰せたぶべし」とありければ、「剣(つるぎ)の太刀はきて候はん兵(つはもの)百人、弓矢帯したる百人、早船に乗せて、出だし立てらるべし」と申しければ、そのままに出だし立てられぬ。 
 + 
 +僧伽多、この軍(いくさ)を具して、かの羅刹の島へ漕ぎ行きつつ、まづ商人のやうなる者を十人ばかり、浜に下したるに、例のごとく、玉の女ども、歌を歌ひて来て、商人をいざなひて、女の城へ入りぬ。その尻に立ちて、二百人の兵、乱れ入りて、この女どもをうち切り、射るに、しばしは恨みたるさまにて、あはれげなる気色を見せけれども、僧伽多、きなる声を放ちて、走り回りて、掟(おき)てければ、その時に鬼の姿になりて、大口を開きてかかりけれども、太刀にて頭を割り、足手をうち切りなどしければ、空を飛びて逃ぐるをば、弓にて射落しつ。一人も残る者なし。家には火をかけて焼き払ひつ。むなしき国となし果てつ。 
 + 
 +さて、帰りて、おほやけにこのよしを申ければ、僧伽多にやがてこの国をびつ。二百人の軍をして、その国にぞ住ける。いみじくたのしかりけり。 
 + 
 +は僧伽多が子孫、かの国の主にてありとなん、申し伝へたる。 
 + 
 +===== 翻刻 ===== 
 + 
 +  むかし天竺に僧伽多といふ人あり五百人の商人を船にのせて 
 +  かねのへ行に俄にあしき風吹て船を南のかたへ吹もてゆく 
 +  事矢を射かことししらぬ世界に吹よせられて陸によりたる 
 +  をかしこき事にして左右なくみなまとひおりぬしはしはかり 
 +  ありていみしくおかしけなる女房十人斗出きて哥をうたひてわ 
 +  たるしらぬ世界にきて心ほそくおほえつるにかかる目出き女ともを 
 +  見付て悦てよひよすよはれてよりきぬちかまさりしてらうたき 
 +  事物にもにす五百人のあき人目をつけてめてたかる事限りなし 
 +  商人女に問ていはく我等宝を求ん為に出にしにあしき風に/95ウy194 
 + 
 +  あひてしらぬ世界にきたりたへかたくおもふあひたに人々の 
 +  御ありさまをみるに愁の心みなうせぬいまはすみやかにくしておはして 
 +  我等をやしなひ給へ船はみなそんしたれは帰へきやうなしといへは 
 +  この女ともさらはいささせ給へといひて前にたちて道引てゆく 
 +  家にきつきてみれはしろくたかき築地を遠くつきまはして 
 +  門をいかめしくたてたりそのうちにくして入ぬ門のしやうをやかてさし 
 +  つ内に入てみれはさまさまの屋ともへたてへたて作たり男一人もなし 
 +  さて商人ともみなとりとりに妻にしてすむかたみにおもひあふ 
 +  事限なし片時もはなるへき心ちせすして住あひた此女日こ 
 +  とにひるねをする事久しかほおかしけなからね入たひにすこし 
 +  けうとくみゆ僧伽多此けうときをみて心えすあやしくおほえけれは 
 +  やはらおきてかたかたをみれはさまさまのへたてへたてありここにひとつの 
 +  へたてあり築地をたかくつきめくらしたり戸にちやうをつよく/96オy195 
 + 
 +  させりそはよりのほりて内をみれは人おほくあり或は死に或は 
 +  にようこゑす又しろきかはねあかき尸おほくありそうかた独 
 +  のいきたる人をまねきよせてこれはいかなる人のかくてはあるそとと 
 +  ふに答云我は南天竺の物なりあきなひのために海をありきしに 
 +  あしき風にはなれて此島にきたれはよにめてたけなる女ともに 
 +  たはかられて帰らん事も忘て住ほとにうみとうむ子はみな 
 +  女なりかきりなく思て住ほとに又こと商人舟よりきぬれは 
 +  もとの男をはかくのことくして日の食にあつるなり御身と 
 +  もも又舟きなはかかるめをこそは見給はめいかにもしてとくとく 
 +  逃給へこの鬼は昼三時斗はひるねをする也そのあひたによく 
 +  にけは逃つへき也この篭られたる四方は鉄にてかためたり其 
 +  うへよろつすちをたたれたれは逃へきやうなしとなくなくいひけれは 
 +  あやしとは思つるにとて帰てのこりのあき人ともに此よしを/96ウy196 
 + 
 +  かたるにみなあきれまとひて女のねたる隙に僧かたをはしめ 
 +  として浜へみな行ぬはるかに補陀落世界のかたへむかひて 
 +  もろともにこゑをあけて観音を念しけるに沖の方より大なる 
 +  白馬浪のうへを游て商人等の前にきてうつふしにふしぬ 
 +  これ念しまいらするしるしなりと思てあるかきりみなとり付て 
 +  乗ぬさて女ともはねおきてみるに男とも一人もなし逃ぬる 
 +  にこそとてあるかきり浜へ出てみれは男みなあしけなる馬に 
 +  のりて海をわたりてゆく女とも忽に長一丈斗の鬼になりて 
 +  四五十丈たかくおとりあかりてさけひののしるにこの商人の中に 
 +  女のよにありかたかりし事をおもひいつるもの一人ありけるか 
 +  とりはつして海におち入ぬ羅刹はひしらかひてこれを破 
 +  り食けりさて此馬は南天竺の西の浜にいたりてふせりぬ商 
 +  人共悦ておりぬその馬かきけつやうにうせぬ僧かたふかくおそろし/97オy197 
 + 
 +  と思てこの国にきてのち此事を人にかたらす二年をへてこの 
 +  羅刹女の中に僧伽多か妻にてありしか僧かたか家に来りぬ 
 +  みしよりも猶いみしく目出なりていはんかたなくうつくし僧かたにいふ 
 +  やう君をはさるへき昔の契にやことにむつましく思ひしに 
 +  かくすてて逃給へるはいかにおほすにか我国にはかかる物の時々 
 +  いてきて人を食なりされはしやうをよくさし築地を高 
 +  くつきたるなりそれにかく人のおほく浜にいててののしる 
 +  こゑをききてかの鬼とものきていかれるさまをみせて侍し也 
 +  あへて我らかしわさにあらす帰給て後あまりに恋しくかなしく 
 +  おほえて殿はおなし心にもおほさぬにやとてさめさめとなくおほろ 
 +  けの人の心にはさもやと思ぬへしされとも僧伽多大に嗔て太刀 
 +  をぬきて殺さんとすかきりなく恨て僧伽多か家を出て内 
 +  裏に参て申やう僧伽多は我とし比の夫なりそれに我を捨て/97ウy198 
 + 
 +  すまぬ事は誰にかはうたへ申候はん帝王これをことはり給へと 
 +  申すに公卿殿上人これをみてかきりなくめてまとはぬ人なし 
 +  御門きこしめしてのそきて御らんするにいはん方なくうつくし 
 +  そこはくの女御后を御らんしくらふるにみな土くれのことしこれは 
 +  玉のことしかかる物にすまぬ僧伽多か心いかならんとおほしめし 
 +  けれは僧かたをめしてとはせ給にそうかた申やうこれはさらに御内 
 +  へ入みるへき物にあらす返々おそろしき物なりゆゆしき僻事 
 +  いてき候はんすると申て出ぬ御門このよしきこしめして此僧伽多 
 +  は云甲斐なき物かなよしよしうしろのかたより入よと蔵人して 
 +  仰られけれは夕暮かたにまいらせつみかとちかくめして御らんする 
 +  にけはひすかたみめありさまかうはしくなつかしき事かきりなし 
 +  さてふたりふさせ給て後二三日まておきあかり給はす世の 
 +  まつりことをもしらせ給はす僧伽多まいりてゆゆしき事/98オy199 
 + 
 +  いてきたりなんすあさましきわさかなこれはすみやかにころさ 
 +  れ給ぬると申せとも耳に聞いるる人なしかくて三日に 
 +  成ぬる朝御かうしもいまたあからぬ程に此女よるのおととより 
 +  いててたてるをみれはまみもかはりてよにおそろしけなり 
 +  口に血つきたりしはし世のなかをみまはして軒より飛かこと 
 +  くして雲に入てうせぬ人々このよし申さんとて夜のおととに 
 +  まいりたれは御帳の中より血なかれたりあやしみて御帳の 
 +  内をみれはあかきかうへ一残れりそのほかは物なしさて宮の内 
 +  ののしる事たとへんかたなし臣下男女かなしむ事かきりな 
 +  し御子の春宮やかて位につき給ぬ僧伽多をめして事の次 
 +  第をめしとはるるに僧かた申様さ候へはこそかかる物にて候へは速に 
 +  追出さるへきよしを申つる也いまは宣旨を蒙てこれをう 
 +  ちてまいらせんと申に申さんままに仰たふへしとありけれは/98ウy200 
 + 
 +  つるきの太刀はきて候はん兵百人弓矢帯したる百人早船 
 +  にのせて出したてらるへしと申けれはそのままにいたしたて 
 +  られぬ僧伽多この軍をくして彼羅刹の島へ漕行つつ 
 +  まつ商人のやうなる物を十人斗浜におろしたるに例のことく 
 +  玉の女とも哥をうたひてきて商人をいさなひて女の 
 +  城へ入ぬその尻に立て二百人の兵乱入て此女ともを打 
 +  きり射にしはしは恨たるさまにてあはれけなるけしきをみせ 
 +  けれとも僧伽多大なるこゑをはなちて走廻てをきてけれは 
 +  其時に鬼のすかたに成て大口をあきてかかりけれとも太刀にて頭を 
 +  わり足手をうち切なとしけれは空をとひてにくるをは弓にて 
 +  射おとしつ一人も残ものなし家には火をかけて焼払つむなしき 
 +  国となしはてつさて帰て大やけにこのよしを申けれは僧伽多に 
 +  やかてこの国をたひつ二百人の軍をくしてその国にそ住ける/99オy201 
 + 
 +  いみしくたのしかりけりいまは僧伽多か子孫彼国の主にて 
 +  ありとなん申つたへたる/99ウy202
  


text/yomeiuji/uji091.txt · 最終更新: 2018/07/27 10:26 by Satoshi Nakagawa