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text:yomeiuji:uji090 [2014/10/05 17:45] Satoshi Nakagawatext:yomeiuji:uji090 [2018/07/26 15:41] (現在) – [校訂本文] Satoshi Nakagawa
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 **帽子の叟、孔子と問答の事** **帽子の叟、孔子と問答の事**
  
-いまは昔、もろこしに孔子、林の中の岡だちたるやう成所にて逍遥し給。我は琴をひき、弟子どもはふみをよむ。+===== 校訂本文 =====
  
-舟に乗たる叟帽子したるが、舟を蘆につぎて、陸のぼり、杖をつき、琴のらべのををきく。人々「あやしき物かな」と、思へり+今は昔、唐土(もろこし)孔子、林中の岡だちたるやうる所にて逍遥(せうえう)給ふ。われき、弟子どもは文(ふみ)を読む
  
-おきな、孔子まねく、独の弟子まねかれよりぬ。叟云「此琴引給はたれぞ。もし国の王か」ととふ。「さもあらず」と云。「さは、国の大臣か」「それもあらず」「さは、国司か」「それにもあらず」「さはなにぞ」ととふに「ただ、国のかしこ人とし政をしあしき事なをし給、かしこきなり」とこたう。翁あざわらひていみじしれ物かな」といひて、さ+ここに、舟に乗りたる翁(おきな)したるが、舟蘆(あし)つなぎて、にのぼり杖をつきて、琴の調べの終る聞く。、「怪しかな」と思へり。
  
-弟子、ふしぎて、ままにかたる孔子ききて、「かしこき人にこそあなれ。くよびたてまつれ」。御弟子走ていま舟ぎいづるよびへすよばれり。+この翁、孔子の弟子どもを招く、一人の弟子、招かれ寄りぬ。翁いはく「この琴弾き給ふは誰ぞ。も、国の王か」と問ふ。「さもあらず」と言ふ。「さは、国の大臣か」。「それもあらず」。「さは、国の司(つさ)か」「それにもあらず」。「さは何ぞ」と問ふに、「ただ、国のかしこき人と、政(まつりごと)をし悪しき直し給ふ、しこき人なり」と答ふ翁、嘲笑(あざわら)ひ、「いみじ痴れ者かな」と言ひて去
  
-孔子のはく、「なにわざし給ひとぞ」。のいはく、「させるにも侍らず。ただ舟にりて、心をゆかさんがために、まかりありく。君は、なにぞ」。「世の政をなをさんために、まかりありく人なり」。のいはく、「きはまりて、はかなき人にこそ。世に影をいとふ物有晴にいてはなれんとはしる時影はなるる事なし陰にゐて心のかにおらば、影はなれぬきにさはせしてはれにいてはなれんとする時には力こそつくれ影ははなるる事なし犬の死かねの水になれてくこれをとらんとはしるものは水におれて死ぬかくのとく無益の事をせらるる也しかるき居所をしめて一生を送られんこれ今生の望なりこの事をせして心を世にそめてさはるる事はきはめてはかなき事也といひて返答もきか帰行+御弟子、不思議に思ひて、聞きしままに語る。孔子、聞きて、「かしこき人にこそあなれ。とく呼び奉れ」。御弟子、走りて、今舟漕ぎ出づるを呼び返す。呼ばれて出で来たり。 
 + 
 +孔子ののたまはく、「なにわざし給ふ人ぞ」。のいはく、「させるにも侍らず。ただ舟にりて、心をゆかさんがために、まかり歩(あり)なり。君は、また何人(なにびと)ぞ」。「世の政をさんために、まかりく人なり」。のいはく、「きはまりて、はかなき人にこそ。世に影をいとふ者あり。晴れに出でて離れんと走る時、影、離るることなし。陰に居て、心のどかにをらば、影離れぬべきに、さはせずして、晴れに出でて離れんとする時には、力こそ尽くれ、影は離るることなし。また、犬の屍(しかばね)の水に流れて下る。これを取らんと走るものは、水に溺れて死ぬ。かくのごとく、無益(むやく)のことをせらるるなり。ただ、しかるべき居所をしめて、一生を送られん、これ今生の望みなり。このことをせずして、心を世に染めて、騒がるることは、きはめてはかなきことなり」と言ひて、返答も聞かで帰り行く。舟に乗りて、漕ぎ出でぬ。 
 + 
 +孔子、その後ろを見て、二たび拝みて、棹(さを)の音せぬまで拝み入りて居給へり。音せずなりてなん、車に乗りて帰り給にけるよし、人の語りしなり。 
 + 
 +===== 翻刻 ===== 
 + 
 +  いまは昔もろこしに孔子林の中の岡たちたるやう成所 
 +  にて逍遥し給我は琴をひき弟子ともはふみをよむ 
 +  爰に舟に乗たる叟の帽子したるか舟を蘆につなきて 
 +  陸にのほり杖をつきて琴のしらへのをはるをきく人々あやし 
 +  き物かなと思へり此おきな孔子の弟子共をまねくに独の弟子ま 
 +  ねかれてよりぬ叟云此琴引給はたれそもし国の王かととふさもあらすと云 
 +  さは国の大臣かそれにもあらすさは国の司かそれにもあらすさは 
 +  なにそととふにたた国のかしこき人として政をしあしき事を 
 +  なをし給かしこき人なりとこたふ翁あさわらひていみしきしれ/94ウy192 
 + 
 +  物かなといひてさりぬ御弟子ふしきに思て聞しままにかたる 
 +  孔子ききてかしこき人にこそあなれとくよひたてまつれ御弟 
 +  子走ていま舟こきいつるをよひかへすよはれて出きたり 
 +  孔子の給はくなにわさし給ひとそ叟のいはくさせる物にも侍らす 
 +  たた舟にのりて心をゆかさんかためにまかりありく也君は又なに 
 +  人そ世の政をなをさんためにまかりありく人なり叟のいはく 
 +  きはまりてはかなき人にこそ世に影をいとふ物有晴にいてて 
 +  はなれんとはしる時影はなるる事なし陰にゐて心のかに 
 +  おら影はなれぬきにさはせしてはれにいてはなれんとする 
 +  時には力こそつくれ影ははなるる事なし又犬の死かねの水 
 +  になれてくるこれをとらんとはしるものは水におれて死ぬ 
 +  かくのとく無益の事をせらるる也たしかるき居所をしめ 
 +  て一生を送られんこれ今生の望なりこの事をせして心を/95オy193 
 + 
 +  世にそめてさはるる事はきはめてはかなき事也といひて返 
 +  答もきか帰行舟に乗てこき出ぬ孔子そのうしろをみて 
 +  二たひおかみて棹の音せぬまておかみ入てゐたまへり音 
 +  せすなりてなん車に乗て帰給にけるよし人のかたりし也/95ウy194
  
-舟に乗て、こぎ出ぬ。孔子、そのうしろをみて、二たびおがみて、棹の音せぬまでおがみ入てゐたまへり。音せずなりてなん、車に乗て帰給にけるよし、人のかたりし也。 
text/yomeiuji/uji090.txt · 最終更新: 2018/07/26 15:41 by Satoshi Nakagawa