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text:yomeiuji:uji085

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text:yomeiuji:uji085 [2014/10/05 17:43]
Satoshi Nakagawa
text:yomeiuji:uji085 [2018/06/22 23:55] (現在)
Satoshi Nakagawa
ライン 6: ライン 6:
 **留志長者の事** **留志長者の事**
  
-いまは昔、天竺に留志長者とて、世にたのしき長者ありけり。大方蔵もいくらともなくもちたのしきが、心のくちおしくて、妻子にも、まして従者にも、物くはせきする事なし。おのれ物のほしければ、人にもみせずかくしてくふ程に、物のあかずおほくほしかりければ、妻にいふう、「飯、酒、くだ物など、おほらかにしてたべ。我につきて物おしまする慳貪の神まつらん」といへば、「物おしむ心うしなはんとする。よき事」と喜て、色々にてうじておほらかにとらせければ、うけとりて、「人も見ざらん所に行て、よくくはん」と思て、ほかいにいれ瓶子に酒入などしてもちて出ぬ。+===== 校訂本文 =====
  
-「此木のもとにはからすあり」「かこには雀あり」などえ人はる、山中の木の陰に鳥獣もな所にてひとり食ゐたる心のたのにもにずしてずんずるやう、「今曠野中、食飯酒大安楽、猶過毘沙門天、勝天帝尺」。此心は、「けふ人な所に一人ゐて、物をくひ、さけをのむ、あんらくな事毘沙門、帝尺にもまさりたり」いひけるを、帝尺、きと御らんじてけり+今は昔、天竺に留志長者((盧至長者))て、世たのき長者あり。おほかた蔵もいくらともく持ち、たの、心の口惜くて妻子にも、まして従者にももの食は着()すなし
  
-「にくし」とぼしけるにや留志長者形に化給て彼家おはしまして、「我山、物む神をまつたるしるしにや、神はなれて物のおば、かくする」とて蔵どもをあけさせて、妻子を初て、従者ども、それなぬよその人共、修行者、乞食いたるまで、宝物どもを出して、くばりとらせければ、みなみな悦て、分とりける程ぞまことの長者帰たる+のれければも見せず、隠して食ふほどに、物の飽かず多く欲ければ、妻言ふ「飯・酒・果物(くだも)ど、おほらかにして賜べ。わに憑きまする慳貪の神祀ん」と言へば、「物惜しむ心失なはんとする、良きこと」と喜びて、色々に調(てう)じて、おほに取らせければ、受け取りて、「人も見ざらん所行きて、よく食ん」と思ひて、外居(ほかゐ)に入れ、瓶子に酒入れなどして、持ちて出でぬ
  
-倉共、みなあけて、かく宝ど、みな人のりあひたる、あさましくかなしさいたなし。かにかくぞ」とののしれど、我とただおじかたちの人出きてかくすればふしぎな事かぎりな。「あれは変化の物ぞ。我こそそよ」といへども、ききいる人もなし。御門にれへ申せば、「母にとへとおほせあれば、母にとふに、「人に物くるこそ我子て候はめ」と申せばすかたなし+「この木のもと烏(らす)あり」「かしこには雀あり」などえりて、人離れた木の陰に、鳥獣もなき所にて、一人食ひ居た心の楽、ものにも似ずして誦(ずん)ずう、「今曠野中、食飯酒大安楽、猶過毘沙門天、勝天帝釈。この心は、「今日、なき所一人居て、を食ひ、酒を飲む。安楽(あんら)なること毘沙門、帝釈((帝釈天))もまさりたり」と言ひけを、帝釈、きと御覧じてけり
  
-に、はわくといもののあとぞさぶらひし。それをしるしに御らんぜよ」とふに、けてれば、帝それをまなばせ給はざらんやは、二人ながら、おなじやうに物のあとあれば、力なくて仏の御もとに二人ながらまいりたれば、その時、帝もとのすがたて、御前におはしませば、「論じ申べきかたなし」とおもに、仏の御力にて、やがて須陀洹果をせうしたれば、あしき心はなれたれば、物おしむ心もうせぬ+憎し」と思しけるにや、留志長者化し給ひてかの家におしまして、「れ、山にて、物惜しむ神を祀りたる験(しるし)にや、その神離れて、物の惜しからねば、かするぞ」て、蔵どもを開けさせて、妻子をはじめて、従者ども、それならぬよその人ども、修行者、乞食に至るまで、宝物どもを取り出だして、配り取らせければ、みなみな悦びて、分け取りけるほどにぞ、まことの長者は帰りたる。 
 + 
 +倉ども、みな開けて、かく宝ども、みな人の取り合ひたる、あさましく、悲しさはんかたなし。「いかに、かくはするぞ」とののしれど、われとただ同じ形人出で来て、かくすれば、不思議なることかぎりなし。「あれは変化物ぞ。われこそ、そよ」と言へども、聞き入るる人もなし。 
 + 
 +御門にうれへ申せば、「母に問へ」と仰せれば、母に問ふに、「人に物くるるこそ、わが子にて候はめ」申せば、するかたなし。「腰のほどに、ははくひといふものの跡候(さぶら)ひし。それを印(しるし)に御ぜよ」とふに、けてれば、帝釈、それをばせ給はざらんやは、二人ながら、じやうに物のあれば、力なくて仏の御もとに二人ながらりたれば、その時、帝釈、もとの姿なりて、御前におはしませば、「論じ申べきかたなし」とほどに、仏の御力にて、やがて須陀洹果を証(せう)したれば、悪しき心離れたれば、物惜しむ心も失せぬ。 
 + 
 +かやうに、帝釈は人を導かせ給ふこと、はかりなし。そぞろに長者の財を失なはんとは、何しに思し召さん。慳貪の業によりて、地獄に落つべきを、あはれませ給ふ御心ざしによりて、かく構(かま)へさせ給ひけるこそ、めでたけれ。 
 + 
 +===== 翻刻 ===== 
 + 
 +  いまは昔天竺に留志長者とて世にたのしき長者ありけり大方 
 +  蔵もいくらともなくもちたのしきかのくちおしくて妻子にも 
 +  まして従者にも物くせきする事しおの物のほしけれは 
 +  人にもみせすかくしてくふ程に物のあかすおほくほしかりけれは 
 +  妻にいふやう飯酒く物なとおほらかにしてたへ我につきて物 
 +  おしまする慳貪の神まつらんといへは物おしむ心うしなはんとする/88オy179 
 + 
 +  よき事と喜て色々にてうしておほらかにとらせけはうけとり 
 +  て人も見さらん所に行てよくくはんと思てほかいにいれ瓶子に 
 +  酒入なとしてもちて出ぬ此木のもとにはからすありかしこには 
 +  雀ありなとえりて人はなれたる山の中の木の陰に鳥獣も 
 +  なき所にてひとり食ゐたる心のたのしさ物にもにすしてすんするやう 
 +  今曠野中食飯酒大安楽猶過毘沙門天勝天帝尺此心はけふ 
 +  人なき所に一人ゐて物をくひさけをのむあんらくなる事毘沙 
 +  門帝尺にもまさりたりといひけるを帝尺きと御らんしてけりにく 
 +  しとおほしけるにや留志長者の形に化し給て彼家におはしまして 
 +  我山にて物おしむ神をまつりたるしるしにやその神はなれて 
 +  物のおしからねはかくするそとて蔵ともをあけさせて妻子を初て 
 +  従者ともそれならぬよその人共修行者乞食にいたるまて宝物 
 +  ともを取出してくはりとらせけれはみなみな悦て分とりける程にそ/88ウy180 
 + 
 +  まことの長者は帰たる倉共みなあけてかく宝ともみな人の 
 +  とりあひたるあさましくかなしさいはんかたなしいかにかくはするそ 
 +  とののしれとも我とたたおなしかたちの人出きてかくすれはふし 
 +  きなる事かきりなしあれは変化の物そ我こそそよといへとも 
 +  ききいるる人もなし御門にうれへ申せは母にとへとおほせあれは母に 
 +  とふに人に物くるるこそ我子にて候はめと申せはするかたなし腰 
 +  の程にはわくひといふもののあとそさふらひしそれをしるしに御らん 
 +  せよといふにあけてみれは帝尺それをまなはせ給はさらんやは二人 
 +  なからおなしやうに物のあとあれは力なくて仏の御もとに二人なから 
 +  まいりたれはその時帝尺もとのすかたに成て御前におはしませは 
 +  論し申へきかたなしとおもふ程に仏の御力にてやかて須陀洹果を 
 +  せうしたれはあしき心はなれたれは物おしむ心もうせぬかやうに帝 
 +  尺は人をみちひかせ給事はかりなしそそろに長者の財をうし/89オy181 
 + 
 +  なはんとはなにしにおほしめさん慳貪の業によりて地獄に落へき 
 +  をあはれませ給御心さしによりてかくかまへさせ給けるこそ目出けれ/89ウy182
  
-かやうに帝尺は人をみちびかせ給事、はかりなし。そぞろに長者の賤をうしなはんとは、なにしにおぼしめさん。慳貪の業によりて地獄に落べきを、あはれませ給、御心ざしによりてかくかまへさせ給けるこそ、目出けれ。 


text/yomeiuji/uji085.txt · 最終更新: 2018/06/22 23:55 by Satoshi Nakagawa