text:yomeiuji:uji074
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text:yomeiuji:uji074 [2014/10/05 17:36] – Satoshi Nakagawa | text:yomeiuji:uji074 [2018/04/04 17:52] (現在) – Satoshi Nakagawa | ||
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行 6: | 行 6: | ||
**陪従家綱兄弟、互に謀たる事** | **陪従家綱兄弟、互に謀たる事** | ||
- | 是も今はむかし、陪従はさもこそとはいいながら、これは世になきほどのさるがくなりけり。 | + | ===== 校訂本文 ===== |
- | 堀川院の御時、内侍所の御かぐらの夜、仰にて、「今夜めづらしからん事仕れ」と仰ありければ、職事、家綱をめして、此よし仰けり。承て、「何事をかせまし」とあんじて、おとと行綱をかたすみにまねきよせて、「かかる事おほせくだされたれば、わがあんじたる事のあるは、いかがあるべき」といひければ、「いかやうなる事をせさせ給はんずるぞ」と云に、家綱がいふやう「庭火しろく焼たるに、袴をたかくひきあげて、ほそはぎをいだして、『よりによりに夜のふけ、さりにさりにさむきに、ふりちうふぐりを、ありちうあぶらん』といひて、庭火を三めぐりばかり走めぐらんとおもふ。いかがあるべき」といふに、行綱がいはく、「さも侍なん。ただし大やけの御前にて、ほそはぎかきいだして、「ふぐりあぶらん」などさぶらはぬは、びんなくや候べからん」といひければ、家綱「まことに、さいはれたり。さらばこと事をこそせめ。かしこう申あはせてけり」といひける。 | + | これも今は昔、陪従はさもこそとはいひながら、これは世になきほどの猿楽なりけり。 |
- | 殿上人など、仰を奉りたれば、「こよひいかなる事をせんずらん」と目をすましてまつに、人長「家綱めす」とめせば、家綱出て、させる事なきやうにて入ぬれば、上よりも、そのこととなきやうにおぼしめす程に、人長、又すすみて、「行綱めす」とめす時、行綱、誠にさむげなる気色をして、ひざをももまでかきあげて、ほそはぎを出して、わななき、さむげなるこゑにて、「よりによりに夜のふけて、さりにさりにさむきに、ふりちうふぐりを、ありちうあぶらん」といひて、庭火を十まはりばかり走廻りたりけるに、上より下ざまにいたるまで、大かたとよみたりけり。 | + | 堀川院((堀河天皇))の御時、内侍所の御神楽の夜、仰せにて、「今夜、めづらしからんこと、つかまつれ」と仰せありければ、職事、家綱((藤原家綱))を召して、このよし仰せけり。 |
- | 家綱かたすみにかくれて、「きやつにかなしうはかられぬるこそ」とて中たがひて、目も見あはせずしてすぐるほどに、家綱思けるは、「はかられたるはにくけれど、さてのみやむべきにあらず」と思て行綱にいふやう、「この事、さのみぞある。さりとて、兄弟の中、たがひはつべきにあらず」といひければ、行綱、喜でゆきむつびけり。 | + | 承りて、「何事をかせまし」と案じて、弟(おとと)行綱((藤原行綱))を片隅(かたすみ)に招き寄せて、「かかること、仰せ下されたれば、わが案じたることのあるは、いかがあるべき」と言ひければ、「いかやうなることをせさせ給はんずるぞ」と言ふに、家綱が言ふやう、「庭火、白く焼けたるに、袴を高く引き上げて、細脛(ほそはぎ)を出だして、『よりによりに夜の更け、さりにさりに寒きに、ふりちうふぐりを、ありちうあぶらん』と言ひて、庭火を三巡りばかり、走り巡らんと思ふ。いかがあるべき」と言ふに、行綱がいはく、「さも侍りなん。ただし、おほやけの御前にて、細脛かき出だして、『ふぐりあぶらん』など候(さぶら)はむは、便(びん)なくや候ふべからん」と言ひければ、家綱、「まことに、さ言はれたり。さらば、異事(ことごと)をこそせめ。かしこう申し合はせてけり」と言ひける。 |
- | 賀茂の臨時祭の帰たちに、御神楽のあるに、行綱、家綱にいふやう、「人長めしたてん時、竹台のもとによりて、そそめかんずるに、『あれはなんする物ぞ』とはやい給へ。その時、『ちくへうぞ、ちくへうぞ』といひて、へうのまねをつくさん」といひければ、家綱「ことにもあらず。てのきははやさん」と事うけしつ。 | + | 殿上人など、仰せを承はりたれば、「今宵、いかなることをせんずらん」と、目を澄まして待つに、人長、「家綱召す」と召せば、家綱、出でて、させることなきやうにて入りぬれば、上よりも、そのこととなきやうに思し召すほどに、人長、また進みて、「行綱召す」と召す時、行綱、まことに寒げなる気色をして、膝をももまでかき上げて、細脛(ほそはぎ)を出だして、わななき、寒げなる声にて、「よりによりに夜の更けて、さりにさりに寒きに、ふりちうふぐりを、ありちうあぶらん」と言ひて、庭火を十回りばかり、走り廻りたりけるに、上より下ざまに至るまで、おほかた、とよみたりけり。 |
- | さて、人長たちすすみて、「行綱めす」といふ時に、行綱やをらたちて、竹の台のもとによりて、はいありきて、「あれはなにするぞや」といはば、それにつきて「ちくへうぞ」といはむと待程に、家綱「かれは、なんぞのちくへうぞ」と問ければ、詮にいはんとおもふちくへうを、さきにいはれにければ、いふべき事なくて、ふとにげて走入にけり。 | + | 家綱、片隅(かたすみ)に隠れて、「きやつに、かなしう、謀(はか)られぬるこそ」とて、仲たがひて、目も見合はせずして、過ぐるほどに、家綱、思ひけるは、「謀られたるは憎けれど、さてのみやむべきにあらず」と思ひて、行綱に言ふやう、「このこと、さのみぞある。さりとて、兄弟の仲たがひ、はつべきにあらず」と言ひければ、行綱、喜びて、行きむつびけり。 |
+ | |||
+ | 賀茂の臨時祭の帰り立ちに、御神楽のあるに、行綱、家綱に言ふやう、「人長、召し立てん時、竹台のもとに寄りて、そそめかんずるに、『あれはなんする者ぞ』と、はやい給へ。その時、『竹豹(ちくへう)ぞ、竹豹へうぞ』と言ひて、豹(へう)の真似をつくさん」と言ひければ、家綱、「ことにもあらず。手の際(きは)囃(はや)さん」と事受けしつ。 | ||
+ | |||
+ | さて、人長、立ち進みて、「行綱召す」と言ふ時に、行綱、やをら立ちて、竹の台のもとに寄りて、這ひ歩(あり)きて、「『あれは何するぞや』と言はば、それにつきて『竹豹(ちくへう)ぞ』と言はむ」と待つほどに、家綱、「かれは、何ぞの竹豹ぞ」と問ひければ、詮(せん)に言はんと思ふ「竹豹」を、先に言はれにければ、言ふべきことなくて、ふと逃げて、走り入りにけり。 | ||
+ | |||
+ | このこと、上まで聞こし召して、なかなかゆゆしき興にてぞありけるとかや。先に行綱に謀(はか)られたりける当りとぞ、言ひける。 | ||
+ | |||
+ | ===== 翻刻 ===== | ||
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+ | 是も今はむかし陪従はさもこそとはいひなからこれは世になき | ||
+ | ほとのさるかくなりけり堀川院の御時内侍所の御かくらの | ||
+ | 夜仰にて今夜めつらしからん事仕れと仰ありけれは職 | ||
+ | 事家綱をめして此よし仰けり承て何事をかせましと | ||
+ | あんしておとと行綱をかたすみにまねきよせてかかる事 | ||
+ | おほせくたされたれはわかあんしたる事のあるはいかかあるへき | ||
+ | といひけれはいかやうなる事をせさせ給はんするそと云に | ||
+ | 家綱かいふやう庭火しろく焼たるに袴をたかくひきあけて | ||
+ | ほそはきをいたしてよりによりに夜のふけさりにさりにさむ/76オy155 | ||
+ | |||
+ | きにふりちうふくりをありちうあふらんといひて庭火を三 | ||
+ | めくりはかり走めくらんとおもふいかかあるへきといふに行綱 | ||
+ | かいはくさも侍なんたたし大やけの御前にてほそはきかき | ||
+ | いたしてふくりあふらんなとさふらはむはひんなくや候へからんと | ||
+ | いひけれは家綱まことにさいはれたりさらはこと事をこそせめ | ||
+ | かしこう申あはせてけりといひける殿上人なと仰を奉りた | ||
+ | れはこよひいかなる事をせんすらんと目をすましてまつに | ||
+ | 人長家綱めすとめせは家綱出てさせる事なきやうにて | ||
+ | 入ぬれは上よりもそのこととなきやうにおほしめす程に人長又 | ||
+ | すすみて行綱めすとめす時行綱誠にさむけなる気色 | ||
+ | をしてひさをももまてかきあけてほそはきを出してわなな | ||
+ | きさむけなるこゑにてよりによりに夜のふけてさりにさりにさむきに | ||
+ | ふりちうふくりをありちうあふらんといひて庭火を十まはり/76ウy156 | ||
+ | |||
+ | はかり走廻りたりけるに上より下さまにいたるまて大かたとよ | ||
+ | みたりけり家綱かたすみにかくれてきやつにかなしうはかられ | ||
+ | ぬるこそとて中たかひて目も見あはせすしてすくるほとに | ||
+ | 家綱思けるははかられたるはにくけれとさてのみやむへきに | ||
+ | あらすと思て行綱にいふやうこの事さのみそあるさりとて兄 | ||
+ | 弟の中たかひはつへきにあらすといひけれは行綱喜てゆ | ||
+ | きむつひけり賀茂の臨時祭の帰たちに御神楽のあるに | ||
+ | 行綱家綱にいふやう人長めしたてん時竹台のもとによりて | ||
+ | そそめかんするにあれはなんする物そとはやい給へその時ちくへう | ||
+ | そちくへうそといひてへうのまねをつくさんといひけれは家綱ことに | ||
+ | もあらすてのきははやさんと事うけしつさて人長たちすすみて | ||
+ | 行綱めすといふ時に行綱やをらたちて竹の台のもとにより | ||
+ | てはいありきてあれはなにするそやといははそれにつきてちくへう/77オy157 | ||
+ | |||
+ | そといはむと待程に家綱かれはなんそのちくへうそと問けれは | ||
+ | | ||
+ | | ||
+ | 中々ゆゆしき興にてそ有けるとかやさきに行綱にはから | ||
+ | れたりける当とそいひける/77ウy158 | ||
- | この事、上まできこしめして中中ゆゆしき興にてぞ有けるとかや。さきに行綱にはかられたりける当とぞ、いひける。 |
text/yomeiuji/uji074.txt · 最終更新: 2018/04/04 17:52 by Satoshi Nakagawa