ユーザ用ツール

サイト用ツール


text:yomeiuji:uji059

差分

このページの2つのバージョン間の差分を表示します。

この比較画面へのリンク

両方とも前のリビジョン前のリビジョン
次のリビジョン
前のリビジョン
text:yomeiuji:uji059 [2014/10/01 04:42] Satoshi Nakagawatext:yomeiuji:uji059 [2018/03/08 21:26] (現在) – [第59話(巻4・第7話)三河の入道、遁世の間の事] Satoshi Nakagawa
行 1: 行 1:
 宇治拾遺物語 宇治拾遺物語
-====== 第59話(巻4・第7話)三の入道、遁世の間の事 ======+====== 第59話(巻4・第7話)三の入道、遁世の間の事 ======
  
 **三川入道遁世之間事** **三川入道遁世之間事**
  
-**三の入道、遁世の間の事**+**三の入道、遁世の間の事**
  
-参河入道、いまだ俗にてありけるおり、もとの妻をばさりつつ、わかくかたちよき女に思つきて、それを妻にて三川へいてくだりけるほどに、その女ひさしくわづらひて、よかりけるかたちもおとろへてうせにけるを、かなしさのあまりにとかくもせで、よるもひるもかたらひふして口をすいたりけるに、あさましき香のくちより出きたりけるにぞ、うとむ心いできてなくなくはふりてける。+===== 校訂本文 =====
  
-それより「世はうき物こそありけれ」とおもひりけるに、三川国に風祭といふ事をしけるけにいふ事に猪をいけながおろしけるをみて「この国のなん」おもふり。+三河入道((寂照・寂昭・大江定基))、いまだ俗ありける折、との妻をば去りつつ、若く形よき女に思付きて、それを妻にて三河へ率(ゐ)て下りけるほどに、その女、久くわづらひて、良かりける形も衰へて失せにるを、かなしさのあまりかくもせで夜も昼も語ひ臥て、口を吸ひたりけるあさまし香の口より出で来たりけるにぞ、う出で来、泣く泣く葬(はふ)てける
  
-雉を生ながらとらへて、人のい((底本ゝ」))でりけるざ、この雉いけながらつくりてくはん。今すこしあぢはひやよきと心みん」といひれば、いかでか心にいらん思たる郎等の物もおぼえぬ、「いみじく侍なん。いかでかあぢはひまさぬやうはあらん」などはやいひり。すしものの心しりたりけるものは、「あさまし事をもいふなど思けり。+それより世は憂ものにこそありけれ」と思ひなりける三河国に風祭ととをしけるに生贄(へ)とふこ猪を生けながらおろしけるを見て、「この国、退()なんふ心付きてけり。
  
-かくて、前にていけながら毛をむしらせければしばしはふふたとするををさへだむしりにむしければ目よ血の涙をたれ、目をばたたれかみあはせけをみて、えたへずして立ての物もありけり。「これがく鳴こと」と興じわらて、いとどなげにむしるものあり。+雉を生けながら捕へて人の出で来りけるを((底本「人のゝたりけるを」。諸本訂正。))「いざ、こ雉、生けながら作りて食はん。今少、味はひやよ心みん」と言ひけば、いでか心入らんと思ひた郎等のものも思ぬが「いみじなんでか味はらぬやうはあらん」ど、はや言ひけり。少し物の心知りたりけるものは、「さましきことをも言ふ」など思ひけり。
  
-むしりはておろさせければしたがひ血のつぶつぶといでき、のごひのごひおろしければ、あさまへがげなこゑいだして、死はてければ、おろはてて、「いやきなどて、心みよ」とて、人に心みさせければ、「こと外に侍け。死るをろして、いりやきしたるには、これはまさりたり」などいひけるを、くとみききて、涙をがして声をたてておめきける、うまなどいひけるものども、したくたがひにけり。+かくて、にて、生ながら毛らせければ、しばしはふとするを押さへて、ただむしりにむければ、目よ血の涙をて、目をたきて、これかれに見合けるを見てえ耐へずして、立ちて退(の)者もありけり。「これがか鳴こ」と興じ笑ひて、いとど情けしるり。
  
-て、やが国府いでのぼりて、法師なりにけり。道心のおこりければ心をかためんとて、かかる希有の事をしてける+むしり果てて、おろさせければ、刀に従ひ、血つぶつぶと出で来けるをのごひのごひおろしければ、あさましく、耐へがたげなる声出だし、死果てければ、おろし果てて、「煎焼きなどして、心みよ」とて、人心みさせければ、「ことのほか侍りけり。死にたるろして、煎り焼きしたるには、れはまさたり」など言ひるをつくづくと見聞きて、して、声を立ててをめきけるに、「うまし」など言ひける者ども、支度(したく)たがひにけり
  
-乞食といふ事しけるにある家に食物えもいはずして、庭に畳しき物をくはせければ此たたみくはんとしけるほど、簾を巻上たりける内に、よくしやうぞきたゐたるれば、わがさりにしふき妻りけり。+さてやがその日国府出でて、上り、法師り。道心の発(おこ)りければよく心を固めん」とて、かか希有ことして見けるなり。
  
-「あのかた、かくてあらんをみんとおもひしぞ」といひて見合たりけるをかしともくるしとも思たるけしきもなくて、「あなたうとといひて物よくうちくひて帰にけりありたき心也かし+乞食といふことしけるに、ある家に、食物えもいはずして、庭に畳を敷きて、物を食はせければ、この畳に居て、食はんとしけるほどに、簾を巻き上げたりける内に、よくしやうぞきたる女の居たるを見ければ、わが去りにし古き妻なりけり。 
 + 
 +「あのかた、かくてあらんを見んと思ひしぞ」と言ひて、見合ひたりけるを、「恥かし」とも、「苦し」とも思ひたる気色もなくて、「あな、貴(たうと)」と言ひて、物よくうち食ひて帰りにけり。 
 + 
 +ありがたき心なりかし。道心を固く発してければ、さることに合ひたるも、苦しとも思はざりけるなり。 
 + 
 +===== 翻刻 ===== 
 + 
 +  参河入道いまた俗にてありけるおりもとの妻をはさりつつ 
 +  わかくかたちよき女に思つきてそれを妻にて三川へいて 
 +  くたりけるほとにその女ひさしくわつらひてよかりけるかたちもおとろへ 
 +  てうせにけるをかなしさのあまりにとかくもせてよるもひるも 
 +  かたらひふして口をすいたりけるにあさましき香のくちより出き 
 +  たりけるにそうとむ心いてきてなくなくはふりてけるそれより世 
 +  はうき物にこそありけれとおもひなりけるに三川国に風祭といふ 
 +  事をしけるにいけにゑといふ事に猪をいけなからおろしける 
 +  をみてこの国のきなんとおもふ心付てけり雉を生なから 
 +  とらへて人ののてきたりけるをいさこの雉いけなからつくりて/68オy139 
 + 
 +  くはん今すこしあちはやよきと心みんといひけれはいかてか 
 +  心にいらんと思たる郎等の物もおほえぬかいみく侍なんいかてか 
 +  あちはひまさらぬやうはあらんなとはやしいひけりすこしものの 
 +  心しりたりけるものはあさましき事をもいふなと思けりかくて前 
 +  にていけなから毛をむしらせけれはしはしはふたふたとするををさへて 
 +  たたむしりにむしりけれは鳥の目より血の涙をたれて目を 
 +  しはたたきてこれかれにみあはせけるをみてえたへすして 
 +  立てのく物もありけりこれかかく鳴ことと興しわらひていとと 
 +  なさけなけにむしるものもありむしりはてておろさせけれは 
 +  刀にしたかひて血のつふつふといてきけるをのこひのこひおろしけれは 
 +  あさましくたへかたけなるこゑをいたして死はてけれはおろし 
 +  はてていりやきなとして心みよとて人に心みさせけれはことの 
 +  外に侍けり死たるをろしていりやきしたるにはこれはまさりたり/68ウy140 
 + 
 +  なといひけるをつくつくとみききて涙をなかして声をたてて 
 +  おめきけるにうましなといひけるものともしたくたかひにけり 
 +  さてやかてその日国府をいてて京にのほりて法師になりに 
 +  けり道心のおこりけれはよく心をかためんとてかかる希有の 
 +  事をしてみける也乞食といふ事しけるにある家に食物えも 
 +  いはすして庭に畳をしきて物をくはせけれは此たたみにゐて 
 +  くはんとしけるほとに簾を巻上たりける内によくしやうそ 
 +  きたる女のゐたるをみけれはわかさりにしふるき妻なりけ 
 +  りあのかたいかくてあらんをみんとおもひしそといひて見合 
 +  たりけるをはかしともくるしとも思たるけしきもなくてあな 
 +  たうとといひて物よくうちくひて帰にけりありたき心也 
 +  かし道心をかたくおこしてけれはさる事にあひたるもくるし 
 +  ともおもはさりけるなり/69オy141
  
-道心をかたくおこしてければ、さる事にあひたるも、くるしともおもはざりけるなり。 
text/yomeiuji/uji059.txt · 最終更新: 2018/03/08 21:26 by Satoshi Nakagawa