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text:yomeiuji:uji056 [2014/09/30 19:07] Satoshi Nakagawatext:yomeiuji:uji056 [2018/02/17 19:11] Satoshi Nakagawa
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 **妹背島の事** **妹背島の事**
  
-土佐国はたの郡にむ下種ありけり。のが国にあらで、ことに田を作けるが、のがすむ国に苗代をして、植べきになりければ、その苗を舟に入て、うへん人どもにはすべき物よりはじめて、鍋・釜・鋤・鍬・からすきなどいふ物にいたるまで、家の具を舟にみて、十一二ばかりなるをのこご、をんなこ二人の子を舟のまもきて、父母は「うへんといふやとはん」とて、陸にあからさまにのぼりにけり。+土佐国幡多(はた)の郡にむ下種ありけり。のが国にあらで、異国(ことくに)に田を作けるが、のがすむ国に苗代をして、植べきほどになりければ、その苗を舟に入て、植ゑん人どもにはすべき物よりめて、鍋・釜・鋤・鍬・犂(からすき)などいふ物にるまで、家の具を舟にみて、十一二ばかりなる、男子(をのこご)・女子(おんなこ)、二人の子を舟のきて、父母は「植ゑんといふはん」とて、陸にあからさまにりにけり。
  
-舟をばあからさまに思て、すこすへつながずしてきたりけるに、わらはべども舟ぞこ入にけり。しほちければ、舟は浮たりけるを、はなつきにすこし吹だされたりけるに、干塩にひかれてはかに湊へ出にけり。沖にては、いとど風吹まさりければ、帆をあげたる様にてゆく。其時に、童部おきてみるに、かかりたる方もなき沖にいきければ、なきまどへどもすべき方もなし。いづかたともしらず、ただふかれて行にけり。+舟をばあからさまに思て、据ゑ、繋がずしてきたりけるに、この童部(わらはべ)どもにけり。ちければ、舟は浮たりけるを、はなつきにし吹き出だされたりけるほどに、干潮(しほ)に引かれてかに湊へ出でにけり。
  
-さる程、父母とひあつめて、「舟にのらん」とてきてるに、舟なし。しばらくは風がくれにさしくしたるかとみる程に、よびさはげもたれかはいらん。浦浦もとめけれども、なかりければいふひなくやみにけり。+、いと風吹きまさりければ、帆を上げたるうに行く。その時に童部、起きてるに、かかりたる方もなき沖出で来(き)ければ泣きまどへども、すべき方もし。何方(いづた)とも知らずただ吹行きにけり。
  
-かくてこの舟は、はかの沖有ける嶋に吹付てけり。童部ども泣泣おりて舟つなぎてみればいかにもなし。帰べきかたおぼえねば、嶋におりいひけるやう、「今はすべきかたなし。さりとては、命をすつべきあらず。此くひ物のあらんかぎりこそすこづつも食ていきたらめこれつきな、いかにていのちあるべきぞ。いざこの苗のかぬさきうへん。」といひければ「げにも」とて、水のながれのありけ所の田に、つくりぬべきをとめいだして鋤・鍬ありければ、木きりて庵なつくりけり。なり物の木のおりにりたるおほかりければ、それを取食てあらすほどに秋にも成にけり。+ほどに、父母は、人雇ひ集めて、「舟に乗らん」とて来て見るに、舟無し。「しばしは、風がくれに、さし隠したるか」とほどに、呼び騒げども、誰(たれ)かいらへん。浦々求めけれど、なかりければ、いふひなやみにけり。
  
-さるべきにやありけん、作たる田のくて、こなたに作たるにも、ことのほかまさりたりければ、おほく刈きなどして、さりとてあるべきならねば、めおとこになりにけり。のこご、女子あまたみつけて、又それ妻おとこになりなりしつつ大きなる嶋なりければ、田畠もおほく作て此比はその妹背うみつけたりける人しまにあまるかりになりてあんなる+かくて、この舟は、はるかの沖にありける島に吹き付けてけり。童部ども、泣く泣く下りて、舟繋ぎて見れば、いかにも人なし。帰るべき方(かた)も思えねば、島に下りて、言ひけるやう、「今はすべきかたなし。さりとては、命を捨つべきにあらず。この食ひ物のあらんかぎりこそ、少しづつも食ひて生きたらめ。これ尽きなば、いかにして命はあるべきぞ。いざ、この苗の枯れぬさきに植ゑん」と言ひければ、「げにも」とて、水の流れのありける所の、田に作りぬべきを求め出だして、鋤・鍬はありければ、木切りて庵など作りけり。生(な)り物の木の、折に生りたる、多かりければ、それを取り食ひて、明かし暮らすほどに、秋にもなりにけり。 
 + 
 +さるべきにやありけん、作たる田のくて、こなたに作たるにも、ことのほかまさりたりければ、く刈り置きなどして、さりとてあるべきならねば、妻夫(めおとこ)になりにけり。男子(をのこご)、女子あまた続けて、また、それが妻夫になりなりしつ、大きなる島なりれば、田畑も多く作りて、このごろは、その妹背が生み続けたりける人ども、島にあまるばかりになりてぞあんなる。 
 + 
 +妹背嶋とて、土佐国の南の沖にあるとぞ、人語りし。 
 + 
 +===== 翻刻 ===== 
 + 
 +  土佐国はたの郡にすむ下種ありけりをのか国にあらてこと 
 +  国に田を作けるかをのかすむ国に苗代をして植へき程に 
 +  なりけれはその苗を舟に入てうへん人ともにくはすへき物より 
 +  はしめて鍋釜鋤鍬からすきなといふ物にいたるまて家の具 
 +  を舟にとりつみて十一二はかりなるおのここをんなこ二人の子を 
 +  舟のまもりめにのせをきて父母はうへんといふ物やとはんとて陸に 
 +  あからさまにのほりにけり舟をはあからさまに思てすこしひき/63オy129 
 + 
 +  すへてつなかすしてをきたりけるに此わらはへとも舟そこにね入 
 +  にけりしほのみちけれは舟は浮たりけるをはなつきにす 
 +  こし吹いたされたりける程に干塩にひかれてはるかに湊へ 
 +  出にけり沖にてはいとと風吹まさりけれは帆をあけたる様 
 +  にてゆく其時に童部おきてみるにかかりたる方もなき沖 
 +  にいてきけれはなきまとへともすへき方もなしいつかたとも 
 +  しらすたたふかれて行にけりさる程に父母は人ともやとひあつ 
 +  めて舟にのらんとてきてみるに舟なししはしは風かくれに 
 +  さしかくしたるかとみる程によひさはけともたれかはいらへん 
 +  浦浦もとめけれともなかりけれはいふかひなくてやみにけり 
 +  かくてこの舟ははるかの沖に有ける嶋に吹付てけり童部 
 +  とも泣泣おりて舟つなきてみれはいかにも人なし帰へきかた 
 +  もおほえねは嶋におりていひけるやう今はすへきかたなしさり/63ウy130 
 + 
 +  とては命をすつへきにあらす此くひ物のあらんかきりこそ 
 +  すこしつつも食ていきたらめこれつきなはいかにしていのち 
 +  はあるへきそいさこの苗のかれぬさきにうへんといひけれはけ 
 +  にもとて水のなかれのありける所の田につくりぬへきをもとめい 
 +  たして鋤鍬はありけれは木きりて庵なとつくりけりなり 
 +  物の木のおりになりたるおほかりけれはそれを取食てあかし 
 +  くらすほとに秋にも成にけりさるへきにやありけん作たる 
 +  田のよくてこなたに作たるにもことのほかまさりたりけれは 
 +  おほく刈をきなとしてさりとてあるへきならねはめおとこに 
 +  なりにけりおのここ女子あまたうみつつけて又それ妻お 
 +  とこになりなりしつつ大きなる嶋なりけれ田畠もおほく 
 +  作て此比はその妹背うみつけたりける人もしまに 
 +  あまるかりになりてあんなる妹背嶋とて土佐国の/64オy131 
 + 
 +  南の沖にあるとそ人かたりし/64ウy132
  
-妹背嶋とて、土佐国の南の沖にあるとぞ、人かたりし。 
text/yomeiuji/uji056.txt · 最終更新: 2018/03/08 21:24 by Satoshi Nakagawa