ユーザ用ツール

サイト用ツール


text:yomeiuji:uji052

宇治拾遺物語

第52話(巻3・第20話)狐、家に火付くる事

狐家ニ火付事

狐、家に火付くる事

校訂本文

今は昔、甲斐国に、館(たち)の侍なりける者の、夕暮れに舘を出でて、家ざまに行きけるに、道に狐の会ひたりけるを、追ひかけて、蟇目1)して射ければ、狐の腰に射当ててけり。狐、射まろばされて、鳴きわびて、腰を引きつつ、草に入りにけり。

この男、蟇目(ひきべ)を取りて行くほどに、この狐、腰を引きて、先に立ちて行くに、「また射ん」とすれば、失せにけり。

家、いま四・五町と見えて行くほどに、この狐、二町ばかり先立ちて、火をくはへて走りければ、「火をくはへて走るは、いかなることぞ」とて、馬をも走らせけれども、家のもとに走り寄りて、人になりて、火を家に点けてけり。

「人の点くるにこそありけれ」とて、矢をはげて走らせけれども、点け果ててければ、狐になりて、草の中に走り入りて、失せにけり。さて、家、焼けにけり。

かかる物も、たちまちに、仇(あた)を報ふなり。これを聞きて、かやうの物をば、かまへて調(てう)ずまじきなり。

翻刻

今はむかし甲斐国にたちの侍なりけるものの夕くれに舘を
いてて家さまに行けるに道に狐のあひたりけるを追かけて
引目していけれは狐の腰に射あててけり狐いまろはされて鳴
わひてこしを引つつ草に入にけり此男ひきへをとりて行
程にこの狐腰をひきてさきにたちて行に又いんとすれは
失にけり家いま四五町とみえて行程に此狐二町斗先
たちて火をくはへて走けれは火をくはへてはしるはいかなる
事そとて馬をもはしらせけれとも家のもとに走よりて人に
なりて火を家につけてけり人のつくるにこそありけれとて
矢をはけて走らせけれともつけはててけれは狐に成て草の
中にはしり入て失にけりさて家焼にけりかかるものも/60ウy124
たちまちにあたをむくう也これをききてかやうのものをは
かまへててうすましきなり/61オy125
1)
底本「引目」
text/yomeiuji/uji052.txt · 最終更新: 2018/03/08 21:23 by Satoshi Nakagawa