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text:yomeiuji:uji050 [2014/09/28 14:24] Satoshi Nakagawatext:yomeiuji:uji050 [2018/02/04 19:11] Satoshi Nakagawa
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 **平貞文本院侍従の事** **平貞文本院侍従の事**
  
-今は昔、兵衛佐平貞文をばへいちうといふ。色ごのみにて、宮つかへ人はさらなり、人のむすめなど、しのびてぬはなかりけり。思ひかけて、文やるの人の、なびかぬはなかりけるに、本院侍従とは、村上の御母后の女房。世の色ごのみにてありけるに、文やるににくからず返ごとはしながら、はなかりけり。+今は昔、兵衛佐平貞文((平定文とも。))をば平中(へいちう)といふ。色みにて、宮へ人はさらなり、人の女(むすめ)など、びてぬはなかりけり。思ひかけて、文やるほどの人の、なびかぬはなかりけるに、本院侍従といふは、村上の((村上天皇))御母后((藤原穏子))の女房なり。世の色みにてありけるに、文やるににくからず返ごとはしながら、ことはなかりけり。
  
-「しばしこそあらめ、つにはさりとも」と思て、もののあはれなる夕ぐれの空、、月のかき夜など、えんに人の目とどめつべきをはからひつつをとづれければ、女もみしりて、なさけはかはしながら、心をばゆるさず。つれなくて、はしたなからぬほどにいらへつつ、人まじり、くるしかるまじき所にては、物ひなどはしながら、めでたくのがれつつ、心もゆるさぬを、男はさもらで、かくのみぐる。+「しばしこそあらめ、つにはさりとも」と思て、もののあはれなる夕ぐれの空、また、月のかき夜など、艶(えん)人の目とどめつべきほどをはからひつつ、訪れければ、女も見知りて、けはかはしながら、心をばゆるさず。つれなくて、はしたなからぬほどにいらへつつ、人まじり、しかるまじき所にては、物ひなどはしながら、めでたくれつつ、心もゆるさぬを、男はさもらで、かくのみぐる。
  
-心もとなくて、つねよりもしげくをとづれて、「まいらん」とこせたりけるに、れいのはしたなからず、いらへたれば、四月のつごもりに、雨、おどろおどろしく降て、物おそろしげなるに、「かかるおりきたらばこそ、あはれとも思はめ」とおもひてでぬ。+心もとなくて、よりもしげくれて、「らん」とこせたりけるに、のはしたなからず、いらへたれば、四月のつごもりごろに、雨、おどろおどろしく降て、もの恐しげなるに、「かかるきたらばこそ、あはれとも思はめ」とひてでぬ。
  
-道すがら、へがたき雨を、「これにいきたらんに、はで返す、よも」とたのもしく思て、つぼねにゆきたれば、人て、「うへになれば、あんない申さん」とて、はしかたてい。みれば、物のうしろに火ほのかにともして、とのゐ物とおぼしき衣、ふせごにかけて、たき物しめたるにほひ、なべてならず。いと心にくくて、身にしみて、いみじとおもふに、人帰て、「ただいまおりさせ給」といふ。うれしさかぎりなし。すなはちおりたり。「かかる雨には、いかに」などいへば、「これにさはらんは、むげにあさき事にこそ」などいひかはして、ちかくよりて、かみをさぐれば、こほりをのしかけたらんやうにひややかにて、あたりめでたき事かぎりなし+道すがら、へがたき雨を、「これに行()きたらんに、はで返すこと、よも」ともしく思て、局(つぼね)行()きたれば、人て、「になれば、案内(あんない)申さん」とて、ぬ。
  
-やかやとえもいはぬ事どもいひして、うたがひなくふに、「あはれ、やり戸をあながらわすれてにける。つとて『れかあけけるぞ』などわづらはき事りなんず。たてて帰らんほどもあまじ」といへば、「さこと」と思て、かばかうちとけにたれば、すくて、きぬをどめてまいらせぬ+見れば、物の後ろに、火、ほのに灯して、宿直物(とのゐもの)とぼしき衣、伏籠(せご)物しめたる匂ひ、なべてなず。いと心にくくてにしみて、「いみじ」と思ふ、人帰りて、「ただいま下りさせ給ふ」と言ふ。嬉しさかぎりなすなはち、下り「かか雨には、かに」など言へば、「これにはらんは、無下に浅きことにこそなど言ひかはして、近く寄て、髪をさぐれば、氷をのしかけたらんうに冷やかにて、当りめでたかぎりなし
  
-まことにやりどたつるをとして、「こたへらん」と待ほどに、をともせでおくざまへ入りぬ。そに心もとあさましくうし心もうせはてて、はひもいりぬべど、すべ方もくて、やくやしへど、かひなければ、なくあか月ちかくいでぬ。+にやかや、えもいはぬことども言ひかはして、疑ひなく思ふに、「あは、遣戸を開けがら忘れて来にける。とめ『誰か開けながら、出でにるぞ』など、わづらはしことになりなんず。立てて帰らん。ほどもあまじ」と言へば、「ること」とひて、かばかりうちとにたれば、心安て、衣(きぬ)をとどめて参らせぬ。
  
-行きて、おもひあかしてすかしをきさ、かきづけれど、「何しにかかさん。帰らんとせしにめししかば、後にも」どいひてすごしつ+まこと遣戸立つる音して、「こなたへ来らん」と待ほどに、音もせで、奥ざまへ入りぬ。それに、もとなく、あましくし心も失せ果て、這ひも入ぬべけれど、すべき方もなくてやりつる悔さを思へど、ひなければ、なくなく暁近く出でぬ
  
-「大まちかき事はあまじなめ。今はさはこの人のわろくうとましからんをみて、おもひうとまばや。かくのみ心づくしに思はでありなん」と思てずいじんをよびて、「そのひとのひすまはごもていかん、いとりてみせよといひければ、日ごろそひてうかがひて、からうじてにげけるを、をひてばいとりて、うにとらせつ。+家に行きて、思ひあしてし置心憂さ、書つづけてやたれど「何、すかさん。帰らんとしに、召ししかば、など言ひてしつ。
  
-へいちう悦てかくれにもてゆてみればかうなうす物の三重かさねるに、つつみたり。き事たぐひなし。ひきあくるにかうしさたとえんたなし。ればぢん・丁子をこいれたり。またたきものを、おほくろがつつあまたいたり。さるままに、かうばしき。をしはかるべし+「おほかたま近ことはまじきり。今は、さは、この人の悪(わろ)く踈(と)まからんこを見て、思ひ踈まや。くの心づしに、思はでありな」と思ひて、随身呼びて「その人のひすましの皮籠(かはご)持て行かん奪(ば)ひ取りて、われに見せよ」と言ひければ日ごろ、添ひてうがひて、からじて逃げける、追ひて、奪ひ取りて、主(う)に取らせつ
  
-みるに、いとあさまし。「ゆゆしげにきたらば、それにみあきてこころもやなさむとこそおもひつれこはいかなる事ぞ。かく心ある人やはある人ともおえぬありさまかないとしぬ斗おもへど、かいなし。「みんとしもやは思きにかかるこころせをみてのちはいよいよほけほけしくおもひけれつゐにあはやみけり+平中、悦びて、隠れに持て行きて、見れば、香なる薄物の、三重重ねなるに包たり。香ばしきこと、たぐひなし。引き解きて開くるに、香ばしさ、喩へんかたなし。みれば沈(ぢん)・丁子を濃く煎じて入れたり。また、薫物を多くまろがしつつ、あまた入れたり。さるままに、かうばしき。推し量るべし。 
 + 
 +るに、いとあさまし。「ゆゆしげにきたらば、それに見飽きて、心もや慰む』とこそ思ひつれ。こは、いかなることぞ。かく心ある人やはある。ただ人とも思えぬありさまかな」と、いとど死ぬばかり思へど、かひなし。「わが見んとしもやは思ふべきに」と、かかる心ばせを見てのちは、いよいよ呆(ほ)け呆けしく思ひけれど、つひに逢はでやけり。 
 + 
 +「わが身ながらも、かれに、よに恥ぢがましく、妬く思えし」と、平中、みそかに人と忍びて、語りけるとぞ。 
 + 
 +===== 翻刻 ===== 
 + 
 +  今は昔兵衛佐平貞文をはへいちうといふ色このみにて宮つ 
 +  かへ人はさらなり人のむすめなとしのひてみぬはなかりけり思ひ/57ウy118 
 + 
 +  かけて文やる程の人のなひかぬはなかりけるに本院侍従と云は 
 +  村上の御母后の女房也世の色このみにてりけるに文やるに 
 +  にくからす返ことはしなからあふ事はなかりけりしはしこそあらめ 
 +  つゐにはさりともと思てもののあはれなる夕くれの空又月の 
 +  あか夜なとえんに人の目ととめつへき程をはからひつつをと 
 +  つれけれは女もみしりなさけはかはしなから心をはゆるさすつれ 
 +  なくてはしたなからぬほとにいらへつつ人ゐましりくるしかる 
 +  ましき所にては物いひなとはしなからめてたくのかれつつ心もゆる 
 +  さぬを男はさもしらてかくのみすくる心もとなくてつねよりも 
 +  しけくをとつれてまいらんといひをせたりけるにれいのはしたなから 
 +  すいらへたれは四月のつもり比に雨おとおとろしく降て物おそろ 
 +  しけなるにかかるおりにゆきたらはこそあはれと思はめとおもひて 
 +  いてぬ道すからたへかたき雨をこれにいきたらんにあはて/58オy119 
 + 
 +  返す事よもとたのもしく思てつほねにゆきたれは人いてき 
 +  てうへになれはあんない申さんとてはしのかたにいれていぬみれは 
 +  物のうしろに火ほのかにともしてとのゐ物とおほしき衣ふせこ 
 +  にかけてたき物しめたるにほひなへてならすいと心にくくて身に 
 +  しみていみしとおもふに人帰てたたいまおりさせ給といふうれしさ 
 +  かきりなしすなはちおりたりかかる雨にはいかになといへはこれに 
 +  さはらんはむけにあさき事にこそなといひかはしてちかくよりて 
 +  かみをさくれはこほりをのしかけたらんうにひややかにてあたりめ 
 +  てたき事かきりしなにやかやとえもいはぬ事ともいひか 
 +  はしてうたかひなくおもふにあはれやり戸をあけなからわすれて 
 +  きにけるつとめてたれかあけなからは出にけるそなとわつらはし 
 +  き事になりなんすたてて帰らんほともあるましといへはさる 
 +  ことと思てかはかりうちとけにたれは心やすくてきぬをととめ/58ウy120 
 + 
 +  てまいらせぬまことにやりとたつるをとしてこなたへくらんと待 
 +  ほとにをともせておくさまへ入りぬそれに心もとなくあさましく 
 +  うつし心もうせはててはひもいりぬへけれとすへき方もなくて 
 +  やりつるくやしさを思へとかひなけれはなくなくあか月ちかくいてぬ 
 +  家に行きておもひあかしてすかしをきつる心うさかきつつけてや 
 +  りたれと何しにかすかさん帰らんとせしにめししかは後にも 
 +  なといひてすこしつ大かたまちかき事はあるましきなめり 
 +  今はさはこの人のわろくうとましからんことをみておもひうとま 
 +  はやかくのみ心つくしに思はてありなんと思てすいしんをよひて 
 +  そのひとのひすましのかはこもていかんはいとりて我にみせよといひ 
 +  けれは日ころそひてうかかひてからうしてにけけるををひてはい 
 +  とりてしうにとらせつへいちう悦てかくれにもてゆきてみれはかう 
 +  なるうす物の三重かさねなるにつつみたりかうはしき事たくひ/59オy121 
 + 
 +  なしひきときてあくるにかうはしさたとへんかたなしみれは 
 +  ちん丁子をこくせんしていれたりまたたきものをおほくまろ 
 +  かしつつあまたいれたりさるままにかうはしきをしはかるへし 
 +  みるにいとあさましゆゆしけにをきたらはそれにみあきて 
 +  こころもやなくさむとこそおもひつれこはいかなる事かく 
 +  心ある人やはあるた人ともおえぬありさまかなといと 
 +  ぬ斗おもへかいなしわみんとしもやは思きにとかかる 
 +  こころせをみてのちはいよいよほけほけしくおもひけれと 
 +  つゐにあはやみけり我か身なからもかれによにはちかましく 
 +  ねたくおほえしとへいちうみそかに人としのひてかた 
 +  りけるとそ/59ウ122
  
-「我が身ながらも、かれに、はぢがましくねたくおぼえし」と、へいちう、みそかに人としのびてかたりけるとぞ。 
text/yomeiuji/uji050.txt · 最終更新: 2018/03/08 21:22 by Satoshi Nakagawa