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text:yomeiuji:uji047 [2015/02/07 20:39] – [第47話(巻3・第15話) 長門前司女、葬送の時本処に帰る事] Satoshi Nakagawatext:yomeiuji:uji047 [2018/03/08 21:21] (現在) – [第47話(巻3・第15話) 長門前司女、葬送の時本処に帰る事] Satoshi Nakagawa
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 **長門前司女、葬送時本処に帰る事** **長門前司女、葬送時本処に帰る事**
  
-今は昔、長門前司といひける人の女二人ありけるが、姉は人の妻にてありける。妹はいとわかくて、宮仕ぞしけるが、後には家に居たりけり。わざとありつきたる男もなくて、ただ時々かようふ人などぞありける。高辻室町わたりにぞ、家はありける。+===== 校訂本文 =====
  
-父母のなく成ておくかたには姉ぞゐたりける。南おもての西のかたなる土口にぞ、にあひ、物どいなりける。+今は昔長門前司といひける人の、女(むすめ)二人ありけるが、姉は人の妻にてありける。妹はいと若くて、宮仕へしけるがは家居たりけり。わざとりつきたる男もくて、ただ時々通どぞありける。
  
-廿七八ばかりける年、いみじくわづらひてうせにけり「おはところせし」とて、妻戸口てやがてふしたりける。て、あるべき事らねばなどしたてて、鳥部野へいていぬ+高辻室町わたにぞ、家はありける。父母のななりて、方(かた)は、姉ぞ居たりける。南の面(おも)の西の方る妻戸口にぞ常に人に会ひ、ものなど言ふ所なりける
  
-さて「例の作法にとくせん」とて、くるまよおろすにひつ、かろがろとして、ふたささかあきたり。あやしくて、あけてみる、いかにもいかにも露物なかりけり。「道などにて、落などすべき事にもあらぬに、いかなる事にか」、心えずあさま。すべきかたもなくて、「さりとてあらんやは」とて、人々走帰て、「道にをのづから」とみれども、あるべきならねばぬ。+二十七・八ばかりける年、いみじわづらひて、失せにけり。「奥は所狭(ころせ)し」とて、その妻戸口にて、やがて臥したりける。さて、あるべきことならねば、姉などしたてて、鳥部野率(ゐ)て往ぬ。
  
-もしや」とみれば、此妻戸口にもとやうてうちふしたり。いあさまし、おしくてしたしき人々あまりて「いかがすべき」いひあはせさはぐ程に夜もいくふけぬればいかがせん」とて、夜明、又ひつ入てこのたびは、よく実したためて、「よさりいかにもなど、思てある程に、夕つたみに、此櫃のふた、ほそめにあきたりけり。いみじくおそろしく、ずちなけれどしたしき人々、「くてよくみん」とてよりてみれば、ひつぎよりいでて、又妻戸口に臥たり。+さて作法せん」とて車より取りおろすに櫃(ひ)軽々(ろ)して蓋(ふ)、いささ開きたり。怪しくて、開け見るに、いかいかにも、つゆ物なかりけり。「道など落ちなどすべきことにもらぬに、ことか」と心得ずさまし。すべもな「さりとて、あらんやは」とて、人々走り帰りて、「道におのづらや」とども、あるべきならねば、家へ帰
  
-いとあさまきわざかな」と又「かき入ん」とて、よろづすれどさらさらにゆるがず。つおひたる大木などを、ひきゆるがんやうなればすべきかたなて「ただここにあらんとてか」と思て、おとなしき人りていふ、「ただ、ここにあらんとおぼす。さらば、やてここにもをきてまつらん。かては、いとみぐるしりなん」とて、妻戸口の板敷をこぼちて、そこおろさんとしけかろやかおろされれば、すべなくて、その妻戸口一間をたじきなど、さりのけこぼちてこにうづみてかだかと塚にてあり。家の人々あひゐてあらん、物むかしくおぼえて、みなほかへわり。+」と見ればこの妻戸口に、もとのやうてう臥した。いとあましくも恐しくて、しき人々集まりて、「かがすべき」と言ひ合はせ騒ぐほど、夜たく更けぬればいかがせん」とて、夜明て、また櫃この度(たび)は、よくまことにためて、「夜さり、かにも」など思ひてあるほどに夕つ方見るほどに、この櫃の蓋、細め開きりけり。いみじく恐しく、ずちなけれど、親しき人々、「近く、よく見」とて寄りて見れば、棺(ひぎ)より出でて、妻戸口臥したり。
  
-さて年月へでんもみこぼうせにけり。いかなる事にかこの塚のかくはげすどもえゐかず。「むつかしき事あ」と云つたへて、大か人もえゐつば、はただそのつか一ぞある高辻より宝町よは西高辻おもてに、六七間斗が程は小家もなくて、そのたかだかとてありけ+「いとどあましきわざかな」と、また「かき入れん」とて、よろづさらにさらに揺がず。土より生ひたる大木などを、引き揺がさやうなれば、すべきくてだ、ここにあんとて」と思ひておとなしき人、寄りて言ふだ、ここにあらんと思す。さらば、やがて、こにも置き奉らんかくては、いと見苦しかなん」とて妻戸口の板敷をこぼち、そこ下さんとしければいと軽(かろ)やかに下されたれば、すべなくて、その妻戸口間を板敷など、去りのけ、こぼちて、そこに埋(うづ)みて、高々(たかだか)塚にてあり。家の人々も、さてあひ居てあらん、ものむつかしく思えて、みな、ほかへ渡りに
  
-いかにしたるにか、つかの上に神のやしろいはひすへてあなる此比も今にありとなん+さて、年月経にければ、寝殿もみなこぼれ失せにけり。いかなることか、この塚の傍ら近くは、下種なども、え居付かず((「え居付かず」は底本「えゐかず」。諸本により補入。))、「むつかきことあり」と言ひ伝へて、おほか人もえ居付かねば、そこはただ、その塚一つぞあ。高辻よりは北、宝町よりは西、高辻面(おもて)、六・七間ばりがほどは小家もなくてその塚一ぞ、高々としてありける。 
 + 
 +にしたることにか、塚の上に神の社ぞ一つ、祝ひ据ゑてあなる。このごろも今にありとなん。 
 + 
 +===== 翻刻 ===== 
 + 
 +  今は昔長門前司といひける人の女二人ありけるか姉は人の妻 
 +  にてありける妹はいとわかくて宮仕そしけるか後には家に居たり 
 +  けりわさとありつきたる男もなくてたた時々かよふ人なとそあり 
 +  ける高辻室町わたりにそ家はありける父母のなく成ておくのかた 
 +  には姉そゐたりける南のおもての西のかたなる妻戸口にそ常に 
 +  人にあひ物なといふ所なりける廿七八はかりなりける年いみしくわつ 
 +  らひてうせにけりおくはところせしとてその妻戸口にてかてふ 
 +  たりけるさてあるへき事ならねは姉なとしたてて鳥部野へいていぬ 
 +  さて例の作法にとかくせんとてくるまよりとりおすにひつかろかろと 
 +  してふたいささかあきたりあやしくてあけてみるにいかにもいかにも 
 +  露物なかりけり道なとにて落なとすへき事にもあらぬに 
 +  いかなる事にかと心えすあさましすへきかたもなくてさりとて 
 +  あらんやはとて人々走帰て道にをのつからやとみれともあ/52ウy108 
 + 
 +  るへきならねは家へ帰ぬもしやとみれは此妻戸口にもとのやうにて 
 +  うちふしたりいとあさましくもおそろしくてしたしき人々あつ 
 +  まりていかかすへきといひあはせさはく程に夜もいたくふけぬ 
 +  れはいかかせんとて夜明て又ひつに入てこのたひはよく実にしたた 
 +  めてよさりいかにもなと思てある程に夕つかたみる程に此櫃 
 +  のふたほそめにあきたりけりいみしくおそろしくすちなけれとした 
 +  しき人々ちかくてよくみんとてよりてみれはひつきよりいてて 
 +  又妻戸口に臥たりいととあさましきわさかなとて又かき 
 +  入んとてよろつにすれとさらにさらにゆるかすつちよりおひたる 
 +  大木なとをひきゆるかさんやうなれはすへきかたなくてたた 
 +  ここにあらんとてかと思ておとなしき人よりていふたたここに 
 +  あらんとおほすかさらはやかてここにもをきたてまつらんかくて 
 +  はいとみくるしかりなんとて妻戸口の板敷をこほちてそこ/53オy109 
 + 
 +  におろさんとしけれはいとかろやかにおろされたれはすへなくてその 
 +  妻戸口一間をいたしきなとさりのけこほちてそこにうつみて 
 +  たかたかと塚にてあり家の人々もさてあひゐてあらん物むつか 
 +  しくおほえてみなほかへわたりにけりさて年月へにけれはしん 
 +  てんもみなこほれうせにけりいかなる事にかこの塚のかたはらち 
 +  かくはけすなともえゐかすむつかしき事ありと云つたへて大かた 
 +  人もえゐつかねはそこはたたそのつか一そある高辻よりは北宝 
 +  町よりは西高辻おもてに六七間斗か程は小家もなくてその 
 +  塚一そ高々としてありけるいかにしたる事にかつかの上に神 
 +  のやしろそ一いはひすへてあなる此比も今にありとなん/53ウy110
  
text/yomeiuji/uji047.txt · 最終更新: 2018/03/08 21:21 by Satoshi Nakagawa