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text:yomeiuji:uji047 [2015/02/07 20:39] – [第47話(巻3・第15話) 長門前司女、葬送の時本処に帰る事] Satoshi Nakagawatext:yomeiuji:uji047 [2018/01/31 21:52] Satoshi Nakagawa
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 **長門前司女、葬送時本処に帰る事** **長門前司女、葬送時本処に帰る事**
  
-今は昔、長門前司といひける人の女二人ありけるが、姉は人の妻にてありける。妹はいとわかくて、宮仕ぞしけるが、後には家に居たりけり。わざとありつきたる男もなくて、ただ時々かようふ人などぞありける。高辻室町わたりにぞ、家はありける。+今は昔、長門前司といひける人の(むすめ)二人ありけるが、姉は人の妻にてありける。妹はいとくて、宮仕ぞしけるが、後には家に居たりけり。わざとありつきたる男もなくて、ただ時々ふ人などぞありける。
  
-父母のなくて、おくのかたには、姉ぞたりける。南のおもての西のかたなる妻口にぞ、常に人にひ、などふ所なりける。+高辻室町わたりにぞ、家はありける。父母のなくなりて、方(かた)には、姉ぞたりける。南の面(おもて)西のなる妻口にぞ、常に人にひ、ものなどふ所なりける。
  
-廿七八ばかりなりける年、いみじくわづらひてせにけり。「おくはところせし」とて、その妻戸口にてやがてしたりける。さて、あるべきならねば、姉などしたてて、鳥部野へぬ。+二十八ばかりなりける年、いみじくわづらひて、失せにけり。「所狭(ところせ)し」とて、その妻戸口にてやがてしたりける。さて、あるべきことならねば、姉などしたてて、鳥部野へ率(ゐ)ぬ。
  
-さて「例の作法にとかくせん」とて、くるまよりりおろすに、ひつ、かろがろとして、ふたいささかきたり。あやしくて、けてるに、いかにもいかにも物なかりけり。「道などにて落などすべきにもあらぬに、いかなるにか」と、心ずあさまし。すべきかたもなくて、「さりとてあらんやは」とて、人々走帰て、「道にのづからや」とれども、あるべきならねば家へ帰ぬ。+さて「例の作法にとかくせん」とて、よりりおろすに、櫃(ひつ)軽々(かろがろ)として、蓋(ふた)、いささかきたり。しくて、けてるに、いかにもいかにも、つゆ物なかりけり。「道などにて落などすべきことにもあらぬに、いかなることにか」と、心ずあさまし。すべきかたもなくて、「さりとてあらんやは」とて、人々走て、「道にのづからや」とれども、あるべきならねば家へ帰ぬ。
  
-「もしや」とれば、妻戸口にもとのやうにてうちしたり。いとあさましくも、おそろしくて、したしき人々あつまりて、「いかがすべき」とはせさはに、夜もいたくけぬれば、「いかがせん」とて、夜明て、又ひつに入て、このたびは、よくにしたためて、「さりいかにも」など思てあるに、夕つかたみに、櫃のふたほそめにきたりけり。いみじくおそろしく、ずちなけれど、したしき人々、「ちかくてよくん」とてりてれば、ひつぎよりでて、妻戸口に臥たり。+「もしや」とれば、この妻戸口にもとのやうにてうちしたり。いとあさましくも、しくて、しき人々まりて、「いかがすべき」とはせほどに、夜もいたくけぬれば、「いかがせん」とて、夜明て、また櫃に入て、この度(たび)は、よくまことにしたためて、「さりいかにも」など思てあるほどに、夕つ方見ほどに、この櫃のめにきたりけり。いみじくしく、ずちなけれど、しき人々、「くてよくん」とて、寄りてれば、棺(ひつぎ)よりでて、また妻戸口に臥たり。
  
-「いとあさましきわざかな」とて、「かき入ん」とて、よろづにすれど、さらにさらにゆるがず。つちよりひたる大木などを、ゆるがさんやうなれば、すべきかたなくて「ただここにあらんとてか」と思て、おとなしき人りてふ、「ただ、ここにあらんとおぼすか。さらば、やがてここにもたてまつらん。かくては、いとみぐるしかりなん」とて、妻戸口の板敷をこぼちて、そこにおろさんとしければ、いとかろやかにおろされたれば、すべなくて、その妻戸口一間をいたじきなど、りのけこぼちて、そこにうづみてたかだかと塚にてあり。家の人々も、さてあひてあらん、むつかしくおぼえて、みなほかへわたりにけり。+「いとあさましきわざかな」とて、また「かき入ん」とて、よろづにすれど、さらにさらにがず。よりひたる大木などを、がさんやうなれば、すべきかたなくて「ただここにあらんとてか」と思て、おとなしき人、寄りてふ、「ただ、ここにあらんとすか。さらば、やがてここにもらん。かくては、いと見苦しかりなん」とて、妻戸口の板敷をこぼちて、そこにさんとしければ、いと軽(かろ)やかにされたれば、すべなくて、その妻戸口一間を板敷など、りのけこぼちて、そこに埋(うづ)みて、高々(たかだか)と塚にてあり。家の人々も、さてあひてあらん、ものむつかしくえて、みなほかへりにけり。
  
-さて年月にければ、しんでんもみなこぼれせにけり。いかなるにか、この塚のかたはちかくは、げすなどもえゐかず。「むつかしきあり」と云つたへて、かた人もえゐつかねば、そこはただそのつか一ぞある。高辻よりは北、宝町よりは西、高辻おもてに、六七間は小家もなくて、その塚一ぞたかだかとしてありける。+さて年月にければ、寝殿もみなこぼれせにけり。いかなることにか、この塚のくは、下種なども、え居付かず((「え居付かず」は底本「えゐかず諸本により補入。))、「むつかしきことあり」と言ひ伝へて、おほかた人もえ居付かねば、そこはただそのぞある。高辻よりは北、宝町よりは西、高辻面(おもて)に、六七間ばかりほどは小家もなくて、その塚一、高々としてありける。
  
-いかにしたるにか、つかの上に神のやしろいはひすへてあなる此比も今にありとなん+いかにしたることにか、塚の上に神の社ぞ一つ、祝ひ据ゑてあなる。このごろも今にありとなん。 
 + 
 +===== 翻刻 ===== 
 + 
 +  今は昔長門前司といひける人の女二人ありけるか姉は人の妻 
 +  にてありける妹はいとわかくて宮仕そしけるか後には家に居たり 
 +  けりわさとありつきたる男もなくてたた時々かよふ人なとそあり 
 +  ける高辻室町わたりにそ家はありける父母のなく成ておくのかた 
 +  には姉そゐたりける南のおもての西のかたなる妻戸口にそ常に 
 +  人にあひ物なといふ所なりける廿七八はかりなりける年いみしくわつ 
 +  らひてうせにけりおくはところせしとてその妻戸口にてやかてふし 
 +  たりけるさてあるへき事ならねは姉なとしたてて鳥部野へいていぬ 
 +  さて例の作法にとかくせんとてくるまよりとりおろすにひつかろかろと 
 +  してふたいささかあきたりあやしくてあけてみるにいかにもいかにも 
 +  露物なかりけり道なとにて落なとすへき事にもあらぬに 
 +  いかなる事にかと心えすあさましすへきかたもなくてさりとて 
 +  あらんやはとて人々走帰て道にをのつからやとみれともあ/52ウy108 
 + 
 +  るへきならねは家へ帰ぬもしやとみれは此妻戸口にもとのやうにて 
 +  うちふしたりいとあさましくもおそろしくてしたしき人々あつ 
 +  まりていかかすへきといひあはせさはく程に夜もいたくふけぬ 
 +  れはいかかせんとて夜明て又ひつに入てこのたひはよく実にしたた 
 +  めてよさりいかにもなと思てある程に夕つかたみる程に此櫃 
 +  のふたほそめにあきたりけりいみしくおそろしくすちなけれとした 
 +  しき人々ちかくてよくみんとてよりてみれはひつきよりいてて 
 +  又妻戸口に臥たりいととあさましきわさかなとて又かき 
 +  入んとてよろつにすれとさらにさらにゆるかすつちよりおひたる 
 +  大木なとをひきゆるかさんやうなれはすへきかたなくてたた 
 +  ここにあらんとてかと思ておとなしき人よりていふたたここに 
 +  あらんとおほすかさらはやかてここにもをきたてまつらんかくて 
 +  はいとみくるしかりなんとて妻戸口の板敷をこほちてそこ/53オy109 
 + 
 +  におろさんとしけれはいとかろやかにおろされたれはすへなくてその 
 +  妻戸口一間をいたしきなとさりのけこほちてそこにうつみて 
 +  たかたかと塚にてあり家の人々もさてあひゐてあらん物むつか 
 +  しくおほえてみなほかへわたりにけりさて年月へにけれはしん 
 +  てんもみなこほれうせにけりいかなる事にかこの塚のかたはらち 
 +  かくはけすなともえゐかすむつかしき事ありと云つたへて大かた 
 +  人もえゐつかねはそこはたたそのつか一そある高辻よりは北宝 
 +  町よりは西高辻おもてに六七間斗か程は小家もなくてその 
 +  塚一そ高々としてありけるいかにしたる事にかつかの上に神 
 +  のやしろ一いはひすへてあなる此比も今にありとなん/53ウy110
  
text/yomeiuji/uji047.txt · 最終更新: 2018/03/08 21:21 by Satoshi Nakagawa