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宇治拾遺物語

第45話(巻3・第13話) 因幡国別当、地蔵作差す事

因幡国別当地蔵作差事

因幡国別当、地蔵作差す事

校訂本文

これも今は昔、因幡国たかくさの郡さかの里に、伽藍あり。国隆寺(こくりうじ)と名付く。この国の前の国司、ちかなが造れるなり。

そこに、年老いたる者、語り伝へていはく、

この寺に別当ありき。家に仏師を呼びて、地蔵を作らするほどに、別当が妻、こと男に語らはれて、後をくらうして失せぬ。別当、心を惑はして、仏のことをも、仏師をも知らで、里村に手を分かちて、尋ね求むる間、七・八日を経ぬ。

仏師ども、旦那を失なひて、空をあふぎて、手をいたづらにして居たり。その寺の専当法師、これを見て、善心をおこして、食ひ物を求めて、仏師に食はせて、わづかに地蔵の木作りばかりをし奉りて、彩色、瓔珞(やうらく)をばえせず。

その後、この専当法師、病付きて、命終りぬ。妻子、悲しみ泣きて、棺に入れながら、捨てずして置きて、なほこれを見るに、死にて六日といふ日の、未の時ばかりに、にはかにこの棺はたらく。見る人、怖ぢ恐れて逃げ去りぬ。

妻、泣き悲しみて、開けて、見れば、法師、よみがへりて、水を口に入る。やうやう、ほど経て冥途の物語す。

「大きなる鬼、二人来たりて、われを捕へて、追ひ立てて、広き野を行くに、白き衣(きぬ)着たる僧出できて、『鬼ども、この法師、とく許せ。われは地蔵菩薩なり。因幡国の国隆寺にて、われを造りし僧なり。仏師等、食物なくて、日ごろ経しに、この法師、信心を致して、食物を求めて、仏師等を供養して、わが像を作らしめたり。この恩、忘れがたし。必ず許すべきものなり』とのたまふほどに、鬼ども、許しおはりぬ。ねんごろに道教へて、帰しつと見て、生き返りたるなり」と言ふ。

その後、この地蔵菩薩を妻子ども彩色し、供養し奉りて、長く帰依し奉りける。今、この寺におはします。

翻刻

これも今はむかし因幡国たかくさの郡さかの里に伽藍あ
りこくりう寺となつく此国の前の国司ちかなか造れるなり
そこに年老たるものかたりつたへていはく此寺に別当ありき家
に仏師をよひて地蔵をつくらするほとに別当か妻こと男に
かたらはれて後をくらうして失せぬ別当心をまとはして仏の事
をも仏師をもしらて里村に手をわかちて尋もとむるあひた
七八日をへぬ仏師とも旦那をうしなひて空をあふきて手を
いたつらにしてゐたりその寺の専当法師これをみて善心をおこし
てくい物を求て仏師にくはせてわつかに地蔵の木作はかりをし
たてまつりてさい色やうらくをはえせすそののち此専当法し病
付て命終ぬ妻子かなしみ泣て棺に入なから捨すして置て
猶これをみるに死て六日といふ日のひつしの時はかりににはかに此/50ウy104
棺はたらくみる人おちおそれて逃さりぬ妻泣かなしみてあけて
みれは法師よみかへりて水を口に入やうやうほとへて冥途の物
かたりす大なる鬼二人きたりて我をとらへて追たててひろき野を
行にしろききぬきたる僧いてきて鬼ともこの法師とく
ゆるせ我は地蔵菩薩也因幡国のこくりうしにてわれを造し
僧なり仏師等食物なくて日比へしに此法師信心を致して食
物をもとめて仏師等を供養してわか像をつくらしめたり
この恩わすれかたし必ゆるすへき物なりとのたまふ程に鬼
共ゆるしおはりぬねんころに道をしへてかへしつとみていきか
へりたる也といふ其後此地蔵菩薩を妻子とも彩色し供養
したてまつりてなかく帰依したてまつりけるいまこの寺におはします/51オy105
text/yomeiuji/uji045.txt · 最終更新: 2017/12/21 01:51 by Satoshi Nakagawa