text:yomeiuji:uji041
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text:yomeiuji:uji041 [2014/09/28 13:41] – Satoshi Nakagawa | text:yomeiuji:uji041 [2017/12/12 00:41] – Satoshi Nakagawa | ||
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**伯の母の事** | **伯の母の事** | ||
- | いまは昔、たけのたゆふといふものの、常陸よりのぼりて、うれへする比、むかひに越前守といふ人のもとに、ぎやくすしけり。此越前守は、伯母とて、よにめでたき人、哥よみのおやなり。妻は伊勢の太夫、ひめぎみたちあまたあるべし。 | + | 今は昔、多気大夫(たけのたゆふ)((平惟幹))といふ者の、常陸より上りて、うれへするころ、向ひに越前守といふ人((高階成順))のもとに、逆修(ぎやくす)しけり。この越前守は、伯の母((神祇伯康資王の母))とて、世にめでたき人、歌詠みの親なり。妻は伊勢の太夫、姫君たちあまたあるべし。 |
- | たけのたゆふ、つれづれにおぼゆれば、ちゃうもんにまいりたりけるに、みすを風の吹あげたるに、なべてならずうつしき人の、くれなゐのひとへかさねきたるをみるより、「この人をめにせばや」といりもみ思ければ、その家のうへわらはをかたらひてとひきけば、「大ひめごぜんの紅はたてまつりたる」とかたりければ、それにかたらひつきて「われにぬすませよ」といふに、「おもひかけず。えせじ」といひければ、「さらば、そのめのとをしらせよ」といひければ、「それは、さも申てん」とて、しらせてけり。 | + | 多気大夫、つれづれに思ゆれば、聴聞に参りたりけるに、御簾を風の吹き上げたるに、なべてならず美しき人の、紅(くれなゐ)の単衣、重ね着たるを見るより、「この人を妻(め)にせばや」と、いりもみ思ひければ、その家の上童(うへわらは)を語らひて、問ひ聞けば、「大姫御前の紅は奉りたる」と語りければ、それに語らひつきて「われに盗ませよ」と言ふに、「思ひかけず。えせじ」と言ひければ、「さらば、その乳母(めのと)を知らせよ」と言ひければ、「それは、さも申してん」とて、知らせてけり。 |
- | さて、いみじくかたらひて、かね百両とらせなどして、「此ひめぎみをぬすませよ」とせめいひければ、さるべき契にやありけん、ぬすませてけり。やがて、めのとうちぐしてひたちへいそぎくだりにけり。あとになきかなしめど、かひもなし。 | + | さて、いみじく語らひて、金(かね)、百両取らせなどして、「この姫君を盗ませよ」と、責め言ひければ、さるべき契りにやありけん、盗ませてけり。やがて、乳母うち具して、常陸へ急ぎ下りにけり。あとに泣き悲しめど、かひもなし。 |
- | ほどへて、めのとをとづれたり。「あさましく心うし」とおもへども、いふかひなき事なれば、時々うちをとづれてすぎけり。はくの母、ひたちへかくいひやり給 | + | ほど経て、乳母、訪れたり。「あさましく、心憂し」と思へども、いふかひなきことなれば、時々うち訪れて過ぎけり。 |
- | にほひきや宮この花はあづまぢにこちのかへしの風のつけしは | + | 伯の母、常陸へかく言ひやり給ふ。 |
- | かへし、姉 | + | 匂ひきや都の花は東路にこちのかへしの風の付けしは |
- | 吹かへすこちのかへしはみにしみき都の花のしるべとおもふに | + | 返し、姉、 |
- | 年月へだたりて、はくのはは、ひたちのかみのめにて下りけるに、あねはうせにけり。むすめふたり有けるが、かくと聞てまいりたりけり。田舎人ともみえず、いみじくしめやかにはづかしげによかりけり。ひたちのかみのうへを、むかしの人ににさせ給たりけるとて、いみじくなきあひたりけり。四年が間、みやうもんにもおもいたらず、ようじなども、いはざりけり。 | + | 吹き返すこちのかへしは身にしみき都の花のしるべと思ふに |
- | 任はてて、のぼるおりに、ひたちのかみ「むげなりけるものどもかな。かくなんのぼるといひにやれ」と男にはいはれて、伯のははのぼるよし、いひにやりたりければ、「承りぬ。まいり候はん」とて、あさてのぼらんとての日、まいりたりけり。 | + | 年月へだたりて、伯の母、常陸の守((藤原基房))の妻(め)にて下りけるに、姉は失せにけり。女(むすめ)二人ありけるが、「かく」と聞きて、参りたりけり。田舎人とも見えず、いみじくしめやかに、恥しげに、よかりけり。常陸の守の上を、「昔の人に、似させ給ひたりける」とて、いみじく泣きあひたりけり。四年が間、名聞にも思ひたらず、用事なども言はざりけり。 |
- | えもいはぬ馬、一をたからにするほどの馬十疋づつ、ふたりして、又、皮子おほせたる馬ども百疋づつ、ふたりしてたてまつりたり。なにとも思たらず、か斗のことしたりともおもはず、うちたてまつりて、帰にけり。 | + | 任果てて、上る折に、常陸の守、「無下なりける者どもかな。かくなん上ると言ひにやれ」と、男には言はれて、伯の母、上るよし、言ひにやりたりければ、「承りぬ。参り候はん」とて、明後日(あさて)上らんとての日、参りたりけり。 |
- | ひたちのかみの「ありける常陸四年が間の物は何ならず。そのかはごの物どもしてこそ、よろづのくどくもなにもし給けれ。ゆゆしかりける物どもの、心のおほきさひろさかな」とかたられけるとぞ。 | + | えもいはぬ馬、一つを宝にするほどの馬、十疋づつ、二人して、また、皮子負ほせたる馬ども、百疋づつ、二人して奉りたり。何とも思ひたらず、「かばかりのことしたり」とも思はず、うち奉りて、帰りにけり。 |
+ | |||
+ | 常陸の守の「ありける常陸、四年が間のものは何ならず。その皮子の物どもしてこそ、よろづの功徳も何もし給ひけれ。ゆゆしかりける者どもの、心の大きさ、広さかな」と語られけるとぞ。 | ||
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+ | この伊勢の大夫の子孫は、めでたき幸ひ人、多く出で来給ひたるに、大姫公の、かく田舎人になられたりける、あはれに心憂くこそ。 | ||
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+ | ===== 翻刻 ===== | ||
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+ | いまは昔たけのたゆふといふものの常陸よりのほりてうれへする比/47ウy98 | ||
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+ | むかひに越前守といふ人のもとにきやくすしけり此越前守は伯母とてよ | ||
+ | にめてたき人哥よみのおやなり妻は伊勢の太夫ひめきみたちあまた | ||
+ | あるへしたけのたゆふつれつれにおほゆれはちやうもんにまいりたりけるに | ||
+ | みすを風の吹あけたるになへてならすうつくしき人のくれなゐのひとへ | ||
+ | かさねきたるをみるよりこの人をめにせはやといりもみ思けれはその家 | ||
+ | のうへわらはをかたらひてとひきけは大ひめこせんの紅はたてまつりたると | ||
+ | かたりけれはそれにかたらひつきてわれにぬすませよといふにおもひかけす | ||
+ | えせしといひけれはさらはそのめのとをしらせよといひけれはそれはさも申 | ||
+ | てんとてしらせてけりさていみしくかたらひてかね百両とらせなとして此 | ||
+ | ひめきみをぬすませよとせめいひけれはさるへき契にやありけんぬすま | ||
+ | せてけりやかてめのとうちくしてひたちへいそきくたりにけりあとになきかなし | ||
+ | めとかひもなしほとへてめのとをとつれたりあさましく心うしとおもへとも | ||
+ | いふかひなき事なれは時々うちをとつれてすきけりはくの母ひたちへかく/48オy99 | ||
+ | |||
+ | いひやり給 | ||
+ | にほひきや宮この花はあつまちにこちのかへしの風のつけしは | ||
+ | かへし姉 | ||
+ | 吹かへすこちのかへしはみにしみき都の花のしるへとおもふに | ||
+ | 年月へたたりてはくのははひたちのかみのめにて下りけるにあねは | ||
+ | うせにけりむすめふたり有けるかかくと聞てまいりたりけり田舎人 | ||
+ | ともみえすいみしくしめやかにはつかしけによかりけりひたちのかみのうへ | ||
+ | をむかしの人ににさせ給たりけるとていみしくなきあひたりけり四年か | ||
+ | 間みやうもんにもおもひたらすようしなともいはさりけり任はててのほる | ||
+ | おりにひたちのかみむけなりけるものともかなかくなんのほるといひにやれと | ||
+ | 男にはいはれて伯のははのほるよしいひにやりたりけれは承りぬまいり候はん | ||
+ | とてあさてのほらんとての日まいりたりけりえもいはぬ馬一をたからに | ||
+ | するほとの馬十疋つつふたりして又皮子おほせたる馬とも百疋つつ/48ウy100 | ||
+ | |||
+ | ふたりしてたてまつりたりなにとも思たらすか斗のことしたりともおもはす | ||
+ | うちたてまつりて帰にけりひたちのかみのありける常陸四年か間の物 | ||
+ | は何ならすそのかはこの物ともしてこそよろつのくとくもなにもし給けれ | ||
+ | | ||
+ | いせのたゆふの子孫はめてたきさいはい人おほくいてき給たるに大 | ||
+ | 姫公のかくゐ中人になられたりけるあはれに心うくこそ/49オy101 | ||
- | このいせのたゆふの子孫は、めでたきさいはい人おほくいでき給たるに、大姫公の、かくゐ中人になられたりける、あはれに心うくこそ。 |
text/yomeiuji/uji041.txt · 最終更新: 2017/12/21 00:06 by Satoshi Nakagawa