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text:yomeiuji:uji037 [2014/04/08 17:19] – 作成 Satoshi Nakagawatext:yomeiuji:uji037 [2020/02/17 22:33] (現在) Satoshi Nakagawa
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-====== 第37話(巻3・第5話) ======+宇治拾遺物語 
 +====== 第37話(巻3・第5話) 鳥羽僧正、国俊と戯れの事======
  
 **鳥羽僧正与国俊戯事** **鳥羽僧正与国俊戯事**
  
-**鳥羽僧正、国俊と戯の事**+**鳥羽僧正、国俊と戯の事**
  
-是も今は昔、法輪院大僧正覚猷といふ人おはしけり。その甥に、陸奥前司国俊、僧正のもとへ行て「まいりてこそ候へ」と、いはせければ、唯今見参すべし。そなたにしばしおはせ」とありければ、待居たるに、二時斗まで出あはねば、なま腹だたしうおぼえて、「出なん」と思て、共にぐしたる雑色をよびければ、出きたるに「沓もてこ」と、いひければ、もてきたるをはきて「出なん」といふを、この雑色がいふやう「僧正の御房の「陸奥殿に申たれば、『とうのれ』と、あるぞ。その車いてこ」とて、「小御門より出ん」と仰事候つれば、やうぞ候らんとて、牛飼の者たてまつりて候へば、「またせ給へと申せ。時のほどぞ、あらんずる。やがて帰こんずるぞ」とて、はやうたてまつりて、出させ給候つるにて候。かうて一時には返候ぬらん」といへば、「わ雑色は不覚のやつかな。『御車をかくめしのさぶらふは』と我にいひてこそ、かし申さめ。ふがく也」といへば、「うちさしのきたる人にもおはしまさず。やがて、御尻切たてまつりて、きときとよく申たるぞ」と仰事候らへば、力及候はざりつる」といひければ、陸奥のぜんじ、帰のぼりて、「いかにせん」と思まはすに、僧正は、さだまりたる事のて、湯に藁をこまごもときりて、一はた入て、それがうへに莚をしきて、ありきまはりては、さうなく湯殿へ行て、はだかに成て「えさいかさいとりふすま」といひて、ゆぶねにさくとのけざまに臥事をぞ、し給ける。+===== 校訂本文 =====
  
-陸奥前司、りて莚を引あげてみれば、まことにわらをこまごまときりり。それ湯殿のたれおろして、此わらをみなとり入てよくつつみて湯舟湯桶をしたり入て、それが上に囲基((碁誤り))盤をち返しをきて、莚を引おて、げなくて、垂布につみた藁をば、大門腋にかくして、待ゐたるに、二時余ありて、僧正小門より帰をければ、ちがひて大門へ出て、帰たる車よびよせて、車の尻このつみたる藁を入て、家へはやらかりて、おり「此わらを、牛のちこちあるじたるにはせよ」とて、牛飼童にとらせつ+これも今は昔、法輪院大僧正覚猷といふ人おはしけり。その甥に、陸奥前司国俊((源国俊))僧正のもとへ行きて、「参りてこそ候へ」と言はせければ、「ただ今見参すべし。そなたにしばしおはせ」ありければ、待ち居たる、二時(ふたとき)ばかまで出で会はねば、なま腹立しう思えて、「出でなん」と思ひて、共に具したる雑色呼びければ、出で来るに、「沓持(も)て来(こ)」と言ひけば、持て来たるきて、「出でん」言ふをこの雑色が言ふやう「僧正御房の『陸奥殿したれば、『とう乗れ』と、あるぞ。その車、率て来(こ)』とて、『小御門より出でん』と仰せごと候ひつれば、『やぞ候ふらん』と、牛飼の者、奉り候へば『待たせ給へと申せ。時のどぞあらんずる。やがて帰り来んずるぞ』とて、はやう奉りて、出でさせ給ひ候ひつるにて候。かうて、一時には過候ひぬらん」と言へば、「わ雑色は不覚やつかな。『御車をかくのさぶらふは』と、われに言ひこそ貸し申さめ。不覚なり」と言へば、「うちさしのきたるもおはしまさず。やがて御尻切たてまつりて、『きときと、よく申したるぞ』と仰せごと候へば、力及び候はざつる」言ひければ、陸奥の前司、帰り上りて、「いかせん」と思ひまはすに、僧正は定まりたることにて、藁をこまごまと切りて、一はた入れ、それが上に莚(むしろ)敷きて歩(り)回りては、さ湯殿へ行きて、裸になりて「えさい、かさい、とりふすま」と言ひて、湯船さくのけざまに臥すことをぞし給ひける
  
-僧正は例の事なれば、ぐ程もなく、の湯殿に入て「えさいかさいとりふすまといひて、湯舟へおどて、のけざまゆくりもなくふしたるに、基((碁の誤))盤のしのいかがりたる、尻骨をあらうつきて年たかうなりたる人の、死入て、さしそりて、臥たけるが、其後となかりければ、ちつかふ僧、見れば目をかみけて死入てねたり+陸奥前司、寄りて莚を引上げて見れば、まことに藁をこまごまと切り入れたり。それを湯殿の垂布(たれの)を解き下して、この藁をみ取り入れて、よ包みての湯湯桶を下に取り、それが上に囲碁盤((底本囲基盤。諸本により訂正。以下同じ。))をうち返して置きて、莚を引き覆ひて、げなくて、垂布に包みたる藁をば、大門わき置きて、待ち居たるほどに、二時あまりありて僧正、小門よ帰る音ければ、ちひて大門へ出でて、帰りたる車呼び寄せて車のこの包みたる藁をて、家へ早らかにやりて、て「この藁を、牛のあこち歩き困(こ)じたるに食はせ」とて、牛飼童取らせつ。
  
-「こはいかに」とへど、いらへもせず。りて、かほに水きなどして、とばかりありてぞ、息のしたにおろおろいはれける+僧正は例のことなれば、衣脱ぐほどもなく、例の湯殿に入りて「えさい、かさい、とりふすま」と言ひて、湯船へ踊り入りて、のけざまにゆくりもなく臥したるに、碁盤の足の、いかりさし上りたるに、尻骨をあらう突きて、年高うなりたる人の、死に入りて、さし反りて臥したりけるが、その後、音無かりければ、近う使ふ僧、寄りて見れば、目を上(かみ)に見付けて、死に入りて寝たり。「こはいかに」とへど、いらへもせず。りて、に水きなどして、とばかりありてぞ、息の下におろおろ言はれける。 
 + 
 +この戯れ、いとはしたなかりけるや。 
 + 
 +===== 翻刻 ===== 
 + 
 +  是も今は昔法輪院大僧正覚猷といふ人おはしけりその甥に 
 +  陸奥前司国俊僧正のもとへ行てまいりてこそ候へといはせけれは唯 
 +  今見参すへしそなたにしはしおはせとありけれは待居たるに二時斗 
 +  まて出あはねはなま腹たたしうおほえて出なんと思て共にくしたる 
 +  雑色をよひけれは出きたるに沓もてこといひけれはもてきたるをは 
 +  きて出なんといふをこの雑色かいふやう僧正の御房の陸奥殿に申たれはとうの 
 +  れとあるそその車いてことて小御門より出んと仰事候つれはやうそ候らんとて 
 +  牛飼の者たてまつりて候へはまたせ給へと申せ時のほとそあらんするやかて/45オy93 
 + 
 +  帰こんするそとてはやうたてまつりて出させ給候つるにて候かうて一時には 
 +  過候ぬらんといへはわ雑色は不覚のやつかな御車をかくめしのさふらふはと 
 +  我にいひてこそかし申さめふかく也といへはうちさしのきたる人にもおはし 
 +  まさすやかて御尻切たてまつりてきときとよく申たるそと仰事候へは力 
 +  及候はさりつるといひけれは陸奥のせんし帰のほりていかにせんと思まはす 
 +  に僧正はさたまりたる事にて湯に藁をこまこまときりて一はた入て 
 +  それかうへに莚をしきてありきまはりてはさうなく湯殿へ行てはたかに 
 +  成てえさいかさいとりふすまといひてゆふねにさくとのけさまに臥事 
 +  をそし給ける陸奥前司よりて莚を引あけてみれはまことにわらをこ 
 +  まこまときり入たりそれを湯殿のたれ布をときおろして此わらをみな 
 +  とり入てよくつつみてその湯舟に湯桶をしたにとり入てそれか上に 
 +  囲基盤をうら返してをきて莚を引おほひてさりけなくて垂布に 
 +  つつみたる藁をは大門の腋にかくし置て待ゐたる程に二時余ありて/45ウy94 
 + 
 +  僧正小門より帰をとしけれはちかひて大門へ出て帰たる車よひよせて車 
 +  の尻にこのつつみたる藁を入て家へはやらかにやりておりて此わらを牛 
 +  のあちこちあるきこうしたるにくはせよとて牛飼童にとらせつ僧正は 
 +  例の事なれは衣ぬく程もなく例の湯殿に入てえさいかさいとりふすま 
 +  といひて湯舟へおとり入てのけさまにゆくりもなくふしたるに基盤のあし 
 +  のいかりさしあかりたるに尻骨をあらうつきて年たかうなりたる人の 
 +  死入てさしそりて臥たりけるか其後をとなかりけれはちかうつかふ僧よ 
 +  りて見れは目をかみに見つけて死入てねたりこはいかにといへといらへも 
 +  せすよりてかほに水ふきなとしてとはかりありてそ息のしたに 
 +  おろおろいはれけるこのたはふれいとはしたなかりけるにや/46オy95
  
-このたはぶれ、いとはしたなかりけるにや。 
text/yomeiuji/uji037.1396945159.txt.gz · 最終更新: 2014/04/08 17:19 by Satoshi Nakagawa