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text:yomeiuji:uji037 [2017/12/21 00:05] – [第37話(巻3・第5話) 鳥羽僧正、国俊と戯れの事] Satoshi Nakagawatext:yomeiuji:uji037 [2020/02/17 22:33] (現在) Satoshi Nakagawa
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 これも今は昔、法輪院大僧正覚猷といふ人おはしけり。その甥に、陸奥前司国俊((源国俊))、僧正のもとへ行きて、「参りてこそ候へ」と言はせければ、「ただ今見参すべし。そなたにしばしおはせ」とありければ、待ち居たるに、二時(ふたとき)ばかりまで出で会はねば、なま腹立たしう思えて、「出でなん」と思ひて、共に具したる雑色を呼びければ、出で来たるに、「沓持(も)て来(こ)」と言ひければ、持て来たるを履きて、「出でなん」と言ふを、この雑色が言ふやう、「僧正の御房の『陸奥殿に申したれば、『とう乗れ』と、あるぞ。その車、率て来(こ)』とて、『小御門より出でん』と仰せごと候ひつれば、『やうぞ候ふらん』とて、牛飼の者、奉りて候へば、『待たせ給へと申せ。時のほどぞあらんずる。やがて帰り来んずるぞ』とて、はやう奉りて、出でさせ給ひ候ひつるにて候。かうて、一時には過候ひぬらん」と言へば、「わ雑色は不覚のやつかな。『御車をかく召しのさぶらふは』と、われに言ひてこそ、貸し申さめ。不覚なり」と言へば、「うちさしのきたる人にもおはしまさず。やがて、御尻切たてまつりて、『きときと、よく申したるぞ』と仰せごと候へば、力及び候はざりつる」と言ひければ、陸奥の前司、帰り上りて、「いかにせん」と思ひまはすに、僧正は定まりたることにて、湯に藁をこまごまと切りて、一はた入れて、それが上に莚(むしろ)を敷きて、歩(あり)き回りては、さうなく湯殿へ行きて、裸になりて「えさい、かさい、とりふすま」と言ひて、湯船にさくとのけざまに臥すことをぞし給ひける。 これも今は昔、法輪院大僧正覚猷といふ人おはしけり。その甥に、陸奥前司国俊((源国俊))、僧正のもとへ行きて、「参りてこそ候へ」と言はせければ、「ただ今見参すべし。そなたにしばしおはせ」とありければ、待ち居たるに、二時(ふたとき)ばかりまで出で会はねば、なま腹立たしう思えて、「出でなん」と思ひて、共に具したる雑色を呼びければ、出で来たるに、「沓持(も)て来(こ)」と言ひければ、持て来たるを履きて、「出でなん」と言ふを、この雑色が言ふやう、「僧正の御房の『陸奥殿に申したれば、『とう乗れ』と、あるぞ。その車、率て来(こ)』とて、『小御門より出でん』と仰せごと候ひつれば、『やうぞ候ふらん』とて、牛飼の者、奉りて候へば、『待たせ給へと申せ。時のほどぞあらんずる。やがて帰り来んずるぞ』とて、はやう奉りて、出でさせ給ひ候ひつるにて候。かうて、一時には過候ひぬらん」と言へば、「わ雑色は不覚のやつかな。『御車をかく召しのさぶらふは』と、われに言ひてこそ、貸し申さめ。不覚なり」と言へば、「うちさしのきたる人にもおはしまさず。やがて、御尻切たてまつりて、『きときと、よく申したるぞ』と仰せごと候へば、力及び候はざりつる」と言ひければ、陸奥の前司、帰り上りて、「いかにせん」と思ひまはすに、僧正は定まりたることにて、湯に藁をこまごまと切りて、一はた入れて、それが上に莚(むしろ)を敷きて、歩(あり)き回りては、さうなく湯殿へ行きて、裸になりて「えさい、かさい、とりふすま」と言ひて、湯船にさくとのけざまに臥すことをぞし給ひける。
  
-陸奥前司、寄りて莚を引上げて見れば、まことに藁をこまごまと切り入れたり。それを湯殿の垂布(たれぬの)を解き下して、この藁をみな取り入れて、よく包みて、その湯に湯桶を下に取り入れて、それが上に囲碁盤((底本「囲基盤」。諸本により訂正。以下同じ。))をうち返して置きて、莚を引き覆ひて、さりげなくて、垂布に包みたる藁をば、大門のわきに隠し置きて、待ち居たるほどに、二時あまりありて、僧正、小門より帰る音しければ、ちがひて大門へ出でて、帰りたる車呼び寄せて、車の尻に、この包みたる藁を入れて、家へ早らかにやりて、下りて「この藁を、牛のあちこち歩き困(こう)じたるに食はせよ」とて、牛飼童に取らせつ。+陸奥前司、寄りて莚を引上げて見れば、まことに藁をこまごまと切り入れたり。それを湯殿の垂布(たれぬの)を解き下して、この藁をみな取り入れて、よく包みて、その湯に湯桶を下に取り入れて、それが上に囲碁盤((底本「囲基盤」。諸本により訂正。以下同じ。))をうち返して置きて、莚を引き覆ひて、さりげなくて、垂布に包みたる藁をば、大門のわきに隠し置きて、待ち居たるほどに、二時あまりありて、僧正、小門より帰る音しければ、ちがひて大門へ出でて、帰りたる車呼び寄せて、車の尻に、この包みたる藁を入れて、家へ早らかにやりて、下りて「この藁を、牛のあちこち歩き困(こう)じたるに食はせよ」とて、牛飼童に取らせつ。
  
-僧正は例のことなれば、衣脱ぐほどもなく、例の湯殿に入りて「えさい、かさい、とりふすま」と言ひて、湯へ踊り入りて、のけざまにゆくりもなく臥したるに、碁盤の足の、いかりさし上りたるに、尻骨をあらう突きて、年高うなりたる人の、死に入りて、さし反りて臥したりけるが、その後、音無かりければ、近う使ふ僧、寄りて見れば、目を上(かみ)に見付けて、死に入りて寝たり。「こはいかに」と言へど、いらへもせず。寄りて、顔に水吹きなどして、とばかりありてぞ、息の下におろおろ言はれける。+僧正は例のことなれば、衣脱ぐほどもなく、例の湯殿に入りて「えさい、かさい、とりふすま」と言ひて、湯へ踊り入りて、のけざまにゆくりもなく臥したるに、碁盤の足の、いかりさし上りたるに、尻骨をあらう突きて、年高うなりたる人の、死に入りて、さし反りて臥したりけるが、その後、音無かりければ、近う使ふ僧、寄りて見れば、目を上(かみ)に見付けて、死に入りて寝たり。「こはいかに」と言へど、いらへもせず。寄りて、顔に水吹きなどして、とばかりありてぞ、息の下におろおろ言はれける。
  
 この戯れ、いとはしたなかりけるにや。 この戯れ、いとはしたなかりけるにや。
text/yomeiuji/uji037.txt · 最終更新: 2020/02/17 22:33 by Satoshi Nakagawa