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text:yomeiuji:uji037 [2014/09/28 01:47] Satoshi Nakagawatext:yomeiuji:uji037 [2017/12/04 13:54] Satoshi Nakagawa
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 **鳥羽僧正、国俊と戯の事** **鳥羽僧正、国俊と戯の事**
  
-も今は昔、法輪院大僧正覚猷といふ人おはしけり。その甥に、陸奥前司国俊、僧正のもとへ行て「まいりてこそ候へ」と、いはせければ、今見参すべし。そなたにしばしおはせ」とありければ、待居たるに、二時まで出はねば、なま腹たしうおぼえて、「出なん」と思て、共にしたる雑色をびければ、出たるに「沓もてこ」とひければ、たるをきて「出なん」とふを、この雑色がふやう、「僧正の御房の『陸奥殿に申たれば、とうと、あるぞ。その車てこ』とて、『小御門より出ん』と仰候つれば、やうぞ候らんとて、牛飼の者たてまつりて候へば、『たせ給へと申せ。時のほどぞあらんずる。やがて帰んずるぞ』とて、はやうたてまつりて、出させ給候つるにて候。かうて一時には候ぬらん」とへば、「わ雑色は不覚のやつかな。『御車をかくしのさぶらふは』とひてこそ、し申さめ。ふがく也」とへば、「うちさしのきたる人にもおはしまさず。やがて、御尻切たてまつりて、きときとよく申たるぞと仰へば、力及候はざりつる」とひければ、陸奥のぜんじ、帰のぼりて、「いかにせん」と思まはすに、僧正は、さだまりたる事のて、湯に藁をこまごりて、一はた入て、それがうへに莚をきて、ありきまはりては、さうなく湯殿へ行て、はだかて「えさいかさいとりふすま」とひて、ゆぶねにさくとのけざまに臥をぞし給ける。+これも今は昔、法輪院大僧正覚猷といふ人おはしけり。その甥に、陸奥前司国俊((源国俊))、僧正のもとへ行りてこそ候へ」とはせければ、「ただ今見参すべし。そなたにしばしおはせ」とありければ、待居たるに、二時(ふたとき)ばかりまで出で会はねば、なま腹たしうえて、「出なん」と思て、共にしたる雑色をびければ、出で来たるに「沓持()来()」とひければ、たるをきて「出なん」とふを、この雑色がふやう、「僧正の御房の『陸奥殿に申たれば、とうと、あるぞ。その車、率来()』とて、『小御門より出ん』と仰せごとつれば、やうぞ候らんとて、牛飼の者、奉りて候へば、『たせ給へと申せ。時のほどぞあらんずる。やがて帰り来んずるぞ』とて、はやうりて、出させ給つるにて候。かうて一時にはぬらん」とへば、「わ雑色は不覚のやつかな。『御車をかくしのさぶらふは』と、われひてこそ、し申さめ。不覚なり」とへば、「うちさしのきたる人にもおはしまさず。やがて、御尻切たてまつりて、きときとよく申たるぞと仰せごと候へば、力及候はざりつる」とひければ、陸奥の前司、帰り上りて、「いかにせん」と思まはすに、僧正はまりたることにて、湯に藁をこまごりて、一はた入て、それがに莚(むしろ)きて、歩(あり)りては、さうなく湯殿へ行て、なりて「えさいかさいとりふすま」とひて、湯船にさくとのけざまに臥すことをぞし給ける。
  
-陸奥前司、りて莚を引げてれば、まことにわらをこまごまとり入たり。それを湯殿のたれおろして、此わらをみなり入て、よくつつみて、その湯舟に湯桶をしたり入て、それが上に囲((碁の誤り))をうち返してきて、莚を引おほひて、さりげなくて、垂布につつみたる藁をば、大門のかくし置て、待たるに、二時ありて、僧正、小門より帰をとしければ、ちがひて大門へ出て、帰たる車せて、車の尻にこのみたる藁を入て、家へはやらかにやりて、りて「此わらを、牛のあちこちあるきこうじたるにはせよ」とて、牛飼童にらせつ。+陸奥前司、りて莚を引げてれば、まことにをこまごまとり入たり。それを湯殿の垂布(たれぬの)して、この藁をみなり入て、よくみて、その湯舟に湯桶をり入て、それが上に囲碁盤((底本「囲基盤」。諸本によ訂正。以下同じ。))をうち返してきて、莚を引き覆ひて、さりげなくて、垂布にみたる藁をば、大門のわきし置て、待ち居たるほどに、二時あまりありて、僧正、小門より帰る音しければ、ちがひて大門へ出て、帰たる車せて、車の尻にこのみたる藁を入て、家へらかにやりて、りて「この藁を、牛のあちこち困(こう)じたるにはせよ」とて、牛飼童にらせつ。
  
-僧正は例のなれば、衣もなく、例の湯殿に入て「えさいかさいとりふすま」とひて、湯舟へおどり入て、のけざまにゆくりもなくしたるに、基((の誤り))盤のあしの、いかりさしあがりたるに、尻骨をあらうきて、年たかうなりたる人の、死入て、さしりて臥たりけるが、をとなかりければ、ちかつかふ僧、りて見れば、目をかみに見けて死入てたり。+僧正は例のことなれば、衣ほどもなく、例の湯殿に入て「えさいかさいとりふすま」とひて、湯舟へり入て、のけざまにゆくりもなくしたるに、碁盤のの、いかりさしりたるに、尻骨をあらうきて、年うなりたる人の、死て、さしりて臥たりけるが、その、音無かりければ、使ふ僧、りて見れば、目を上(かみ)に見けてたり。「こはいかに」と言へど、いらへもせず。寄りて、顔に水吹きなどして、とばかりありてぞ、息の下におろおろ言はれける
  
-こはいかにといへど、いらへもせず。よりてかほに水ふきなしてかりありてぞ、息のしたにおろおろいはれける+の戯れ、いとしたなかりけるにや。 
 + 
 +===== 翻刻 ===== 
 + 
 +  是も今は昔法輪院大僧正覚猷とふ人おはしけりその甥に 
 +  陸奥前司国俊僧正のもとへ行てまいりてこそ候へといはせけれは唯 
 +  今見参すへしそなたにしはしおはせとありけれは待居たるに二時斗 
 +  まて出あはねはなま腹たたしうおほえて出なんと思て共にくしたる 
 +  雑色をよひけれは出きたるに沓もてこといひけれはもてきたるをは 
 +  きて出なんといふをこの雑色いふやう僧正の御房の陸奥殿申たれはうの 
 +  れとあるそその車てことて小御門より出んと仰事候つれはやうそ候らんとて 
 +  牛飼の者たてまつりて候はまたせ給へと申せ時のほとそあらんするやかて/45オy93 
 + 
 +  帰こんするそとてはやうたてまつりて出させ給候つるにて候かうて一時には 
 +  過候ぬらんとへはわ雑色は不覚のやつかな御車をかくめしのさふふはと 
 +  我にいひてこそかし申さめふかく也といはうちさしのきたる人におはし 
 +  まさすやかて御尻切たてまつりてきときとよく申たるそと仰事候へは力 
 +  及候はさりつるといひけれは陸奥のんし帰のほりていかにせんと思まはす 
 +  に僧正はさたまりたる事にて湯に藁をこまこまときりて一はた入て 
 +  それかうへに莚をしきてありきまはりてはさうなく湯殿へ行てはたかに 
 +  成てえさいかさいとりふすまといひてゆふねにさくとのけさまに臥事 
 +  をそし給ける陸奥前司よりて莚を引あけてみれはまことにわらをこ 
 +  まこまときり入たりそれを湯殿のたれ布をときおろして此わらをみな 
 +  とり入てよくつつみてその湯舟に湯桶をしたにとり入てそれか上に 
 +  囲基盤をうら返してをきて莚を引おほひてさりけなくて垂布に 
 +  つつみたる藁をは大門の腋にかくし置て待ゐたる程に二時余ありて/45ウy94 
 + 
 +  僧正小門より帰をとしけれはちかひて大門へ出て帰たる車よひよせて車 
 +  の尻にこのつつみたる藁を入て家へはやらかにやりておりて此わらを牛 
 +  のあちこちあるきこうしたるにくはせよとて牛飼童にとらせつ僧正は 
 +  例の事なれは衣ぬく程もなく例の湯殿に入てえさいかさいとりふすま 
 +  といひて湯舟へおとり入てのけさまにゆくりもなくふしたるに基盤のあし 
 +  のいかりさしあかりたるに尻骨をあらうつきて年たかうなりたる人の 
 +  死入てさしそりて臥たりけるか其後をとなかりけれはちかうつかふ僧よ 
 +  りて見れは目をかみに見つけて死入てねたりこはいかにといへといらへも 
 +  せすよりてかほに水ふきなしてとかりありて息のしたに 
 +  おろおろいはれけるこのたはふれいとはしたなかりけるにや/46オy95
  
-このたはぶれ、いとはしたなかりけるにや。 
text/yomeiuji/uji037.txt · 最終更新: 2020/02/17 22:33 by Satoshi Nakagawa