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text:yomeiuji:uji036 [2014/09/28 01:47] Satoshi Nakagawatext:yomeiuji:uji036 [2017/12/04 13:13] Satoshi Nakagawa
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 **山伏舟を祈返へす事** **山伏舟を祈返へす事**
  
-これも今は昔、越前国かぶらきのわたりといふ所に、わたりせむとて、どもあつまりたるに、山伏あり。けいたう房といふ僧なりけり。熊野みたけに及ばず、白山伯耆大山、出雲のわにぶちかた修行し残したる所なかりけり。+これも今は昔、越前国かぶらきの渡(わたり)といふ所に、「渡りせむとて、どもまりたるに、山伏あり。けいたう房といふ僧なりけり。熊野・御嶽いふに及ばず、白山伯耆大山、出雲の鰐淵おほかた修行し残したる所なかりけり。
  
-それに、このかぶらきの渡に行て、わたらむとするに、渡せんとする、雲霞のごとし。の物をとりてわたす。このけいたう房、「わたせ」とふに、わたし守、きもれでぎ出。その時にこの山、「いかにかくは無下にはあるぞ」とへども、かた耳にもききいれずしてぎ出す。+それに、このかぶらきの渡に行て、らむとするに、渡せんとする、雲霞のごとし。の物をとりてす。このけいたう房、「せ」とふに、し守、きもれで、漕ぎ出。その時にこの山、「いかにかくは無下にはあるぞ」とへども、おほかた耳にもれずして、漕ぎ出す。
  
-けいたう房、歯をあわせて、念珠をもみちぎる。此わたし守、みかへりて「をこの」と思たるけしきにて、三四町ばかりくを、けいたう房やりて、足をすなごにはぎのなから斗ふみ入て、目もあかくにらみなして、ずずをくだけぬともみちぎりて、「し返せ、し返せ」とさけぶ。+その時に、けいたう房、歯を合はせて、念珠をもみちぎる。この渡し守、見返りて「をこのこと」と思たる気色にて、三四町ばかりくを、けいたう房、見やりて、足を砂子(すなご)、脛(はぎ)のなからばかり踏み入て、目もにらみなして、数珠(ずず)けぬともみちぎりて、「し返せ、し返せ」とぶ。
  
-行過る時に、けいたう房、袈裟と念珠とをり合て汀ちかあゆりて、「護法返せ。かへさずは、ながく三宝に別たてまつらん」とさけびて、この袈裟を海にげ入んとす。それをて、此つどたるども、色をうしなひててり。+なほる時に、けいたう房、袈裟と念珠とをり合はせりて、「護法、召し返せ。さずは、ながく三宝に別れ奉らん」とびて、この袈裟を海にげ入んとす。それをて、この集たるども、色をなひててり。
  
-かくに、一町内によりきたり。その時、けいたう房「さてうちかへせうちかへせ」とさけぶその時につどひてみる物ども、一こゑに、「むさうの申やうかな。ゆゆしき罪に候。さておはしまさておはしませ」といふ時けいたう房、今けしきかはり「はや打返給へ」とさけぶ時にこの渡舟に廿余人のわたものづぶとなげ返しぬ+かくほどに、風も吹かぬに、こ川舟のこなへ寄来(く)。それを見て、けいたう房寄るめるは寄るめるは。やう出でおはせ、出でおはせ」と、すはなちをして、色をたがへたり。
  
-その時けいたう房、せをしのごひて「あな、いたのやつや。まだらぬか」とひて、立帰にけり。+かくいふほどに、一町が内に寄り来たり。その時けいたう房「さて今はうち返、うち返せ」と叫ぶ。その時に集ひて見る者ども、一声(こゑ)に、「無慙(むざう)の申しやうかな。ゆゆしき罪に候ふ。さて、おはしませ、おはしませ」といふ時、けいたう房、今少し気色変りて、「はやうち返し給へ」と叫ぶ時に、この渡し舟に二十余人の渡る者、づぶりと投げ返しぬ。 
 + 
 +その時、けいたう房、汗しのごひて「あな、いたのやつばらや。まだらぬか」とひて、立にけり。 
 + 
 +世の末なれども、三宝おはしましけりとなむ。 
 + 
 +===== 翻刻 ===== 
 + 
 +  これも今は昔越前国かふらきのわたりといふ所にわたりせむとて物 
 +  ともあつまりたるに山伏ありけいたう房といふ僧なりけり熊野み 
 +  たけは云に及はす白山伯耆の大山出雲のわにふち大かた修行し残したる所/44オy91 
 + 
 +  なかりけりそれにこのかふらきの渡に行てわたらむとするに渡せんとする物 
 +  雲霞のことしをのをの物をとりてわたすこのけいたう房わたせといふに 
 +  わたし守ききもいれてこき出その時にこの山臥いかにかくは無下にはあるそ 
 +  といへとも大かた耳にもききいれすしてこき出す其時にけいたう房歯を 
 +  くひあはせて念珠をもみちきる此わたし守みかへりてをこの事と思たるけし 
 +  きにて三四町はかりゆくをけいたう房みやりて足をすなこにはきのなから 
 +  斗ふみ入て目もあかくにらみなしてすすをくたけぬともみちきりてめし 
 +  返せめし返せとさけふ猶行過る時にけいたう房袈裟と念珠とをとり合て 
 +  汀ちかくあゆみよりて護法取返せめしかへさすはなかく三宝に別たてまつ 
 +  らんとさけひてこの袈裟を海になけ入んとすそれをみて此つとひゐ 
 +  たる物とも色をうしなひてたてりかくいふほとに風もふかぬにこの川舟の 
 +  こなたへよりくそれをみてけいたう房よるめるはよるめるははやう出おはせ出おはせとす 
 +  はなちをしてみる者色をたかへたりかくいふ程に一町か内によりきたり 
 +  その時けいたう房さて今はうちかへせうちかへせとさけふその時につとひてみる/44ウy92 
 + 
 +  物とも一こゑにむさうの申やうかなゆゆしき罪に候さておはしませおはしませといふ 
 +  時けいたう房今すこしけしきかはりてはや打返し給へとさけふ時に 
 +  此渡舟に廿余人のわたるものつふりとなけ返しぬその時けいたう房あ 
 +  せををしのこひてあないたのやつ原やまたしらぬかといひて立帰 
 +  にけり世のすゑなれとも三宝おはしましけりとなむ/45オy93
  
-世のすゑなれども、三宝おはしましけりとなむ。 
text/yomeiuji/uji036.txt · 最終更新: 2017/12/21 00:04 by Satoshi Nakagawa