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text:yomeiuji:uji033 [2015/02/01 22:14] – [第33話(巻3・第1話)大太郎盗人の事] Satoshi Nakagawatext:yomeiuji:uji033 [2017/12/21 00:02] (現在) – [第33話(巻3・第1話)大太郎盗人の事] Satoshi Nakagawa
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 **大太郎盗人の事** **大太郎盗人の事**
  
-昔、大太郎とて、いみじき盗人の大将軍ありけり。それが京へのぼりて「物とりぬべき所あらば、入て物とらん」と思て、うかがひありきけるほどに、めぐりもあばれ、門などもかたかたはたうれたる、よこ様によせかけたる所の、あだげなるに、男といふものは一人もみえずして、女のかぎりにて、はり物多とりちらしてあるにあはせて、八丈うる物などあまたよび入て、きぬおほくとりいでて、えりかへさせつつ、物どもをかへば「物おほかりける所かな」と思て、たちどまりてみ入れば、おりしも風の簾を吹きあげたるに、すだれのうちになにの入たりとはみえねども、皮子のいとたかくうちつまれたるまへに、ふたあきて「絹なめり」とみゆる物とりちらしてあり。+===== 校訂本文 =====
  
-これをて「うれしわざかな天たう我に物をたぶなりけり」と思て、走帰八丈一疋人にかきて「うる」とて、くよてみれば、内に男といふものは一人も。ただどもかきて、みれば皮子もおほか物はみえねど、うづかく、ふたおほはれ、きぬどもことのほにあり、布う散しなどし「いみじく物ほくありげ所哉」と、ゆ。+昔、大太郎とて、い盗人大将軍ありけり。それが京へ上りて、「物取ぬべき所あらばりて物取らん」と思ひて、がひ歩(あ)きけるほどに、めぐりもあ門など、かたかたは倒(たう)れたる、横ざまよせかけたる所の、あだげなるに、男といふものは一人も見えずて、女のて、り物多く取り散らしてあるにあせて、八丈売る物など、あま呼び入衣(きぬ)多く取り出でて、選(え)り代へさせつつ、物どもを買へば、「物多かりける所かな」と思ひて止まり見入れば、おりしも風の南の簾(すだれ)を吹き上に、簾の内に、何の入りたりは見えねども皮子のいと高くうち積まれたる前に、蓋開きて、絹なめりと見る物、取り散らしてあり
  
-くいひて、八丈をばうらでもちぬしにとらせて、同類どもにかか所こそあれ」といひてまはして、その夜きて、いらんとするに、たぎり湯をおもてくるやうにおぼえて、ふつとえらず+これを見て、「嬉しきわざな。天道(てんたう)の、われに物を賜ぶなりけり」と思て、走り帰りて、八丈一疋人に借りて、「る」とて、近く寄り見ればも外男といふものは一人もなし。だ、女どの限りし、見れば、皮子も多り。物は見えねど、づ高く蓋覆はれ、絹などもことのほかあり。布うち散らしなどして、みじく物多くありげなる所かな」と見ゆ
  
-「こはいかなるぞ」とて、あつまりてらんとすれど、せめておそろしかりければ、「あるやうあらん。こよひらじ」とて帰にけり。+高く言ひて、八丈をば売らで、持ちて帰りて、ぬしに取らせて、同類どもに、「かかる所こそあれ」と言ひまはして、その夜来て、門に入らんとするに、たぎり湯を面(おもて)にかくるやうに思えて、ふつとえ入らず。「こはいかなることぞ」とて、まりてらんとすれど、せめての恐しかりければ、「あるやうあらん。今宵らじ」とてにけり。
  
-つとめて「さてもいかなりつるぞ」とて、同類などしてる物などたせてるに、いかにもわづらはしきなし。物おほくあるを、女どものかぎりして、で、おさめすれば、「ことにもあらず」と返返思ふせて、又くるれば、よくよくしたためてらんとするに、猶おそろしくて、えらず。「わぬし、まづまづれ」と、いひだちて、こよひ猶いらずなりぬ。+つとめて「さてもいかなりつることぞ」とて、同類などして、売る物などたせて、来るに、いかにもわづらはしきことなし。物くあるを、女どものりして、で、めすれば、「ことにもあらず」とひ見ふせて、また暮るれば、よくよくしたためてらんとするに、なほ恐しく思えて、えらず。「わぬし、まづ」「わぬし、まづれ」とひだちて、今宵なほ入らずなりぬ。
  
-つとめても、おなじやうにゆるに、なしきげなるも見えず。「ただ、われがおく病にておぼゆるなめり」とて、又其夜、よくしたためて行向ててるに、日よりも、猶物おそろしかりければ、「こはいかなるぞ」とひてかへりてふやうは、「事をおこしたらん人こそは、先いらめ。大太郎が入べき」とひければ、「さもはれたり」とて身をなきになして入ぬ。それにとりつきて、かたへも入ぬ。+また、つとめても、じやうにゆるに、なほ気色けなるものも見えず。「ただ、われが病にてゆるなめり」とて、また、その夜、よくしたためて行てるに、日ごろよりも、なほもの恐しかりければ、「こはいかなることぞ」とひて、帰りてふやうは、「事をしたらん人こそは、まづ入らめ。まづ、大太郎が入べき」とひければ、「さもはれたり」とて身をなきになして入ぬ。それにとりつきて、かたへも入ぬ。
  
-りたれども、猶物おそろしければ、やはらあゆりてれば、あばらなる屋のうちに、火ともしたり。母屋のきはにかけたる簾をばおろして、簾の外に火をばともしたり。まことに皮子おほかり。かの簾の中の、おそろしくおぼゆるにあはせて、簾の内に矢を爪よる音のするが、その矢のて身につ心して、いふばかりなくおそろしくおぼえて、帰づるも、をそらしたるやうにおぼえて、かまへてて、あせをのごひて、「こはいかなるぞ。あさましくおそろしかりつる、つまよりの音」とひあはせて帰ぬ。+りたれども、なほ、ものしければ、やはらりてれば、あばらなる屋のに、火したり。母屋のきはにかけたる簾をばして、簾の外に火をばしたり。まことに皮子かり。かの簾の中の、しくゆるにあはせて、簾の内に矢を爪(つま)よる音のするが、その矢の身につ心して、いふばかりなくしくえて、帰り出づるも、をそらしたるやうにえて、かまへてて、をのごひて、「こはいかなることぞ。あさましくしかりつる、よりの音かな」とひあはせてぬ。
  
-そのつとめて、その家のかたはらに、大たらうのしりたりけるの有ける家に行たれば、みつけて、いみじくきやうようして、「いつのぼり給へるぞ。おぼつかなく侍りつる」などへば、「ただ今まうつるままにまうたる」といへば、「かはらけまいらせん」とて酒かして、くろかはらけの大なるを盃にして、かはらけとりて、大太郎にさして、家あるじみて、かはらけわたしつ。大太らうとりて、酒を一かはらけうけてもちながら、「この北には、たがゐ給へるぞ」といへば、おどろきたる気色にて「まだしらぬか。おほ矢のすけたけのぶの、此比のぼりてゐられたる也」といふに、「さは入たらましかば、みな数をつくして射ころされなまし」と思けるに、物もおぼえず憶して、そのうけたる酒を、家あるじに頭よりうちかけて、立はしりける。物はうつぶしにたをれにけり+そのつとめて、その家のらに、大太郎が知りたりけるありける家に行たれば、見付けて、いみじく饗応(きやうよう)して、「いつり給へるぞ。おぼつかなく侍りつる」などへば、「ただ今、詣つるままに、詣たるなり」といへば、「土器(かはらけ)参らせん」とてかして、土器の大なるを盃にして、土器取りて、大太郎にさして、家あるじみて、土器渡しつ。
  
-へあるじ「あさまし」と思て、「こはいかに、こはいかに」とひけれど、かへだにもせずして、逃てにけり。+大太郎、取りて、酒を一土器受けて、持ちながら、「この北には、誰(た)が居給るぞ」と言へば、驚きたる気色にて、「まだ知らぬか。大矢のすけたけのぶの、このごろ上りて居られたるなり」と言ふに、「さは、入りたらましかば、みな数を尽して射殺されなまし」と思ひけるに、ものも思えず、憶して、その受けたる酒を、家あるじに頭よりうちかけて、立ち走りける。物はうつぶしに倒(たう)れにけり。 
 + 
 +家あるじ、「あさまし」と思て、「こはいかに、こはいかに」とひけれど、だにもせずして、逃にけり。 
 + 
 +大太郎が捕られて、武者(むさ)の城の恐しきよしを語りけるなり。 
 + 
 +===== 翻刻 ===== 
 + 
 +  昔大太郎とていみしき盗人の大将軍ありけりそれか京へのほりて 
 +  物とりぬへき所あらは入て物とらんと思てうかかひありきけるほとに 
 +  めくりもあはれ門なともかたかたはたうれたるよこ様によせかけたる所のあた 
 +  けなるに男といふものは一人もみえすして女のかきりにてはり物多とり/41ウy86 
 + 
 +  ちらしてあるにあはせて八丈うる物なとあまたよひ入てきぬおほくとり 
 +  いててえりかへさせつつ物ともをかへは物おほかりける所かなと思てたち 
 +  とまりてみ入れはおりしも南の風の簾を吹きあけたるにすたれのうちにな 
 +  にの入たりとはみえねとも皮子のいとたかくうちつまれたるまへにふたあき 
 +  て絹なめりとみゆる物とりちらしてありこれをみてうれしきわさかな天 
 +  たうの我に物をたふなりけりと思て走帰りて八丈一疋人にかりてもて 
 +  きてうるとてちかくよりてみれは内にも外にも男といふものは一人もなし 
 +  たた女とものかきりしてみれは皮子もおほかり物はみえねとうつたかくふた 
 +  おほはれきぬなともことのほかにあり布うち散しなとしていみしく物おほ 
 +  くありけなる所哉とみゆたかくいひて八丈をはうらてもちて帰てぬしに 
 +  とらせて同類ともにかかる所こそあれといひまはしてその夜きて門に 
 +  いらんとするにたきり湯をおもてにかくるやうにおほえてふつとえいらす 
 +  こはいかなる事そとてあつまりていらんとすれとせめて物のおそろしかりけれは/42オy87 
 + 
 +  あるやうあらんこよひはいらしとて帰にけりつとめてさてもいかなりつる 
 +  事そとて同類なとくしてうる物なともたせてきてみるにいかにもわつら 
 +  はしき事なし物おほくあるを女とものかきりしてとりいてとりおさめす 
 +  れはことにもあらすと返返思みふせて又くるれはよくよくしたためていらんと 
 +  するに猶おそろしく覚てえいらすわぬしまついれまついれといひたちて 
 +  こよひも猶いらすなりぬ又つとめてもおなしやうにみゆるになをけしき 
 +  けなる物も見えすたたわれかおく病にておほゆるなめりとて又其夜よくしたためて 
 +  行向てたてるに日比よりも猶物おそろしかりけれはこはいかなる事そといひ 
 +  てかへりていふやうは事をおこしたらん人こそは先いらめ先大太郎か入へき 
 +  といひけれはさもいはれたりとて身をなきになして入ぬそれにとりつきて 
 +  かたへも入ぬいりたれとも猶物のおそろしけれはやはらあゆみよりてみれはあ 
 +  はらなる屋のうちに火ともしたり母屋のきはにかけたる簾をはおろして 
 +  簾の外に火をはともしたりまことに皮子おほかりかの簾の中のおそろ/42ウy88 
 + 
 +  しくおほゆるにあはせて簾の内に矢を爪よる音のするかその矢の 
 +  きて身にたつ心ちしていふはかりなくおそろしくおほえて帰いつるもせをそ 
 +  らしたるやうにおほえてかまへていてえてあせをのこひてこはいかなる事 
 +  そあさましくおそろしかりつるつまよりの音哉といひあはせて帰ぬその 
 +  つとめてその家のかたはらに大たらうかしりたりけるものの有ける家に 
 +  行たれはみつけていみしくきやうようしていつのほり給へるそおほつかな 
 +  く侍りつるなといへはたた今まうてきつるままにまうてきたる也といへは 
 +  かはらけまいらせんとて酒わかしてくろきかはらけの大なるを盃にしてかはらけ 
 +  とりて大太郎にさして家あるしのみてかはらけわたしつ大太らうとりて酒 
 +  を一かはらけうけてもちなからこの北にはたかゐ給へるそといへはおとろき 
 +  たる気色にてまたしらぬかおほ矢のすけたけのふの此比のほりてゐられたる也 
 +  といふにさは入たらましかはみな数をつくして射ころされなましと思けるに 
 +  物もおほえす憶してそのうけたる酒を家あるしに頭よりうちかけて立/43オy89 
 + 
 +  はしりける物はうつふしにたをれにけりいへあるしあさましと思てこはいかに 
 +  こはいかにといひけれとかへりみたにもせすして逃ていにけり大太郎かとら 
 +  れてむさの城のおそろしきよしをかたりける也/43ウy90
  
-大太郎がとられて、むさの城のおそろしきよしをかたりける也。 
text/yomeiuji/uji033.txt · 最終更新: 2017/12/21 00:02 by Satoshi Nakagawa