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text:yomeiuji:uji031 [2015/02/01 21:43] – [第31話(巻2・第13話)なりむら強力の学士に逢ふ事] Satoshi Nakagawatext:yomeiuji:uji031 [2017/12/21 00:01] (現在) – [第31話(巻2・第13話)成村、強力の学士に逢ふ事] Satoshi Nakagawa
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 宇治拾遺物語 宇治拾遺物語
-====== 第31話(巻2・第13話)なりむら強力の学士に逢ふ事 ======+====== 第31話(巻2・第13話)成村、強力の学士に逢ふ事 ======
  
 **ナリムラ強力ノ学士ニ逢事** **ナリムラ強力ノ学士ニ逢事**
  
-**なりむら強力の学士に逢ふ事**+**成村、強力の学士に逢ふ事**
  
-昔、なりむらといふ相撲ありけり。+===== 校訂本文 =====
  
-時に国国の相撲ども、上あつまりて、相撲節まちける程、朱雀門にあつまりてずみけるが、其辺あそび行に、大学の東門を過て南さにゆかんとしけるを、大学の衆どももまた東門に出てすずみたてりけるに、此相撲どもの過るを「とをさじ」とて、「なせいせん。なりたかし」といひて、たちふたがりてとをさざりければ、さすがにやごつなき所の衆どものする事なれば、破てもえとをらぬに、たけひきらかなる衆の、冠、うへのきぬ、こと人よりは少よろしきが、中中すぐれて出立て、いたく制するが有けるを、なりむらはみつめてけり。「いざいざ帰なん」とて、もとの朱雀門に帰ぬ+成村((真髪成村))といふ相撲(すまひ)ありけり。
  
-そこにて「此大学のくきやつどもな。何の心に我らをばをさじとはすぞ。ただとらんと思つれどももあれけふは通らで、あすとほらん、と思な。たひきやか中に勝『なせいせんひて、『とほさじ』とたちふたがる男にくきやつ也。あとほらんかならずけふのうにせんずらん。にぬし、そ尻鼻、血あゆばかりからずけたまへ」といへば、さいはるる相撲、わきをかき、「をのれが蹴てんにもいかじ物を。嗷議にてこそいかめ」といひけり。「此尻けよ」といはる相撲はおぼえある力、こと人よりはすぐれ、走となどありけるをみてなりむらもいふなりけり。日は各家家に帰りぬ。+国々の相撲ども、上(のぼ)り集まりて、相撲の節待ちけるほど、朱雀門に集まりて涼みけるが、その辺遊び行くに、大学((大学寮))東門を過ぎて、南ざましけるを、大学の衆どももまた東門に出涼み立てりけに、この相撲どもの過ぐるを、「通さじ」と、「鳴せん。鳴り高し」ひて、ちふたがりて通さざりければ、さに、やごつき所衆どもすることば、破りもえ通らぬに、たけひきら衆の冠・上の衣(きぬ)、こと人よりは少しよろしきが、中にすぐれて出で立ちていた制するがありけるを、成村は見つめてけり。「いざいざ、帰りなん」と、もと朱雀門に帰りぬ。
  
-又の日なり、昨日まらざりし相撲などあまためしあつめて人がち成て、とらんとかまふるを大学の衆さや心えにけんより人おほくなりて、かしましう、「なせいせんりけ此相撲ども、うちむれてあゆみかかりたり。昨日すぐれ制せし大学の衆れい事なれば、すぐれて大路中て、「すぐさじ」とおもふけしきしたり。+そこにていはく「この大学の衆憎き奴(やつ)どもかな。何の心に、われらをば通さじはするぞ。ただ通らんと思ひつれどもあれ『今日は通らで、明日通らん』と思ふなり。たけひきやかにて、中にすぐれて『鳴せんひて、通さじと立ちふたが憎き奴なり。明日通らんにも、必ず今日のやにせんずらん。何ぬし、その男の尻鼻、血あゆかり、必ず蹴給へ」と言へば、さ言はるる相撲、脇をかきて、「おのれが蹴んには、いかにも生かじものを。嗷議(がうぎ)にてこそ行かめ」と言ひけり。この、「尻けよ」と言はるる相撲は、ぼえある力、こと人よりはすぐれ、走りとくなどありけるを見て、成村なりけり。さて、その日は、おのおの家々に帰りぬ
  
-なりむらけよといひつる相撲に目をくばせければ此相撲、人よりたけたかく、大きわかく、いさみたるをのこにて、くくたかやかにかきあげて、さしすすみあゆみよる。それにつづきて、すまひも、ただとほりにとほらんとるを、の衆どもも、とほじとする程、尻けんとする相撲いふ衆にはしりかかりて、「けたをさん」と足をいたくもたげたる此衆はめをかけてせをたはめてがひけば、蹴はづして、足のたくあがて、のけざまになるやうにしる足を大学の衆とりてけり。+またの日になり昨日参らざ相撲などあまた召し集めて、人がちりて、らんとかまふるを、大学の衆も、さや心得にけん、昨日よりは人多りて、かしましう、「鳴り制せん」と言ひてりけこの相撲どもれて、歩(あゆ)みかかりたり。
  
-のすほそき杖などたるやうひきさげて、かたへのすまひかりければ、それをみかたへのすまひ逃けるを、けてそ手にげたる相撲をばなげければ、ふりぬき二三段斗なられて、たにけり。身くだけて、おきあがるべくもく成ぬ+昨日、すぐれて制せし大学衆、例のことなれば、ぐれて大路中に立ちて、「過ぐさじ」と思ふ気色したり。成村、「尻蹴よ」と言つる相撲にくばせければ、こ相撲、人よりたけ高く、大きに若く、勇みたる男(をのこ)にて、くくり高やかにかき上げてさし進み歩み寄る。それに続き、ことすまひも、ただ通りに通らんとするを、かの衆どもも、通じとするほどに、尻蹴んとする相撲、かく言衆に走りかかりて、「蹴倒さん」と足をいたくもたたるを、この衆は目をかけて、背をわめてちがひけば、蹴外して、足の高く上(あが)りて、のけざまにるやうにしたる足を、大学の衆、取りてけり
  
-ばしらず、なりむらがあるかたざまへ走かかりければ、なりむらめかけ逃けり。心もをかずをいければ朱雀門の方ざまに走て、脇の門より走入を、やがてつめて走かりければ「とらられぬ」と、思て式部省築地こえけるを、引とどめんとて、手を《さ》しやりりけに、はやく越ければ、こと所をえとらへず。た足すこしさがたりけるきびすを沓くはへながらとらへりけば、沓のきびす足の皮をとくはへて、沓のびすを刀にて切たやうに引切てとりてけり。+の相撲を、細き杖どを人の持ちたやうに引き提げて、かたへの相撲にかかりければ、それて、かへの相撲逃げけるを、追ひかけて、そのに提げたる相撲をば投げければ、ふり抜きて、二・三段ばかり投げられて倒(う)伏し。身砕けて、べくもなくな
  
-なりむら築地の内にこえたちて足ければ、血はしりとどまるべくもなし。沓の踵きれてうせにけり。「我を追ける大学の衆あさしく力ある物にて有けるなめ。尻けつ相撲も人杖にかれなげくだくめ。世中ひろければ、かかる物こそおそろし事なれ投げられたるすまひ死入たりければかき入て、になひもてゆきけり。+それば知らず、成村がある方ざまへ走りかかりければ、成村、目をかけ逃げけり。心も置かずれば朱雀門の方ざまに走り、脇の門よ走り入るを、やがて、走りかかりければ、「捕へられぬ」と思ひて、式部省築地越えけ「引とどめんとて、手をさしやりたりけるに、はやく越えけば、こと所をばえ捕へず。片足少し下りりけ踵(きび)を、沓くへながら、捕へたりければ、沓の踵足の皮を取りくはへて、沓の踵を、刀にて切りたるやうに、引切りて取りてけり。
  
-なりら、かたのすけに、「しかかのことなん候つる。かの大学の衆はいみじき相撲にさぶらふめり。なりらとども、あふき心ち仕らず」とかたりければ、かたのすけは宣旨申して式部のそうなりともその道にたへたらんはといふ事あれば。まして大学の衆は何条事かあらんとていみう尋求られけれその人ともきこえしてやみにけり+成村、築地の内に越え立ちて、足を見ければ、血はしりて、とどまるべくもし。沓の踵、切れて失せにけ。「われを追ひける大学の衆、あさましく、力ある者にてありけるなめり。尻蹴つる相撲をも、人杖に突かれて、投げ砕くめり。世の中広ければ、かかる者のあるこそ、恐しきことなれ」。投げれたる相撲は死に入りたりければ、物にかき入れて、になひて持て行きけり。 
 + 
 +この成村、方(かた)将(すけ)に、「しかかのことなん候つる。かの大学の衆はいみじき相撲にさぶらふめり。成村と申すとも、あふべき心地、つかまつらず」と語りければ、方の将は、宣旨申し下して、「式部の丞(ぞう)なりとも、その道に耐へたんはいふことあれば。まして大学の衆は何条ことかあらん」とて、いみじう尋ね求められけれども、その人とも聞こえずして、やみにけり。 
 + 
 +===== 翻刻 ===== 
 + 
 +  昔なりむらといふ相撲りけり時に国国の相撲とも上あつまりて 
 +  相撲節まちける程朱雀門にあつまりてすすみけるか其辺あそひ 
 +  行に大学の東門を過て南さまにゆかんとしけるを大学の衆ともも 
 +  あまた東門に出てすすみたてりけるに此相撲ともの過るをとを 
 +  さしとてなりせいせんなりたかしといひてたちたかりてとをささりけれは 
 +  さすかにやこつなき所の衆とものする事なれは破てもえとをらぬに 
 +  たけひきらかなる衆の冠うへのきぬこと人よりは少よろしきか中にすくれ 
 +  て出立ていたく制するか有けるをなりむらはみつめてけりいさいさ帰 
 +  なんとてもとの朱雀門に帰ぬそこにて云此大学の衆にくきやつともかな 
 +  何の心に我らをはとをさしとはするそたたとをらんと思つれともさもあれけ/39ウy82 
 + 
 +  ふは通らてあすとほらんと思なりたけひきやかにて中に勝てなりせい 
 +  せんといひてとほさしとたちふたかる男にくきやつ也あすとほらんにもかなら 
 +  すけふのやうにせんすらんなにぬしその男の尻鼻血あゆはかりかならすけたま 
 +  へといへはさいはるる相撲わきをかきてをのれか蹴てんにはいかにもいかし物を 
 +  嗷議にてこそいかめといひけり此尻けよといはるる相撲はおほえある力 
 +  こと人よりはすくれ走とくなとありけるをみてなりむらもいふなりけりさて 
 +  その日は各家家に帰りぬ又の日になりて昨日まいらさりし相撲なとあまためし 
 +  あつめて人かちに成てとほらんとかまふるを大学の衆もさや心えにけん 
 +  昨日よりは人おほくなりてかしましうなりせいせんといひたてりけるに此相撲 
 +  ともうちむれてあゆみかかりたり昨日すくれて制せし大学の衆れいの 
 +  事なれはすくれて大路中に立てすくさしとおもふけしきしたりなりむら 
 +  しりけよといひつる相撲に目をくはせけれは此相撲人よりたけたかく大 
 +  きにわかくいさみたるをのこにてくくりたかやかにかきあけてさしすすみ/40オy83 
 + 
 +  あゆみよるそれにつつきてことすまひもたたとほりにとほらんとするをか 
 +  の衆とももとほさしとする程に尻けんとする相撲かくいふ衆にはしりかか 
 +  りてけたをさんと足をいたくもたけたるを此衆はめをかけてせをた 
 +  はめてちかひけれは蹴はつして足のたかくあかりてのけさまになるやうにしたる 
 +  足を大学の衆とりてけりそのすまひをほそき杖なとを人の持たる 
 +  やうにひきさけてかたへのすまひに走かかりけれはそれをみてかたへのすまひ 
 +  逃けるを追かけてその手にさけたる相撲をはなけけれはふりぬきて二三段 
 +  斗なけられてたうれふしにけり身くたけておきあかるへくもなく成ぬそれを 
 +  はしらすなりむらかあるかたさまへ走かかりけれはなりむらめをかけて逃 
 +  けり心もをかすをいけれは朱雀門の方さまに走て脇の門より走入をや 
 +  かてつめて走かかりけれはとらへられぬと思て式部省の築地こえけるを 
 +  引ととめんとて手をさしやりたりけるにはやく越けれはこと所をはえとらへす 
 +  かた足すこしさかりたりけるきひすを沓くはへなからとらへたりけれは沓の/40ウy84 
 + 
 +  きひすに足の皮をとりくはへて沓のきひすを刀にて切たるやうに引切 
 +  てとりてけりなりむら築地の内にこえたちて足をみけれは血はしりて 
 +  ととまるへくもなし沓の踵きれてうせにけり我を追ける大学の衆あ 
 +  さましく力ある物にて有けるなめり尻けつる相撲をも人杖につかれてなけ 
 +  くたくめり世中ひろけれはかかる物のあるこそおそろしき事なれ投けられたる 
 +  すまひは死入たりけれは物にかき入てになひてもてゆきけり此なりむらかた 
 +  のすけにしかしかのことなん候つるかの大学の衆はいみしき相撲にさふらふ 
 +  めりなりむらと申ともあふへき心ち仕らとかたりけれかたのすけは 
 +  宣旨申くたして式部のそうなりともその道にたへたらんはといふ事あ 
 +  まして大学の衆は何条事かあらんとていみう尋求られけれ 
 +  ともその人ともきこえしてやみにけり/41オy85
  
text/yomeiuji/uji031.txt · 最終更新: 2017/12/21 00:01 by Satoshi Nakagawa