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text:yomeiuji:uji029 [2015/01/31 14:32] – [第29話(巻2・第11話)明衡、殃に逢はんと欲する事] Satoshi Nakagawatext:yomeiuji:uji029 [2017/11/24 21:34] Satoshi Nakagawa
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 **明衡、殃に逢はんと欲する事** **明衡、殃に逢はんと欲する事**
  
-むかし博士にて大学頭明衡といふ人ありき。若かりける時、さるべき所に宮仕ける女房をかたらひて、その所に入ふさん事便なかりければそのかたはらにありける下種の家を借りて「女房かたらひ出してふさん」と、いひければ、男あるじはなくて妻斗ありけるが「いとやすき事」とて、をのれがふす所よりほかに臥べき所のなかりければ、我ふし所をさりて、女房の局の畳をとりよせてねにけり+昔、博士にて大学頭明衡((藤原明衡))といふ人ありき。
  
-家あるじの男「我妻のみそおとこす」とききてそのみそか男、こよひなん逢とかまふる」と、つぐる人ありければ「こんかまへさん」と思て妻に「遠物へ行今四五日帰まじき」といひて、そらいをしてうかが+りけ時、さるべ所に宮仕ひける女房を語らひその所に入り臥さと、便なかりければ、その傍らにありける下種の家借り、「女房、語らひ出だして、臥さん」と言ひければ男主(あるじ)くて、妻ばかりありけるが、「いとやすこと」とて、おのれが臥す所よりほかに、臥すべ所の無りければ、わ臥し所を去りて、女房の局の畳を取寄せて寝にけり
  
-夜にてぞありける。家あるじの男、夜ふけて立きくに、男女忍て物いふけしきしけり。「さればよ、かくし男きにけり」と思て、みそかに入て、うかがひみるに、我寝所に、女と臥したり。くらければ、たしかにけしきみえず。男のいびきするかたへやはらのぼりて、刀をさかてにぬきもちて、脇の上ぼしほどをさぐりて、「つかん」と思てかいなを持あげてつきたてんとする程に、月影板間よりもりたりけるに指貫のくくりながやかにて、ふとえければ、れにきと思やう「我妻のもとには、やうに指貫きたる人はよもこじ物を。もし人たがへしたらんは、いおしく不便なべき事を思て、手をひき返してきたるきぬなどをさりけ程に、女房ふとおどろきて、「ここにのをとするは、たそ」と忍やかにいふけはひ、我妻にはらざりければ、「さればよ」と思て、ゐのきける程に、この臥たる男もおどろきて「たそたそ」と、とふこゑをききて、我の下なる所ふして、「我男けしきのあやしかりつるは。それがみそかにきて、人たがなどするにや。」とおぼえける程に、おどろさはぎ「あれはたそ。盗人か」などののしりる声の我妻にてありければ「こと人人のふしたるにこそ」と思て走出て、妻がもとにいきて髪をとりて引ふせて「いかな事ぞ」と問ければ、妻「さればよ」と思て、「かしこう、いみじきあやまちすらんに。かしこには上臈の今夜斗てからせ給つれば、かしたてまつりて、我はここにこふしたれ。希有のわざする男かな」と、ののしる時にぞ、明衡もおどろて「いかなる事ぞ」と問ければ、其時に男、出きていふやう、「のれは甲斐殿の雑色なにがと申物に候。一家の君、おはしけるをしりたてまつらで、ほとほとあやまちをなむつかまつるべく候つるに、けに御指貫のくくりを見付けて、しじか思給ひてなん、かいなを引しじめて候つる」と云ていみじう侘ける+主(いへあるじ)の男、「わが妻の、みそか男するきて、「のみそか今宵な、逢かまふる」と告ぐる人ありければ、「来んを、かまへて殺」と思て、妻に、「遠くものへきて、四・五日じきひて、そら行きをしてうかがふ
  
-甲斐殿と人は、この明衡の妹の男なりけり。思がけぬさしぬきのくくりの徳に、けうの命をこそきたりければ、かかれば「人は忍」とひながら、あやしの所には立ちるまじきなり。+夜にてぞありける。家主の男、夜更けて、立ち聞くに、男女の忍びてもの言ふ気色しけり。「さればよ、隠し男、来にけり」と思ひて、みそかに入りて、うかがひ見るに、わが寝所に、男、女と臥したり。暗ければ、たしかに気色見えず。男のいびきする方(かた)へ、やはら登りて、刀を逆手に抜き持ちて、腹の上と思しきほどをさぐりて、「突かん」と思ひて、腕(かひな)を持ち上げて、突き立てんとするほどに、月影の板間より漏りたりけるに、指貫のくくり、長やかにて、ふと見えければ、それにきと思ふやう、「わが妻のもとには、かやうに指貫着たる人はよもこじものを。もし、人違(たが)へしたらんは、いとほしく、不便なるべき事」を思ひて、手を引き返して、着たる衣(きぬ)などをさぐりけるほどに、女房、ふとおどろきて、「ここに人の音するは、誰(た)そ」と忍びやかに言ふ気配、わが妻にはあらざりければ、「さればよ」と思ひて、居退(ゐの)きけるほどに、この臥したる男もおどろきて、「誰そ、誰そ」と問ふ声を聞きて、わが妻の、下なる所に臥して、「わが男の、気色のあやしかりつるは。それがみそかに来て、人違へなどするにや」と思えけるほどに、おどろき騒ぎて、「あれは誰そ。盗人か」など、ののしる声の、わが妻にてありければ、「こと人々の、臥したるにこそ」と思ひて、走り出でて、妻がもとに行きて、髪を取りて、引き伏せて、「いかなることぞ」と問ひければ、妻、「さればよ」と思ひて、「かしこう、いみじきあやまちすらんに。かしこには、上臈の、『今夜ばかり』とて、借らせ給ひつれば、貸し奉りて、われはここにこそ臥したれ。希有のわざする男かな」とののしる時にぞ、明衡も驚きて、「いかなることぞ」と問ひければ、その時に、男、出で来て言ふやう、「おのれは、甲斐殿(([[:text:k_konjaku:k_konjaku26-4|『今昔物語集』26ー4]]による、藤原公業。))の雑色、なにがしと申す者にて候ふ。一家の君、おはしけるを知り奉らで、ほとほとあやまちをなむ、つかまつるべく候ひつるに、希有に御指貫のくくりを見付けて、しかじか思ひ給へてなん、腕(かひな)を引きしじめて候ひつる」と言ひて、いみじうわびける。 
 + 
 +甲斐殿といふ人は、この明衡の妹の男なりけり。思がけぬ指貫のくくりの徳に、希有の命をこそきたりければ、かかれば「人は忍」とひながら、あやしの所には立ちるまじきなり。 
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 +===== 翻刻 ===== 
 + 
 +  むかし博士にて大学頭明衡といふ人ありき若かりける時さるへき 
 +  所に宮仕ける女房をかたらひてその所に入ふさん事便なかりけれは/36オy75 
 + 
 +  そのかたはらにありける下種の家を借て女房かたらひ出してふさ 
 +  んといひけれは男あるしはなくて妻斗ありけるかいとやすき事とて 
 +  をのれかふす所よりほかに臥へき所のなかりけれは我ふし所をさりて 
 +  女房の局の畳をとりよせてねにけり家あるしの男我妻のみ 
 +  そかおとこするとききてそのみそか男こよひなん逢んとかまふ 
 +  るとつくる人ありけれはこんをかまへて殺さんと思て妻には遠く 
 +  物へ行て今四五日帰ましきといひてそらいきをしてうかかふ夜にてそありけ 
 +  る家あるしの男夜ふけて立きくに男女の忍て物いふけしきしけり 
 +  されはよかくし男きにけりと思てみそかに入てうかかひみるに我寝所に 
 +  男女と臥したりくらけれはたしかにけしきみえす男のいひきするかたへ 
 +  やはらのほりて刀をさかてにぬきもちて腹の上とおほしきほとをさ 
 +  くりてつかんと思てかいなを持あけてつきたてんとする程に月影 
 +  の板間よりもりたりけるに指貫のくくりなかやかにてふとみえけ/36ウy76 
 + 
 +  れはそれにきと思やう我妻のもとにはかやうに指貫きたる人はよもこし 
 +  物をもし人たかへしたらんはいとおしく不便なるへき事を思て手をひ 
 +  き返してきたるきぬなとをさくりける程に女房ふとおとろきてここ 
 +  に人のをとするはたそと忍やかにいふけはひ我妻にはあらさりけれは 
 +  されはよと思てゐのきける程にこの臥たる男もおとろきてたそたそ 
 +  ととふこゑをききて我妻の下なる所にふして我男のけしきの 
 +  あやしかりつるはそれかみそかにきて人たかへなとするにやとおほえける 
 +  程におとろきさはきてあれはたそ盗人かなとののしる声の我妻 
 +  にてありけれはこと人人のふしたるにこそと思て走出て妻かもとに 
 +  いきて髪をとりて引ふせていかなる事そと問けれは妻されは 
 +  よと思てかしこういみしきあやまちすらんにかしこには上臈の今夜 
 +  斗とてからせ給ひつれはかしたてまつりて我はここにこそふしたれ希有 
 +  のわさする男かなとののしる時にそ明衡もおとろきていかなる事そ/37オy77 
 + 
 +  と問けれは其時に男出きていふやうをのれは甲斐殿の雑色 
 +  なにかしと申者にて候一家の君おはしけるをしりたてまつらて 
 +  ほとほとあやまちをなむつかまつるへく候つるにけうに御指貫のくく 
 +  りを見付てしかしか思給てなんかいなを引ししめて候つると云て 
 +  いみしう侘ける甲斐殿と云人はこの明衡の妹の男なりけり思か 
 +  けぬさしぬきのくくりの徳にけうの命をこそいきたりけれはかかれ 
 +  は人は忍といひなからあやしの所には立ちよるましきなり/37ウy78
  
text/yomeiuji/uji029.txt · 最終更新: 2017/12/21 00:01 by Satoshi Nakagawa