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text:yomeiuji:uji028 [2014/09/27 18:10] Satoshi Nakagawatext:yomeiuji:uji028 [2017/11/18 22:59] Satoshi Nakagawa
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 **袴垂、保昌に合ふ事** **袴垂、保昌に合ふ事**
  
-昔、はかまだれとて、いみじき盗人の大将軍ありけり。十月に、きぬの用なりければ、「衣すこしまうけん」とてさるべき所うかがひあるきけるに、夜中ばかりに人みなしづまりててのち、月の朧なるにきぬあまたたるなるぬしの、指貫のそみて、きぬの狩衣めきたるて、ただひとり笛吹て、きもやらず、り行ば「あはれ。これこそきぬえさせんとて出たる人なめり」と思て「走かかりてきぬがん」とおもふに、あやしくおそろしくおぼえければ、そひて二三町ばかりけどもに人こそ付たると思たるけしきもなし。+昔、袴垂とて、いみじき盗人の大将軍ありけり。十月ばかりに、衣(きぬ)の用なりければ、「衣、少しまうけん」とてさるべき所々、うかがひ歩(ある)きけるに、夜中ばかりにみなまりてて、月の朧(おぼろ)なるに、衣、あまたたるなるぬしの、指貫のそばみて、の狩衣めきたるて、ただ一人笛吹て、きもやらず、り行「あはれ。これこそ、われ衣得させんとてたる人なめり」と思「走かかりて、衣がん」とふに、あやしく、もの恐しくえければ、そひて三町ばかりけども、「われに人こそ付たると思たる気色もなし。
  
-いよいよ笛を吹てけば、「心みん」と思て、足をたかくして走りたるに、笛を吹ながらみかへりたる気しきりかかるべくもおぼえざりければ、走のきぬ。かやうにあまたたび、とさまかうさまにするに、露ばかりもさはぎたるけしきなし。希有の人かなと思て十余町ばかりぐして行+いよいよ笛を吹けば、「心みん」と思て、足をくしてりたるに、笛を吹ながら見返りたる気りかかるべくもえざりければ、走り退()きぬ。
  
-「さりとてあらんは」と思てかなをぬきて走りかかりたる時に、そのたび笛を吹やみて立帰て「こはなにものぞ」と、とふに、心もせて我もあらで、ついゐられぬ。又「いなるのぞ」ととへば、「今はにぐともよもにがさじ」と覚ければ「ひはにさぶらふ」といへば、「何ものぞ」ととへば、「あざな袴れとんいはれさぶらふ」とこたふれば、さいふものの有ときくぞ。あやうげに希有のやつかな」とひて「ともにまうでこ」とばかりいひかけて、又おなじやうに笛吹て行。此人のけき、今はにぐともよもにがさじと覚ければ、鬼に神とられたるやうに、ともに程に家に行つきぬ+うにあまたたび、とさまかさまにするに、つゆばぎたる気色し。「希有のかな」とひて、十余町ばかりして行
  
-「いづこぞ」と思へば摂津前司保昌といふ人なりけり。家のうちによ入て綿のあつき衣一を給はりてきぬの用あらん時はまいりて申せ心もしららん人にとりかかりて汝あやまちすなとありしこそあさましくむくつけくおそろしかりしか+「さりとて、あらんやは」と思ひて、刀を抜きて、走りかかりたる時に、そのたび、笛を吹きやみて、立ち帰りて、「こは何者ぞ」と問ふに、心も失せて、われにもあらで、ついゐられぬ。また、「いかなるものぞ」と問へば、「今は逃ぐとも、よも逃がさじ」と思えければ、「引剥(ひはぎ)にさぶらふ」といへば、「何者ぞ」と問へば、「字(あざな)、袴垂(はかまだれ)となん、いはれさぶらふ」と答ふれば、「さいふ者のありと聞くぞ。あやふげに希有の奴かな」と言ひて、「ともに詣で来(こ)」とばかり言ひかけて、また、同じやうに、笛吹きて行く。この人の気色、「今は逃ぐとも、よも逃がさじ」と思えければ、鬼に神(しん)取られたるやうにて、ともに行くほどに家に行き着きぬ。 
 + 
 +「いづこぞ」と思へば摂津前司保昌((藤原保昌))といふ人なりけり。家の内に呼び入れて、綿の厚き衣、一つを給はりて、「衣の用あらん時は、参りて申せ。心も知らざらん人に取りかかりて、なんぢ、あやまちすな」とありしこそ、あさましく、むくつけく、おそろしかりしか。 
 + 
 +「いみじかりし人の有様なり」と、捕へられて後、語りける。 
 + 
 +===== 翻刻 ===== 
 + 
 +  昔はかまたれとていみしき盗人の大将軍ありけり十月斗に 
 +  きぬの用なりけれは衣すこしまけんとてさるへき所所うかかひある 
 +  きけるに夜中はかりに人みなしつまりはてての月の朧なる 
 +  きぬあまたきたるなるぬしの指貫のそははさみてきぬの狩衣め 
 +  きたるきてたたひとり笛吹てゆきもやらすねり行はあはれこれ 
 +  こそ我にきぬえさせんとて出たる人なめりと思て走かかりてきぬを 
 +  はかんとおもふにあやしく物のおそろしくおほえけれはそひて二三町は 
 +  かりいけとも我に人こそ付たると思たるけしきもなしいいよ笛を 
 +  吹ていけは心みんと思て足をたかくして走よりたるに笛を吹なから 
 +  みかへりたる気しきとりかかるへくもおほえさりけれは走のきぬかやうに 
 +  あまたたひとさまかうさまにするに露はかりもさはきたるけしきなし 
 +  希有の人かなと思て十余町はかりくして行さりとてあらんやはと 
 +  思てかたなをぬきて走りかかりたる時にそのたひ笛を吹やみて立帰てこ/35ウy74 
 + 
 +  はなにものそととふに心もうせて我にもあらてついゐられぬ又いか 
 +  なるものそととへは今はにくともよもにかさしと覚けれはひはきにさふ 
 +  らふといへは何ものそととへはあさな袴たれとなんいはれさふらふとこたふ 
 +  れはさいふものの有ときくそあやうけに希有のやつかなといひてともにまうて 
 +  ことはかりいひかけて又おなしやうに笛吹て行此人のけしき今は 
 +  にくともよもにかさしと覚けれは鬼に神とられたるやうにてともに行 
 +  程に家に行つきぬいつこそと思へは摂津前司保昌といふ人なり 
 +  けり家のうちによひ入て綿のあつき衣一を給はりてきぬの用 
 +  あらん時はまいりて申せ心もしららん人にとりかかりて汝あやまち 
 +  すなとありしこそあさましくむくつけくおそろしかりしかいみ 
 +  しかりし人の有様也ととらへられてのちかたりける/36オy75
  
-「いみじかりし人の有様也」と、とらへられてのちかたりける。 
text/yomeiuji/uji028.txt · 最終更新: 2017/12/21 00:00 by Satoshi Nakagawa