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text:yomeiuji:uji027 [2015/01/31 02:01] – [第27話(巻2・第9話)季通、事に逢はんと欲する事] Satoshi Nakagawatext:yomeiuji:uji027 [2017/12/21 00:00] (現在) – [第27話(巻2・第9話)季通、事に逢はんと欲する事] Satoshi Nakagawa
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 **季通、事に逢はんと欲する事** **季通、事に逢はんと欲する事**
  
-むかし駿河前司橘季通といふ物ありき。それがわかかりける時、さるべき所なりける女房を忍て行かよひける程に、そこにありける侍ども「なま六位の家人にてあらぬが、よひ暁に、この殿へ出入事わびし。これたてこめてかうぜん」と、いふ事をあつまりていひあはせけり。+===== 校訂本文 =====
  
-かかる事をもしらで例の事なれば小舎人童一人具して局に入ぬ。童をば「暁迎にこよ」て返しや此うたんとするをのこども、うがひまもりければ「例のぬしきて局に入ぬは」と告げまはして、かたこなたの門どもさしまは、かぎとりをて、侍どもき杖して築地のくづれなる所に立ふたがりてまもりけるその局のめけしきとり主の女房に「かかる事のさぶふはなる事か候らん」と告げければ、主女房もきき驚にたり。ふしたりけおきて季通も装束てゐたり女房うへにのぼり尋ぬれば「侍どもの心合せする」とはいひながら、主のおとも空しらずしておはする事聞えてすべきやうなくて、局に帰りてなきゐたり。+駿河前司橘季通いふ者あそれが若かりけるさるべき所りける女房忍びけるほに、そこにありける侍ども「なま六位の、家人にぬが宵暁(よひあつき)に、殿へ出で入ことわびし。これこめ勘(かう)ぜん」と言ふこと集りて、言ひ合はせけり。
  
-季通「いみじきわざかな、てんず」思へども、すべきやなし。め童を出して出て「いべきすこしのひまやあ」と、みせけれどもやうのひまある所には四五人づつくくをあけ、そばをはさみて、太刀をはき杖をわきはみつつたてりければ、出べやうもなし」といひけり+かることをも知らで、例のことれば小舎人童一人具して、局に入りぬ。童ば「暁、迎へに来よ」と、返しやりつ。この打たんとする男(をのこ)ども、うかがひ守りければ、「例、局に入りぬる」と告げまはしてかなたこなたの門どもはして、鍵取り置きて、侍ども、引き杖して、築地の崩れなどのある所に、立ちふたがりて守りけるを、その局の女の童、気色とりて、主の女房に「かかることのぶらふはいかることにか候ふらん」と告げければ、主の女房も聞驚く
  
-この駿河前司は、いみじう力ぞつよかりける。「いかせん。明ぬともこの局にこもりゐこそはひきいでに入こんのと取あひてなめ。さりとも夜明後、我ぞ人ぞとしなん後にはともかくもえせじ。ずんざどもよびりてこそ出てゆかめ」と思ゐたりけり。「暁にこ童のき、心もえず、門たたきどして、わ小舎人童と心えれて、とらへしばられやせんらん」と、それぞ不便に覚ければ、めの童を出して「もしや聞つくる」と、うかがひけるをも、侍どもはしたなくいひければなきつつ帰てかがまりゐたり。+二人臥したりけるが、起きて、季通装束してゐた。女房上(うへ)りて尋ぬれば、「侍どもの心合はせするとはいひながら、主の男(おこ)も空知らずしておはすこと」と聞こえてすべきやうなく局に、泣きゐたり。
  
-かかる程に暁方になりぬらん」とおもふほどに、此童いかにしてか入けん、入くるとするを、侍「たそ、その童は」と、けしきとりとへば、「あしくいらへなんず」と思ゐたるほ「御ど経の僧の童子に侍」とのる。さなのられて「とく過よ」といふ。「かこくいらへつる物かなよりきて、れいよぶめの童の名やよばんずらん」と、又それ思ゐたる程によりもこで過ぬ。此童も心えてけり。うるせきつぞかし。さ心えては、さりともたばか事あらんずらん。と、童の心をしりたもしく思た、大路に女こゑして「ひぎありて、人ころすや」と、をめく。ききて、このたてる侍ども「あれからめよや、けしうあらじ」といひて、みなはしりかかりて、門をもえあけあへずくづれより、はしりいでつつ、「いづかたへいぬるぞ」「こた。かなた」と尋さはぐ程に、「此童のはかる事よ」と思ければ、て見るに、門をさしたれば、門をばうたがはず、くれのもとに、かたへはとまりて、とかくいふ程に、門のもとに走りよりて、じやうをねじて引ぬきてあくるままに走のきて築地はしりすぐる程にぞ、此童は、はしりあひたる+季通、「いみじきわざな。恥てんず」と思すべきやうなし。の童を出だして「出べきすこしのひまる。見せけども「さやうひまあには、四・五づつくくり上げ、挟みて、太刀を帯()き杖を脇挟みつつ、立てりければ、出づべきやうもな」と言ひけり。
  
-ぐして三町斗走びてのやにのどにあゆみて「いかにしたりつる事ぞ」いひければ「門どもの例ならずさされたる、あはせてくづれに侍共の立ふたがりて、きびしげに尋とひさぶらひつれば、こにて御読経の僧の童子と名のり侍りつれば侍つるを、それよまかり帰て、『とかくやせまし』と思給つれど、まいりたりしられたてまつりてはあしかりぬべくおぼえ侍りつれば声をきかれたてまつりてて、帰出て此隣らはのくそま侍をしゃ頭をとりてうちふせてきぬをぎ侍りつればおめき候つるこゑにつきて、人々いでまうできつれば、『今はさりとも出さ給ぬら』と、思て、こなたまいりあひつるなり」とぞ、いひけ+駿河前司は、いみじ力ぞ強りける。「いかがせん。明けぬとも、ここもそは、引き出に入来んと、合ひなめ。さとも、夜明けわれぞ人ぞなん後には、ともかくもえじ。従者(ずんざ)ども呼びてこそ、出ても行かめ」とゐたり
  
-童なれどもかしこくうるせきものはかかるをぞしける。+「暁に、このの来て、心も得ず門叩きどして、わが小舎人童と心得らて、捕へ縛られやせんずらん」と、それぞ不便(ふびん)に思えければ、女の童を出だして、「もしや聞き付くる」とうかがひけるをも、侍ども、はしたなく言ひければ、泣きつつ帰りて、屈(かが)まり居たり。 
 + 
 +かかるほどに、「暁方になりぬらん」と思ふほどに、この童、いかにしてか入りけん、入り来る音するを、侍「誰(た)そ、その童は」と気色取りて問へば、「悪しくいらへなんず」と思ひ居たるほどに、「御読経の僧の童子に侍り」と名乗る。さ名乗られて、「とく過ぎよ」と言ふ。「かしこくいらへつるものかな。寄り来て、例呼ぶ女の童の名や呼ばんずらん」と、また、それを思ひ居たるほどに、寄りも来で、過ぎて去ぬ。 
 + 
 +「この童も心得てけり。うるせき奴ぞかし。さ心得ては、さりと、たばかることあらんずらん」と、童心を知りたれば、頼もしく思ひたるほどに、大路に女声して、「引剥(ひ)ぎありて、人殺すや」とをめく。それを聞きて、この立てる侍ども、「あれ搦めよや。けしうはあらじ」と言ひて、みな走りかかりて、門をもえ開けあへず、崩れより走り出でつつ、「いづかたへ往ぬぞ」、「こなた」、「かなた」と尋ね騒ぐほどに、「この童のはかることよ」と思ひければ、走り出でて見るに、門さしたれば、門をば疑はず、崩れのもとに、かたへは止まりて、とかく言ふほどに、門のもとに走り寄りて、錠(じやう)をねじて引き抜きて、開くるままに走りのきて、築地走り過ぐるほどに、この童は走り合ひたる。 
 + 
 +て、三町ばかり走りのびて、例のやうに、のどかに歩みて、「いかにしたりつることぞ」と言ひれば、「門どもの、例ならずさされたにあはせて、崩れに侍どもの立ちふたがりて、厳しげに尋ね問ひさぶらひつれば、そこにては、『御読経の僧の童子』と名乗り侍りつれば、出で侍りつるを、それよりまかり帰りて、『とかくやせまし』と思ひ給へつれども、『参りたり』と知られ奉らでは、悪しかりぬべく思え侍りつれば、声を聞かれ奉りて((底本「たてまつりてて」衍字とみて一字削除))、帰り出でて、この隣なるめらはの、糞まりゐて侍るを、しゃ頭を取りて、うち伏せて衣(きぬ)を剥ぎ侍りつれば、をめき候ひつる声につきて、人々出で詣で来つれば、『今はさりとも、出ださせ給ひぬらん』と思ひて、こなたざまに参り合ひつるなり」とぞ言ひける。 
 + 
 +童なれども、かしこく、うるせきものは、かかることをぞしける。 
 + 
 +===== 翻刻 ===== 
 + 
 +  むかし駿河前司橘季通といふ物ありきそれかわかかりける時さるへき 
 +  所なりける女房を忍て行かよひける程にそこに有ける侍ともなま 
 +  六位の家人にてあらぬかよひ暁にこの殿へ出入事わひしこれたてこめ 
 +  てかうせんといふ事をあつまりていひあはせけりかかる事をもしらて 
 +  例の事なれは小舎人童一人具して局に入ぬ童をは暁迎にこよとて 
 +  返しやりつ此うたんとするをのこともうかかひまもりけれは例のぬしきて 
 +  局に入ぬるはと告けまはしてかなたこなたの門ともをさしまはしてかき 
 +  とりをきて侍ともひき杖して築地のくつれなとのある所に立ふた 
 +  かりてまもりけるをその局のめの童けしきとりて主の女房にかかる/33ウy70 
 + 
 +  事のさふらふはいかなる事にか候らんと告けけれは主の女房もきき驚 
 +  ふたりふしたりけるかおきて季通も装束してゐたり女房うへにのほ 
 +  りて尋ぬれは侍ともの心合せてするとはいひなから主の男も空しら 
 +  すしておはする事と聞えてすへきやうなくて局に帰りてなきゐたり 
 +  季通いみしきわさかな恥をみてんすと思へともすへきやうなしめの童 
 +  を出して出ていぬへきすこしのひまやあるとみせけれともさやうの 
 +  ひまある所には四五人つつくくりをあけそはをはさみて太刀をはき 
 +  杖をわきはさみつつみなたてりけれは出へきやうもなしといひけり 
 +  この駿河前司はいみしう力そつよかりけるいかかせん明ぬともこの局に 
 +  こもりゐてこそはひきいてに入こんものと取あひてしなめさりとも夜明 
 +  て後我そ人そとしりなん後にはともかくもえせしすんさともよひに 
 +  やりてこそ出てもゆかめと思ゐたりけり暁にこの童のきて心もえ 
 +  す門たたきなとしてわか小舎人童と心えられてとらへしはられや/34オ71 
 + 
 +  せんすらんとそれそ不便に覚けれはめの童を出してもしや聞つくる 
 +  とうかかひけるをも侍ともはしたなくいひけれはなきつつ帰てかかまり 
 +  ゐたりかかる程に暁方になりぬらんとおもふほとに此童いかにしてか入 
 +  けん入くるをとするを侍たそその童はとけしきとりてとへはあしく 
 +  いらへなんすと思ゐたるほとに御と経の僧の童子に侍となのるさなのら 
 +  れてとく過よといふかしこくいらへつる物かなよりきてれいよふめの 
 +  童の名やよはんすらんと又それを思ゐたる程によりもこて過て 
 +  いぬ此童も心えてけりうるせきやつそかしさ心えてはさりともたは 
 +  かる事あらんすらんと童の心をしりたれはたのもしく思たる程に大路に女 
 +  こゑしてひはきありて人ころすやとをめくそれをききてこのたて 
 +  る侍ともあれからめよやけしうはあらしといひてみなはしりかかりて 
 +  門をもえあけあへすくつれよりはしりいてつついつかたへいぬるそこ 
 +  なたかなたと尋さはく程に此童のはかる事よと思けれは走出て/34ウy72 
 + 
 +  見るに門をさしたれは門をはうたかはすくつれのもとにかたへはとまりて 
 +  とかくいふ程に門のもとに走よりてしやうをねして引ぬきてあくる 
 +  ままに走のきて築地はしりすくる程にそ此童ははしりあひたるくして 
 +  三町斗走のひてれいのやうにのとかにあゆみていかにしたりつる事 
 +  そといひけれは門ともの例ならすさされたるにあはせてくつれに侍共 
 +  の立ふたかりてきひしけに尋とひさふらひつれはそこにては御読 
 +  経の僧の童子と名のり侍りつれはいて侍つるをそれよりまかり帰て 
 +  とかくやせましと思給つれともまいりたりとしられたてまつらてはあしかり 
 +  ぬへくおほえ侍りつれは声をきかれたてまつりてて帰出て此隣なる 
 +  めらはのくそまりゐて侍をしゃ頭をとりてうちふせてきぬをはき侍り 
 +  つれはおめき候つるこゑにつきて人々いてまうてきつれは今はさり 
 +  とも出させ給ぬらんと思てこなたさまにまいりあひつるなりとそいひ 
 +  ける童なれともかしこくうるせきものはかかる事をそしける/35オy73
  
text/yomeiuji/uji027.txt · 最終更新: 2017/12/21 00:00 by Satoshi Nakagawa