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text:yomeiuji:uji025 [2015/01/30 23:32] Satoshi Nakagawatext:yomeiuji:uji025 [2017/11/11 21:40] Satoshi Nakagawa
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 **鼻長き僧の事** **鼻長き僧の事**
  
-昔、池の尾に禅珍内供といふ僧住ける。真言なんどよく習て、年久く行て貴とかりければ、世の人々、さまざまの祈をせさせければ、身の徳ゆたかにて、堂も僧坊も、すこしもれたる所なし。仏供御燈などもえず、りふしの僧膳寺の講演しげく行はせければ、寺中の僧坊にひまなく僧もみにぎはひけり。湯屋にはゆわかさぬ日なく、あみののしりけり。、そのあたりに小家どもおほできて、里もにぎはひけり。+昔、池の尾に禅珍内供といふ僧ける。真言なんどよく習て、年久く行(たふ)かりければ、世の人々、さまざまの祈をせさせければ、身の徳かにて、堂も僧坊も、しもれたる所なし。仏供御燈(みあかし)などもえず、りふしの僧膳寺の講演しげく行はせければ、寺中の僧坊にひまなく僧もにぎはひけり。湯屋には湯沸かさぬ日なく、浴()みののしりけり。また、そのあたりに小家どもできて、里もにぎはひけり。
  
-さて、この内供は鼻長かりけり。五六寸なりければ、おとがひよりさがりてぞえける。色は赤紫にて、大柑子のはだのやうにつぶだちて、ふくれたり。かゆがるかぎりなし。+さて、この内供は鼻長かりけり。五六寸ばかりなりければ、おとがひより下(さが)りてぞえける。色は赤紫にて、大柑子ののやうに、粒立(つぶだ)ちて、れたり。痒(かゆ)がることかぎりなし。
  
-提に湯をかへらかして、折敷を鼻し入ばかりゑりとほして、火のほのをかほあたらぬやうにしてその折敷の穴より鼻をおさでて、提の湯にし入れて、よくよくでて引あけたれば、色はき紫色。それをそばざまに臥て、したに物をてて、人にますれば、つぶだちたる穴ごとに煙のやうなる物づ。それをいたくめば、白き虫の穴ごとにし出るを、毛抜にてけば、四分なるしろき虫を、穴ごとにとりいだす。その跡は、あなだにきてゆ。それを又おなじ湯に入て、さらめかしわかすゆつれば、鼻ちいさくしぼみありて、ただの人の鼻のやうになりぬ。+(ひさげ)に湯をかへらかして、折敷(をしき)を鼻し入ばかり彫()して、火のらぬやうにしてその折敷の穴より鼻をでて、提の湯にし入れて、よくよくでてき上げたれば、色はき紫色なり。それをそばざまに臥て、に物をてて、人にますれば、粒立ちたる穴ごとに煙のやうなる物づ。それをいたくめば、白き虫の穴ごとにし出るを、毛抜にてけば、四分ばかりなるき虫を、穴ごとに取出だす。その跡は、だにきてゆ。それを、また、同じ湯に入て、さらめかし沸かすに((「沸かすに」は、底本「わかすみ」。諸本により訂正。))、茹づれば、鼻、小さく萎(しぼ)上(が)りて、ただの人の鼻のやうになりぬ。また、二・三日になれば、前(さき)のごとくに腫れて、大きになりぬ。
  
-又二三日になれば、さきのごとくにはれて、大きに成ぬ。かくのごとくしつつ腫たる日数はおほくありければ、食ける時は弟子の法師に平なる板の一尺なるが、広さ一寸ばかりなるを、鼻のしたにさし入て、むかて、かみざまへげさせて、物くつるまでありけり。ことしてもてげさするおりは、しくれば、腹をてて物くはず。されば、法師一人をさだめて、物くふたびごとにげさす。+かくのごとくしつつたる日数はくありければ、ものける時は弟子の法師になる板の一尺ばかりなるが、広さ一寸ばかりなるを、鼻のにさし入て、て、上(かみ)ざまへげさせて、もの食つるまでありけり。異人(ことひと)して持()げさするは、しくれば、腹をててもの食はず。されば、この法師一人をめて、もの食ふたびごとにげさす。
  
-それに心ちあしくて、この法師でざりけるおりに、朝がゆくはんとするに、鼻をぐる人なかりければ「いかにせんなむ」といに、つかひける童の「はよくまいらせてん。に、その御房にはよもをおとらじ」とふを、弟子の法師きて、「この童のかく申」とへば、中大童子にて、みめきたなげなくありければ、うへにげてありけるに、この童鼻げの木を取て、うるはしくむかて、よきに高からず、ひきからず、もたげて粥をすすらすれば、内供「いみじき上手にてありけり。例の法師にはまさりたり」とてかゆをすする程にこの童はなをひんとてばざまに向てはなをひる程に手ふるひて鼻もたの木ゆる鼻はれて粥の中へ鼻ふたりとうちいれつ内供顔にも童のかほにも粥としりてひと物かかりぬ+それに地悪しくて、この法師、出でざりけるに、朝粥食はんとするに、鼻をぐる人なかりければ「いかにせんなむど言ほどに、使ひける童のわれはよくらせてん。さらに、その御房にはよもらじ」とふを、弟子の法師きて、「この童のかく申」とへば、中大童子にて、見目なげなくありければ、上(うへ)げてありけるに、この童げの木を取て、うるはしくて、よきほど高からず、低(ひき)からず、もたげて粥をすすらすれば、この内供「いみじき上手にてありけり。例の法師にはまさりたり」とて、粥をすするほどに、この童、鼻をひんとて、そばざまに向ひて、鼻をひるほどに、手震ひて、鼻もたげの木揺ぎて、鼻外れて、粥の中へ、鼻ふたりとうち入れつ。内供が顔にも、童の顔にも粥とばしりて、ひとものかかりぬ。 
 + 
 +内供、大きに腹立ちて、頭・顔にかかりたる粥を、紙にてのごひつつ、「おのれはまがまがしかりける心持ちたるものかな。心なしのかたゐとは、おのれがやうなる者をいふぞかし。われならぬ、やごつなき人の御鼻にもこそ参れ、それにかくやせんずる。うたてなりける、心なしの痴れ者かな。おのれ、立て立て」とて、追ひ立てければ、立つままに、「世の人の、かかる鼻持ちたるがおはしもさばこそ、鼻なもたげにも参らめ。嗚呼(をこ)のことのたまへる御房かな」と言ひければ、弟子どもは、ものの後ろに逃げ退きてぞ笑ひける。 
 + 
 +===== 翻刻 ===== 
 + 
 +  昔池の尾に禅珍内供といふ僧住ける真言なんとよく習て年/30ウy64 
 + 
 +  久く行て貴とかりけれは世の人々さまさまの祈をせさせけれは身 
 +  の徳ゆたかにて堂も僧坊もすこしもあれたる所なし仏供御燈な 
 +  ともたえすおりふしの僧膳寺の講演しけく行はせけれは寺中の 
 +  僧坊にひまなく僧もすみにきはひけり湯屋にはゆわかさぬ日なくあ 
 +  みののしりけり又そのあたりに小家ともおほくいてきて里もにき 
 +  はひけりさてこの内供は鼻長かりけり五六寸斗なりけれはおとかひ 
 +  よりさかりてそみえける色は赤紫にて大柑子のはたのやうにつふ 
 +  たちてふくれたりかゆかる事かきりなし提に湯をかへらかして折敷を 
 +  鼻さし入はかりゑりとほして火のほのをのかほにあたらぬやうにして 
 +  その折敷の穴より鼻をさしいてて提の湯にさし入れてよくよくゆ 
 +  てて引あけたれは色はこき紫色也それをそはさまに臥てしたに 
 +  物をあてて人にふますれはつふたちたる穴ことに煙のやうなる物いつ 
 +  それをいたくふめは白き虫の穴ことにさし出るを毛抜にてぬけは/31オy65 
 + 
 +  四分斗なるしろき虫を穴ことにとりいたすその跡はあなたにあ 
 +  きてみゆそれを又おなし湯に入てさらめかしわかすみゆつれは鼻 
 +  ちいさくしほみあかりてたたの人の鼻のやうになりぬ又二三日になれは 
 +  さきのことくにはれて大きに成ぬかくのことくしつつ腫たる日数は 
 +  おほくありけれは物食ける時は弟子の法師に平なる板の一尺斗 
 +  なるか広さ一寸はかりなるを鼻のしたにさし入てむかひゐてかみ 
 +  さまへもてあけさせて物くひはつるまてありけりこと人してもて 
 +  あけさするおりはあしくもてあけけれは腹をたてて物くはすされ 
 +  は此法師一人をさためて物くふたひことにもてあけさすそれに 
 +  心ちあしくてこの法師いてさりけるおりに朝かゆくはんとするに鼻 
 +  をもてあくる人なかりけれはいかにせんなむといふ程につかひける童 
 +  の我はよくもてあけまいらせてん更にその御房にはよもをとらしと 
 +  いふを弟子の法師ききてこの童のかく申といへは中大童子にてみめも/31ウy66 
 + 
 +  きたなけなくありけれはうへにめしあけてありけるにこの童鼻もて 
 +  あけの木を取てうるはしくむかひゐてよき程に高からすひき 
 +  からすもたけて粥をすすらすれは此内供いみしき上手にてありけり 
 +  例の法師にはまさりたりとてかゆをすする程にこの童はなを 
 +  ひんとてそはさまに向てはなをひる程に手ふるひて鼻もた 
 +  木ゆるて鼻はれて粥の中へ鼻ふたりとうちいれつ内供 
 +  にも童のかほにも粥としりてひと物かかりぬ内供大に腹立て頭 
 +  かほにかかりたる粥を紙にてのこひつつをのれはまかまかしかりける心もち 
 +  たる物哉心なしのかたひとはをのれかやうなる物をいふそかし我なら 
 +  ぬやこつなき人の御鼻にもこそまいれそれにかくやせんするう 
 +  たてなりける心なしのしれものかなをのれたてたてとて追たてけれはたつ 
 +  ままに世の人のかかる鼻もちたるかおはしもさはこそははなもたけにも 
 +  まいらめおこの事の給へる御房かなといひけれは弟子ともはもの/32オy67 
 + 
 +  のうしろに逃のきてそわらひける/32ウy68
  
-内供、大に腹立て頭かほにかかりたる粥を紙にてのごひつつ、「をのれはまがまがしかりける心もちたる物哉。心なしのかたひとはをのれがやうなる物をいふぞかし。我ならぬ、やごつなき人の御鼻にもこそまいれ。それにかくやせんずる。うたてなりける心なしのしれものかな。をのれ、たてたて」とて、追たてければ、たつままに「世の人のかかる鼻もちたるがおはしもさばこそははなもたげにもまいらめ。おこの事の給へる御房かな」といひければ、弟子どもはもののうしろに逃のきてぞわらひける。 
text/yomeiuji/uji025.txt · 最終更新: 2017/12/20 23:59 by Satoshi Nakagawa