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text:yomeiuji:uji024 [2014/04/07 23:31] – 作成 Satoshi Nakagawatext:yomeiuji:uji024 [2017/12/20 23:58] (現在) – [第24話(巻2・第6話)厚行、死人を家より出す事] Satoshi Nakagawa
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 +宇治拾遺物語
 ====== 第24話(巻2・第6話)厚行、死人を家より出す事 ====== ====== 第24話(巻2・第6話)厚行、死人を家より出す事 ======
  
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 **厚行、死人を家より出す事** **厚行、死人を家より出す事**
  
-むかし右近将監下野厚行といふ物ありけり。競馬によくのりにけり。帝王よりはじめまいらせて、おぼえことにすぐれたりけり。朱雀院の御時より村上の御門の御時なんどは、盛にいみじき舎人にて人もゆるし思けり。年たかくなりて、西京にすみけり。+===== 校訂本文 =====
  
-隣なりける人俄に死けるに厚行とぶらひに行て、其子にひて別の間の事共、とぶらひるに「此死たる親を出さんに、門あしき方にむかへり。さればとて、さあるべきにあらず。門よりこそ出すべき事てあれ」といふをききて、厚行がいふやう「あしき方よりいださん事、ことに然べからず。かつあまたの御子たちのため、ことにいまはしかるべし厚行がへだて垣をやぶりて、それより出したてまつら。かついき給たし時ことふれて情のありしや、かかるおりだもその恩を報じ申さずは、なにをもかむくひ申さん」といへば子どのいふやう「無為な人の家よ出さん事あるべきにあらず忌の方成とも、我門よこそいださめ」といへども「僻事なし給そ。ただ厚行が門よ出し奉ん」といひて帰ぬ+右近将監下野厚行といふ者けり。競馬によく乗りにけり。帝王よりは参らせておぼえことにすぐれたりけり朱雀院((朱雀天皇))御時より村上の御門((村上天皇))の御時な、盛りにじき舎人にて、し思けり。年高くな西の京に住みけり。
  
-我子どもにいふやう「のぬしの死たる、いとほしれば、とぶらひに行たりつるにの子どもいふやう『忌方なれども、門は一なれば、これよりこそ出さめ』わびればく思、中の垣を破て我門より出し給へといる」といふに子どもききて不思議の事し給親か。いみじき穀たち聖なりとかかる事する人やはあるべき。身思はぬとがら返返あるまじき也」あへり。+なりけにはかに死にるに、この厚行、とぶらひに行きての子に会ひて、別れことども、とぶらひけるに、「この死にたる親を出ださんに、門、悪しき方に向へり。さればとてさてあるべきにあらず。門よりこそ出だすべきことにてあれ」と言ふを聞きて、厚行が言ふやう、「悪しき方より出だんこ、ことに然るべからず。かあまたの御子たちのため、こにいまはかるべし。厚行が隔ての垣を破(やぶ)り、それより出奉らん。かつは、生き給ひたりし時、ことにふれて情のみありし人なり。かか折だにも、その恩を報じ申さずは、何をもてか報ひ申さん」といへば、子どものいふやう、無為る人家よ出ださんこと、あるべきにあらず忌(み)の方りともわが門よりこそ出ださめ」と言へど、「僻(ひがご)し給そ。ただ、厚行が門よ出だし奉らん」と言ひて帰りぬ
  
-厚行「僻事なひそ。ただ厚行がせんやうにまかせて給へ。物忌し、くすしくむやつは命みじかく、はかばかしきなし。ここ物いまぬは命もながく、子孫もさかゆ。いたく物いみ、くすしきは、人といはず恩をり身を忘るるをこそ人とはいへ天道もこれをぞめぐみ給らんよしなきことなひそ」とて、下人どもびて中の垣をただこぼちにこぼちて、それよりぞ出させける。+わが子どもにいふやう、「隣のぬしの死にたる、いとほしければ、とぶらひに行きたりつるに、あの子どもの言ふやう、『忌の方なれども、門は一つなれば、これよりこそ出ださめ』とわびつれば、いとほしく思ひて、『中の垣を破りて、わが門より出だし給へ』と言ひつる」と言ふに、妻子ども聞きて、「不思議のことし給ふ親かな。いみじき穀断ちの聖なりとも、かかることする人やはあるべき。身思はぬと言ひながら、わが家の門より、隣の死人出だす人やある。返す返すもあるまじきことなり」と、みな言ひ合へり。 
 + 
 +厚行「僻事なひそ。ただ厚行がせんやうにまかせて給へ。物忌し、くすしくむやつはかく、はかばかしきことなし。ただ、もの忌まぬは命もく、子孫もゆ。いたくもの忌み、くすしきは、人といはず恩を身を忘るるをこそ人とはいへ天道もこれをぞめぐみ給らんよしなきことなひそ」とて、下人どもびて中の垣をただ毀(こぼ)ちにちて、それよりぞ出させける。 
 + 
 +さて、そのこと、世に聞こえて、殿原もあさみ讃め給ひけり。さてその後、九十ばかりまでたもちてぞ死にける。それが子どもに至るまで、みな命長くて、下野氏の子孫は、舎人の中にもおぼえありとぞ。 
 + 
 +===== 翻刻 ===== 
 + 
 +  むかし右近将監下野厚行といふ物ありけり競馬によくのりにけり 
 +  帝王よりはしめまいらせておほえことにすくれたりけり朱雀院の 
 +  御時より村上の御門の御時なんとは盛にいみしき舎人にて人もゆ 
 +  るし思けり年たかくなりて西京にすみけり隣なりける人俄/29ウy62 
 + 
 +  に死けるに此厚行とふらひに行て其子にあひて別の間の事共 
 +  とふらひけるに此死たる親を出さんに門あしき方にむかへりされはとて 
 +  さてあるへきにあらす門よりこそ出すへき事にてあれといふをききて 
 +  厚行かいふやうあしき方よりいたさん事ことに然へからすかつは 
 +  あまたの御子たちのためことにいまはしかるへし厚行かへたての垣を 
 +  やふりてそれより出したてまつらんかつはいき給たりし時ことにふれ 
 +  て情のみありし人也かかるおりたにもその恩を報し申さすは 
 +  なにをもてかむくひ申さんといへは子とものいふやう無為なる人の 
 +  家より出さん事あるへきにあらす忌の方成とも我門よりこそいた 
 +  さめといへとも僻事なし給そたた厚行か門より出し奉んといひて 
 +  帰ぬ我子ともにいふやう隣のぬしの死たるいとおしけれはとふらひに 
 +  行たりつるにあの子とものいふやう忌の方なれとも門は一なれはこれより 
 +  こそ出さめとわひつれはいとおしく思て中の垣を破て我門より出し給へと/30オy63 
 + 
 +  いひつるといふに妻子ともききて不思儀の事し給親かないみしき 
 +  穀たちの聖なりともかかる事する人やはあるへき身思はぬといひなから 
 +  我家の門より隣の死人出す人やある返返もあるましき事也と 
 +  みないひあへり厚行僻事ないひあひそたた厚行かせんやうにまかせ 
 +  てみ給へ物忌しくすしくいむやつは命みしかくはかはかしき事なし 
 +  たた物いまぬは命もなかく子孫もさかゆいたく物いみくすしきは人 
 +  といはす恩をしり身を忘るるをこそ人とはいへ天道もこれをそ 
 +  めくみ給らんよしなきことないひあひそとて下人ともよひて中の 
 +  桧垣をたたこほちにこほちてそれよりそ出させけるさてその事 
 +  世にきこえて殿原もあさみほめ給けりさて厥后九十斗まてたもちて 
 +  そ死けるそれか子ともにいたるまてみな命なかくて下野氏の子孫 
 +  は舎人の中にもおほえありとそ/30ウy64
  
-さて、その事世にきこえて殿原もあさみほめ給けり。さて厥后九十斗までたもちてぞ死ける。それが子どもにいたるまで、みな命ながくて、下野氏の子孫は舎人の中にもおぼえありとぞ。 
text/yomeiuji/uji024.1396881118.txt.gz · 最終更新: 2014/04/07 23:31 by Satoshi Nakagawa