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text:yomeiuji:uji024 [2015/01/30 23:14] – [第24話(巻2・第6話)厚行、死人を家より出す事] Satoshi Nakagawatext:yomeiuji:uji024 [2017/11/11 19:20] Satoshi Nakagawa
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 **厚行、死人を家より出す事** **厚行、死人を家より出す事**
  
-むかし右近将監下野厚行といふありけり。競馬によくりにけり。帝王よりはじめまいらせて、おぼえことにすぐれたりけり。朱雀院の御時より村上の御門の御時なんどは、盛にいみじき舎人にて人もゆるし思けり。年たかくなりて、西京にみけり。+昔、右近将監下野厚行といふありけり。競馬によくりにけり。帝王よりはじめらせて、おぼえことにすぐれたりけり。朱雀院((朱雀天皇))の御時より村上の御門((村上天皇))の御時なんどは、盛にいみじき舎人にて人もゆるし思けり。年くなりて、西京にみけり。
  
-隣なりける人に死けるに、厚行とぶらひに行て、子にひて別の間の事共、とぶらひけるに「死たる親を出さんに、門しき方にむかへり。さればとて、さてあるべきにあらず。門よりこそ出すべきにてあれ」とふをきて、厚行がふやう「しき方よりださん、ことに然べからず。かつはあまたの御子たちのため、ことにいまはしかるべし。厚行がへだての垣をやぶりて、それより出したてまつらん。かつはき給たりし時ことにふれて情のみありし人や、かかるおりだにもその恩を報じ申さずは、なにをもてかむくひ申さん」といへば、子どものいふやう「無為なる人の家より出さんあるべきにあらず。忌の方とも、門よりこそださめ」と、いへども「僻事なし給そ。ただ厚行が門より出し奉ん」とひて帰ぬ。+隣なりける人、にはかに死けるに、この厚行とぶらひに行て、その子にひての間のことども、とぶらひけるにこのたる親を出さんに、門、悪しき方にへり。さればとて、さてあるべきにあらず。門よりこそ出すべきことにてあれ」とふをきて、厚行がふやうしき方よりださんこと、ことに然べからず。かつはあまたの御子たちのため、ことにいまはしかるべし。厚行がての垣を破(やぶ)りて、それより出らん。かつは、生き給たりし時ことにふれて情のみありし人なり。かかるだにもその恩を報じ申さずは、をもてかひ申さん」といへば、子どものいふやう「無為なる人の家より出さんこと、あるべきにあらず。忌(いみ)の方なりとも、わが門よりこそださめ」とへども「僻事(ひがごと)なし給そ。ただ厚行が門より出し奉ん」とひて帰ぬ。
  
-子どもにいふやう「隣のぬしの死たる、いとほしければ、とぶらひに行たりつるに、あの子どものふやう『忌の方なれども、門は一なれば、これよりこそ出さめ』とわびつれば、いとしく思て、中の垣を破て門より出し給へとひつる」とふに、妻子どもきて「不思議のし給親かな。いみじき穀ちの聖なりとも、かかるする人やはあるべき。身思はぬとひながら、家の門より隣の死人出す人やある。返返もあるまじき事也」とみなへり。+わが子どもにいふやう「隣のぬしの死たる、いとほしければ、とぶらひに行たりつるに、あの子どものふやう『忌の方なれども、門は一なれば、これよりこそ出さめ』とわびつれば、いとしく思て、中の垣を破、わが門より出し給へひつる」とふに、妻子どもきて「不思議のことし給親かな。いみじき穀ちの聖なりとも、かかることする人やはあるべき。身思はぬとひながら、わが家の門より隣の死人出す人やある。返もあるまじきことなり」とみなへり。
  
-厚行「僻事なひそ。ただ厚行がせんやうにまかせて給へ。物忌し、くすしくむやつは命みじかく、はかばかしきなし。ただ物いまぬは命もながく、子孫もさかゆ。いたく物いみ、くすしきは、人といはず恩をり身を忘るるをこそ人とはいへ天道もこれをぞめぐみ給らんよしなきことなひそ」とて、下人どもびて中の垣をただこぼちにこぼちて、それよりぞ出させける。+厚行「僻事なひそ。ただ厚行がせんやうにまかせて給へ。物忌し、くすしくむやつはかく、はかばかしきことなし。ただ、もの忌まぬは命もく、子孫もゆ。いたくもの忌み、くすしきは、人といはず恩を身を忘るるをこそ人とはいへ天道もこれをぞめぐみ給らんよしなきことなひそ」とて、下人どもびて中の垣をただ毀(こぼ)ちにちて、それよりぞ出させける。
  
-さて、その世にこえて殿原もあさみめ給けり。さて厥后九十までたもちてぞ死ける。それが子どもにいたるまで、みな命ながくて、下野氏の子孫は舎人の中にもおぼえありとぞ。+さて、そのこと、世にこえて殿原もあさみめ給けり。さてその後、九十ばかりまでたもちてぞ死ける。それが子どもにるまで、みな命くて、下野氏の子孫は舎人の中にもおぼえありとぞ。 
 + 
 +===== 翻刻 ===== 
 + 
 +  むかし右近将監下野厚行といふ物ありけり競馬によくのりにけり 
 +  帝王よりはしめまいらせておほえことにすくれたりけり朱雀院の 
 +  御時より村上の御門の御時なんとは盛にいみしき舎人にて人もゆ 
 +  るし思けり年たかくなりて西京にすみけり隣なりける人俄/29ウy62 
 + 
 +  に死けるに此厚行とふらひに行て其子にあひて別の間の事共 
 +  とふらひけるに此死たる親を出さんに門あしき方にむかへりされはとて 
 +  さてあるへきにあらす門よりこそ出すへき事にてあれといふをききて 
 +  厚行かいふやうあしき方よりいたさん事ことに然へからすかつは 
 +  あまたの御子たちのためことにいまはしかるへし厚行かへたての垣を 
 +  やふりてそれより出したてまつらんかつはいき給たりし時ことにふれ 
 +  て情のみありし人也かかるおりたにもその恩を報し申さすは 
 +  なにをもてかむくひ申さんといへは子とものいふやう無為なる人の 
 +  家より出さん事あるへきにあらす忌の方成とも我門よりこそいた 
 +  さめといへとも僻事なし給そたた厚行か門より出し奉んといひて 
 +  帰ぬ我子ともにいふやう隣のぬしの死たるいとおしけれはとふらひに 
 +  行たりつるにあの子とものいふやう忌の方なれとも門は一なれはこれより 
 +  こそ出さめとわひつれはいとおしく思て中の垣を破て我門より出し給へと/30オy63 
 + 
 +  いひつるといふに妻子ともききて不思儀の事し給親かないみしき 
 +  穀たちの聖なりともかかる事する人やはあるへき身思はぬといひなから 
 +  我家の門より隣の死人出す人やある返返もあるましき事也と 
 +  みないひあへり厚行僻事ないひあひそたた厚行かせんやうにまかせ 
 +  てみ給へ物忌しくすしくいむやつは命みしかくはかはかしき事なし 
 +  たた物いまぬは命もなかく子孫もさかゆいたく物いみくすしきは人 
 +  といはす恩をしり身を忘るるをこそ人とはいへ天道もこれをそ 
 +  めくみ給らんよしなきことないひあひそとて下人ともよひて中の 
 +  桧垣をたたこほちにこほちてそれよりそ出させけるさてその事 
 +  世にきこえて殿原もあさみほめ給けりさて厥后九十斗まてたもちて 
 +  そ死けるそれか子ともにいたるまてみな命なかくて下野氏の子孫 
 +  は舎人の中にもおほえありとそ/30ウy64
  
text/yomeiuji/uji024.txt · 最終更新: 2017/12/20 23:58 by Satoshi Nakagawa