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text:yomeiuji:uji023 [2014/09/27 18:08] Satoshi Nakagawatext:yomeiuji:uji023 [2017/11/05 20:40] Satoshi Nakagawa
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 **用経荒巻の事** **用経荒巻の事**
  
-今は昔、左京のかみなりけるふる上達部ありけり。年老ていみじうふるめかしかりけり。しもわたりなる家にありきもせでこもりたりけり。そのつかさのさくわんにて、紀用経といふ物有けり。長岡になん住ける。司の目なれば、このかみのもとにもなんおとづりける。+今は昔、左京の大夫(かみ)なりける、古(ふる)上達部ありけり。年老いみじうめかしかりけり。下(しも)わたりなる家に、歩(あり)きもせでこもりたりけり。その属(さくわん)にて、紀用経(もちつね)((『今昔物語集』では「紀茂経」。))といふ者ありけり。長岡になん住ける。司の目(さくわん)なれば、この大夫のもとにもなんおとづりける。
  
-用経、大殿のもとにまいりて、にゑ殿たるほどに、淡路守よりちかが鯛のあら巻をおほたてまつりたりけるを、贄殿にもてまいりたり。にゑ殿のあづかり、よしずみに二まき用経りて、まにささげてくとて、よしずみふやう「これ人してたてまつらんおりにをこせ給へ」と、いく。心のうちに思けるやう「これわが司のかみたてまつりて、おとづりたてまつらん」と思て、これをまきにささげて、左京のかみのもとにきてれば、かんの君いでに、まら二三人ばかりて「あるじせん」とて、ちくわらに火おこしなどして、もとにて物はんとするに、はかばかしき魚もなし。+この用経、大殿のもとにりて、贄殿(にゑどの)たるほどに、淡路守頼親(よりちか)((源頼親))が鯛の巻をりたりけるを、贄殿に持()りたり。殿の預(あづかり)義澄(よしずみ)に二巻、用経りて、間木(き)にささげてくとて、義澄ふやう「これ人してらん折に、おこせ給へ」とく。心のに思けるやう「これわが司の大夫りて、おとづりらん」と思て、これを間木にささげて、左京の大夫のもとにきてれば、大夫(かん)の君、出居(いでゐ)に、客人(まらうど)三人ばかりて「あるじせん」とて、ちくわら((底本「地火炉」と傍注。「ぢくわろ」か。))に火おこしなどして、わがもとにてはんとするに、はかばかしき魚もなし。鯉・鳥など、用ありげなり
  
-鯉、鳥など、ようありげなり。それに用経が申やう「もちつねがもとにこそ、津の国なる下人の鯛のあらまき三もてまうたりつるを、一まきた。心み侍つるが、えもいはず、めでたくさぶらひつれば、今二まきはけがさできてさぶらふ。いそぎてまうでつるに、下人の候はで、まいり候はざりつる。ただいまとりにつかはさんはいかに」と、こゑたかく、したりかほそでをつくろて、くちわきかいのごひなどして、ゐあがり、のぞきて申せば、かみ「さるべき物のなきに、いとよきかな。とくりにやれ」とふ。まら人どもも「ふべき物のさぶらはざめるに、九月なれば、此比鳥のあぢはひいとわろし。鯉はまだず。よき鯛はきいのもの」など、いひあへり。+それに用経が申やう用経がもとにこそ、津の国((摂津国))なる下人の鯛の荒巻つ、持()たりつるを、一巻食み侍つるが、えもいはず、めでたくさぶらひつれば、今二はけがさできてさぶらふ。ぎてでつるに、下人の候はで、り候はざりつるなり。ただ今、取りにつかはさんはいかに」と声高く、したりをつくろて、口脇(くちわき)かいのごひなどして、居上り、のぞきて申せば、大夫、「さるべき物のなきに、いとよきことかな。とくりにやれ」とのたまふ。人どももふべき物のさぶらはざめるに、九月ばかりことなれば、このごろ鳥のはひいと悪(わろ)し。鯉はまだず。よき鯛は奇異のものなり」などひあへり。
  
-用経うまひかへたる童をびとりて、馬をば御門のつなぎてただいま走て大殿に参りて、贄殿のあづかりのぬしに『そのきつるあら巻、ただいまをこせ給へ』とささめきて、時かはさずてこ。ほかにるな。とくはしれ」とてやりつ。さて「まな板あらひてもてまいれ」と、こゑたかくいひて、やがて「用経、けふの包丁は仕つらん」と云て、まなはしけづり、さやなる刀ぬいてまうけつつ「あな久し。いづらきぬや」など、心もとなかりてゐたり+用経、馬ひかへたる童をびとりて、馬をば御門のぎてただ大殿に参りて、贄殿ののぬしに『そのきつる巻、ただ今おこせ給へ』とささめきて、時かはさず来()。ほかにるな。とくれ」とてやりつ。
  
-をそしをそし」と、ゐたる程に、やりつる童、木の枝にあらまき二ゆいつけもてきたり。いとかしこくれ、とぶがごと走てもうてきたる童な」と、とほめてとりて、な板の上にうちおきて、ことごとしく大鯉らんやうに左右の袖つくろ、くくり、ひきゆひ、かひざたて、かた膝ふせていみじくつきづきしくゐしてあら巻のはを「ふつふつ」とをしきりて、藁ををしひらくに、ほろほろと物どもこぼれておつる物はひら足駄・ふるひきれ・ふるわらづ・古くつ、かやうの物のかぎりるに、用経あきれて、刀もまもうちすてて沓もはきあへず逃てい。左京のかみも客人もあきれて、目も口もあきてゐたり。前る侍ももあさましくて目をみかわして、ゐなみたるかほどすさまじく成て、ひとたちふたりたち、みな立ていぬ+さてまな板洗ひて、持て参れ」と、声高く言、やて「用経今日の包丁かまつらん」と言ひて、まな箸削り抜いけつつ、あな。いづらや」など、たり。
  
-さ京のかみいはくこのをのこをばかくえもいはぬものぐるとはしりたりつれどもかみとてきむびつればよしは思はねどをうべき事もらねばに、かるわざをしはからんをばいかがすべき。物あしき人ははかなき事につけもっかかる也。いかきつたへよのわらひぐさにんとずらん」と空をあふぎなげ給事かぎりなし。用経は馬に乗はせちらして、殿に参にゑ殿のあづかりよずみあひて「此あらをばおしとぼさば、おいらかにとり給てはあらで、かか事をしいで給へる」となきぬばりにらみののしる事かぎりな+遅し遅し」と、言るほどに、やりつる童枝に荒巻二結ひ付けて持て来たり。「いかしこく、あはれ飛ぶがご走り詣で来たな」と讃めて、取りて、ま板の上にうち置きて、ことごとしく、大鯉作らんやう、左右袖つくろひ、くくり引結ひ、片膝立、いま片膝伏せて、いみじくつきづしくゐなして、荒巻の縄を、ふつふつと押切りて、刀し藁を押開くに、ほろほろ物どもこ、落つる物、平足駄(ひらしだ)・古(ふる)ひきれ・古藁沓(ふるわうづ)・古沓(ふぐつ)、かうののかぎりあるに、用経あきれて、刀もま箸もうち捨てて、沓も履きあへず、逃て去ぬ
  
-いはく「いかにの給事ぞ。あらきはたりて後あからさまにやどにまかりつとて、のがおのこにふやう、『左京の守のぬしのもとから荒巻りにこせたらば、取て使にらせよ』と、いきてまかでて、ただ今帰まいりてるに、あらまきなければ、『いづちぬるぞ』と、とふに『しかじかの御使ありつれば、のはせつるやうにりてたてまつりつる』と、いひつれば『さにこそはあんなれ』と、ききてなん侍る。のやうをらず」とへば、「さらばかひなくともひあづけつらん主をびて、問給へ」とへば、男をびてはんとするに、でていにけり。膳部なる男がふやう「のれらがへやに入きつれば、このわかぬしたちの『まきにささげられたるあらまきこそあれ。こは、たがきたるぞ。なんのれうぞ』と、とひつれば、『たれにかありつらん左京のさくわんの主の也。』と、いひつれば『さてはことにもあらず。すべきやうあり』とて、とりおろして鯛をばみなまいりて、かはりに、ふるしりきれ・ひらあしだなどをこそ入て、まきにをかるときき侍つれとかたれば、用経聞てしかりののしる事限なし+左京の大夫も客人も、あきれて、目も口も開きて居たり。前なる侍どもも、あさまくて、目を見かわして、居並(ゐな)たる顔ども、いとあやしげなり。物食ひ、酒飲みつる遊びも、みなすさまじくなりて、一人立ち、二人立ち、みな立ちて去ぬ。 
 + 
 +左京の大夫いはくこの男(をのこ)をば、かく、えもはぬ物狂ひとは知りたりつれども、司のみとて、来(き)むつびつれば、よしとは思はねど、追ふべきこともあらねば、さと見てある、かかるわざをして、謀(はか)らんをば、いかがすべき。も悪しき人は、はかなきことにつけても、かかるなり。いかに世の人、聞き伝へて、世の笑ひぐさにせんとすらん」と、空を仰(あふ)ぎて、歎きふことかぎりなし 
 + 
 +用経は馬に乗て、馳せ散らして、殿に参りて、贄殿の預義澄に会ひて、「この荒巻をば惜しと思さば、おいらかに取り給ひてはあらで、かかることをし出で給へる」と泣ぬばかりに恨みののしることかぎりなし。 
 + 
 +義澄がいく、「いかにのたまふことぞ。荒巻は奉りて後、『あからさまに宿(やど)にまかりつとて、のが男(おのこ)ふやう、『左京の守のぬしのもとから荒巻りにこせたらば、取使にらせよ』ときてまかでて、ただ今帰り参りてるに、荒巻なければ、『いづちぬるぞ』とふに『しかじかの御使ありつれば、のたまはせつるやうに、取りてりつる』とひつれば『さにこそはあんなれ』ときてなん侍る。ことのやうをらず」とへば、「さらばかひなくとも、言ひあづけつらん主をびて、問給へ」とへば、男をびて、問はんとするに、でていにけり。 
 + 
 +膳部(かしはで)なる男がふやうのれらが部屋に入り居きつれば、この若(わか)ぬしたちの『間木にささげられたる荒巻こそあれ。こは、誰()きたるぞ。何(なん)ぞ』とひつれば、にかありつらん、『左京の属(さくわん)の主のなり』とひつれば『さてはことにもあらず。すべきやうあり』とて、とりして鯛をばみなりて、かはりに、しりきれ・平足駄(ひらあしだ)などをこそ入て、間木に置かると、聞き侍りつれ」と語れば、用経、聞きて、叱りののしることかぎりなし。 
 + 
 +この声を聞きて、人々、「いとほし」とは言はで、笑ひののしる。用経、しわびて、「かく笑ひののしられんほどは、歩(あり)かじ」と思ひて、長岡の家にこもり居たり。その後、左京の大夫の家にも、え行かずなりにけるとかや。 
 + 
 +===== 翻刻 ===== 
 + 
 +  今は昔左京のかみなりけるふる上達部ありけり年老ていみしう 
 +  ふるめかしかりけりしもわたりなる家にありきもせてこもりゐたり 
 +  けりそのつかさのさくわんにて紀用経といふ物有けり長岡に/27オy57 
 + 
 +  なん住ける司の目なれはこのかみのもとにもなんおとつりける此 
 +  用経大殿のもとにまいりてにゑ殿にゐたるほとに淡路守よりちかか鯛 
 +  のあら巻をおほくたてまつりたりけるを贄殿にもてまいりたりにゑ殿 
 +  のあつかりよしすみに二まき用経こひとりてま木ささけてく 
 +  とてよしすみにいふやうこれ人してとりたてまつらんおりにをこせ 
 +  給へといひをく心のうちに思けるやうこれわ司のかみにたてまつりておと 
 +  つりたてまつらんと思てこれをまきにささけて左京のかみのもとにいき 
 +  てみれはかんの君いていにまら人二三人はかりきてあしせんてちく 
 +  わらに火おこしなとして我もとにて物くはんとするにはかはかし 
 +  魚もなし鯉鳥なとようありけなりそれに用経か申やうもちつねか 
 +  もとにこそ津の国なる下人の鯛のあらま三もてまうてきたりつるを 
 +  一まきたへ心みつるかえもいはすめてたくさふらひつれは今二まきは 
 +  けかさてをきてさふらふいそきてまうてつるに下人の候はてもてまいり/27ウy58 
 + 
 +  候はさりつる也たたいまりにつはさんはいかにとこゑかくしたり 
 +  かほにそてをつくろいてくちわきかいのこひなとしてゐあかりのそき 
 +  て申せはかみさるへき物のなきにいとよき事かなとくとりにやとの給 
 +  ふまら人とももくふへき物のさふらはさめるに九月斗の事なれは此比 
 +  鳥のあちはひいとわろし鯉はまたいてこすよき鯛はきいの物也 
 +  なといひあへり用経うまひかへたる童をよひとりて馬をは御門の腋に 
 +  つなきてたたいま走て大殿に参りて贄殿のあつかりのぬしにそのをき 
 +  つるあら巻たたいまをこせ給へとささめきて時かはさすもてこほかによるな 
 +  とくはしれとてやりつさてまな板あらひてもてまいれとこゑたかくいひ 
 +  てやかて用経けふの包丁は仕つらんと云てまなはしけつりさや 
 +  なる刀ぬいてまうけつつあな久しいつらきぬやなと心もとなかりゐたり 
 +  をそしをそしといひゐたる程にやりつる童木の枝にあらまき二ゆいつけて 
 +  もてきたりいとかしこくあはれとふかこと走てまうてきたる童かなと/28オy59 
 + 
 +  ほめてとりてまな板の上にうちおきてことことしく大鯉つくらんや 
 +  うに左右の袖つくろひくくりひきゆひかたひさたていまかた膝ふせて 
 +  いみしくつきつきしくゐなしてあら巻のなはをふつふつとをしきりて 
 +  刀して藁ををしひらくにほろほろと物ともこほれておつる物はひら 
 +  足駄ふるひきれふるわらうつ古くつかやうの物のかきりあるに用経あ 
 +  きれて刀もまなはしもうちすてて沓もはきあへす逃ていぬ 
 +  左京のかみも客人もあきれて目も口もあきてゐたり前なる侍 
 +  とももあさましくて目をみかわしてゐなみたるかほともいとあやしけ 
 +  なり物くひ酒のみつるあそひもみなすさましく成てひとりたち 
 +  ふたりたちみな立ていぬさ京のかみいはくこのをのこをはかくえもいは 
 +  ぬものくるひとはしりたりつれとも司のかみとてきむつひつれはよし 
 +  とは思はねとをうへき事もあらねはさとみてあるにかかるわさをしてはからん 
 +  をはいかかすへき物あしき人ははかなき事につけてもかかる也いかに世の人/28ウy60 
 + 
 +  ききつたへてよのわらひくさにせんとすらんと空をあふきてなけ 
 +  き給事かきりなし用経は馬に乗てはせちらして殿に参てにゑ殿 
 +  のあつかりよしすみにあひて此あらまきをはおしとおほさはおいらかにとり 
 +  給てはあらてかかる事をしいて給へるとなきぬはかりにうらみののしる 
 +  事かきりなしよしすみかいはくいかにの給事そあらまきはたてまつ 
 +  りて後あからさまにやとにまかりつとてをのかおのこにいふやう左京 
 +  の守のぬしのもとから荒巻とりにをこせたらは取て使にとらせよ 
 +  といひをきてまかててたた今帰まいりてみるにあらまきなけれはいつ 
 +  ちいぬるそととふにしかしかの御使ありつれはの給はせつるやうにとり 
 +  てたてまつりつるといひつれはさにこそはあんなれとききてなん侍る 
 +  事のやうをしらすといへはさらはかひなくともいひあつけつらん主を 
 +  よひて問給へといへは男をよひてとはんとするにいてていにけり膳部 
 +  なる男かいふやうをのれらかへやに入ゐてききつれはこのわかぬし/29オy61 
 + 
 +  たちのまきにささけられたるあらまきこそあれこはたかおきたる 
 +  そなんのれうそととひつれはたれにかありつらん左京のさくわんの主 
 +  の也といひつれはさてはことにもあらすすへきやうありとてとり 
 +  おろして鯛をはみなきりまいりてかはりにふるしりきれひらあした 
 +  なとをこそ入てまきにをかるときき侍つれとかたれは用経聞てし 
 +  かりののしる事限なしこの声をききて人々いとおしとはいはて 
 +  笑ののしる用経しわひてかくわらひののしられんほとはありかしと 
 +  おもひて長岡の家にこもりゐたり其後左京のかみの家にも 
 +  えいかすなりにけるとかや/29ウy62
  
-この声をききて、人々「いとおし」とはいはで、笑ののしる。用経しわびて、「かくわらひののしられんほどはありかし」と、おもひて長岡の家にこもりゐたり。其後左京のかみの家にもえいかずなりにけるとかや。 
text/yomeiuji/uji023.txt · 最終更新: 2017/12/20 23:58 by Satoshi Nakagawa