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text:yomeiuji:uji018 [2014/04/07 21:27] Satoshi Nakagawatext:yomeiuji:uji018 [2017/11/01 20:53] Satoshi Nakagawa
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 +宇治拾遺物語
 ====== 第18話(巻1・第18話)利仁、暑預粥の事 ====== ====== 第18話(巻1・第18話)利仁、暑預粥の事 ======
  
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 **利仁、暑預粥(いもがゆ)の事** **利仁、暑預粥(いもがゆ)の事**
  
-今は昔、利仁の将軍のわかかりける時、時の一のの御に、恪勤して候けるに、正月に大饗せられけるに、そのかみ大饗てて、とりばみ水いふをばびて、れずて大饗のおろし米とて、給仕したる恪勤のものどもの食ける+今は昔、利仁(としひと)の将軍((藤原利仁))かりける時、その時の一のの御もとに、恪勤(かくごん)して候けるに、正月に大饗(だいきやう)せられけるに、そのかみ大饗てて、取食み(とりばみ)と((「取食みと」は底本「とりはみ水」。諸本により訂正。))いふをばびて、れず大饗のおろし米とて、給仕したる恪勤のどもの食けるなり
  
-その所に年になりて、きうしたるの中には、所たる五位ありけり。そのおろしこめの座にて芋粥すすりて、舌うちをして「あはれ、いかでいも粥にかん」と、いひければ、とし仁これをきて「大夫殿、いまだいもがゆかせ給はずや」とふ。五位「いまだき侍らず」と、いへば、「かせたてまつりてんかし」と、いへば「かしこく侍らん」とて、やみぬ。+その所にごろになりて、したるの中には、所たる五位ありけり。そのおろしの座にて芋粥すすりて、舌うちをして「あはれ、いかで粥にかん」とひければ、これをきて「大夫殿、いまだ芋粥かせ給はずや」とふ。五位「いまだき侍らず」とへば、「かせりてんかし」とへば「かしこく侍らん」とて、やみぬ。
  
-さて四五日ありて、ざうしずみにてありける所へ、利仁「いざさせ給へ、湯あみに大夫殿」と、いへば「いとかしこきかな。こよひ身のかゆく侍つるに。乗物こそは侍らね。」と、いへば「ここにあやしの馬して侍り」と、いへば「あなうれしあなうれし」と、いひて、すわたのきぬ二に、あをにさしぬきすそやれたるに、おなじ色のかり衣のかたすこし落たるに、したの袴もず鼻たかなるもののさきあかみて、穴のあたりればみたるは、すすはなをのごはぬなめりとゆ。狩衣のうしろは、帯にきゆめられたるままに、引もつくろはぬはいみじうみぐるかしけれども、さきてても人も馬にりて、河原ざまにうち出ぬ。五位のともには、あやしの童だになし。利仁がともには調度がけ、とねざうしきひとりぞ有ける。+さて四五日ばかりありて、曹司住(ざうしず)みにてありける所へ、利仁やう、「いざさせ給へ、湯あみに大夫殿」とへば「いとかしこきことかな。今宵、身のく侍つるに。乗物こそは侍らね。」とへば「ここにあやしの馬して侍り」とへば「あなうれしあなうれし」とひて、薄綿(うすわた)衣(きぬ)つばかりに、青鈍(あをにび)指貫裾破れたるに、じ色の衣の、肩少し落たるに、の袴も高(はなたか)なるものの、先みて、穴のあたりればみたるは、すすをのごはぬなめりゆ。狩衣のろは、帯にきゆめられたるままに、引もつくろはぬはいみじう見苦。をかしけれども、てて、われも人も馬にりて、河原((鴨川))ざまにうち出ぬ。五位のには、あやしの童だになし。利仁がには調度がけ・舎人・雑色一人ぞありける。
  
-河原過て粟田口にかかるに「いずくへぞ」とへば、ただ「ここぞ、ここぞ」とて山科も過ぬ。「こは、いかに。『ここぞ、ここぞ』とて、山科もぐしつるは」とへば、「あしこ、あしこ」とて関山もぎぬ。「ここぞ、ここぞ」とて三井寺にりたる僧のもとへきたれば、「に湯かすとおもふだにも、物ぐるしう遠かりけり」と思に、ここにも湯ありげにもなし。「いづら、ゆは」といへば、「まことはつるがへいてたてまつるなり」といへば、「物ぐるおしうおはしける。京にて、さとの給はましかば、下人などもぐすべかりけるを」といへば、利仁あざわらひて「とし仁独侍らば、千人とおぼせ」と云。かくて物など食て急出ぬ。そこにてぞ利仁やなぐひとりてをひける+河原うち粟田口にかかるに「いずくへぞ」とへば、ただ「ここぞ、ここぞ」とて山科も過ぬ。「こは、いかに。『ここぞ、ここぞ』とて、山科もぐしつるは」とへば、「あしこ、あしこ」とて関山もぎぬ。「ここぞ、ここぞ」とて三井寺にりたる僧のもとへきたれば、「ここに湯かすとふだにも、物ぐるしう((物ぐるほしう」は底本「物ぐるしう」。諸本により補う。))遠かりけり」と思に、ここにも湯ありげにもなし。
  
-かくて行程にみつの浜に狐の一、はしり出たをみて「よきたより出きたり」とて、利仁、狐ををしかくれば、狐みをなげて逃れども、をひせめられてえにげず。落かかりて、狐の尻足を取て引あげつ。乗たいとかこしともみえざりつれ共、いみじき逸物にてありければいくばくものばずしてらへる所に、此五位はしらせていきつきたれば、狐を引あげて云様は「わ狐、こよひの内に利仁が家のつるがにまかりていはむやうは『我に客をぐしたてまつりてくだる也。明日の巳の時に高島辺にをのこどもへに、馬二鞍きて二疋ぐしてまうでこ』。もしいはぬ物ならば、わ狐ただ心みよ。狐は変化る物なれば、けふのうちに行つきていへ」てはなてば、「荒涼の使哉」とふ。「よし御らんぜよ。まらでは、よにあらじ」と、いふにはやく、狐み返しみ返しし前に走行「よくまかるなめり」と、いふあはせて、走先立うせぬ+「いづら湯は」と言へば「まこと敦賀へ率て奉り」と言へば、「物ぐほしうおはしける。京にて、さと、のば、ども具すべりけるへば、利仁、あざ笑ひて、「利仁、独り侍らば、千人思せ」とふ。かく物など食ひ急ぎ出でぬそこにて利仁、胡籙(やなぐひ)取り負ひける
  
-かくて其夜は道りてとめて、とくて行に、巳時斗卅騎斗こりて物あり。「なにかあらん」とみるに、をのこどもまうできたり」「不定事哉」と云程に、ただちちかく成て、はらはらおるる程にこれみよ。誠におはしたるは」といへば利仁うちほをえみて「何事ぞ」とふ。+かくて行くほど、三津の浜に、狐の一つ、走出でたるを見、「良き便り出で来たり」て、利仁、狐を押しかくれば、狐、身を投げて逃ぐれども、追ひ責られて、え逃げず。落ちかかりて、狐の尻足を取りて引き上げつ。乗りたる馬は、いかしこしとも見えざりつれども、いみじき逸物(いちもつ)にてありければ、いばくものばさずして、捕へたる所に、この五位、走らせて行き付きたれば、狐を引き上げて言ふやうは「わ狐、今宵の内に、利仁が家の敦賀まかりて、言はむやうは『はかに客人を具し奉りてり。明日の巳の時、高島辺に、男(をのこ)ども、迎へに馬に鞍置きて、二疋具してまうで来(こ)』。もし言はぬもならば、わ狐、ただこころみよ。狐は変化あるものなれば、今日のうちに行き着き言へ」とて放てば「荒涼の使ひかな」言ふ。よし御覧ぜよ。まからで、よにあらじ」と言ふにはやく狐、見返し見返しし、前に走り行く。よく、まかるめり」とにあはせて、走り先き立ちて、失せぬ
  
-おとなしき郎等、すすみて、「希有事の候つる也」といふ。「まづ馬や」いへば「二疋さぶらふ」云。食物などし来ければ、そのほどにおりゐてくふつゐでに、なしき郎等のいふやう「夜部、けうの事のさぶらひし也。戌斗に大ん所のむねをきりにきりてやませ給しか『如何成事に』とて『俄に僧めさん』などさはがせ給し程に、てつから仰さぶらふやう『なにかさはがせ給。をのれは狐也。別のとなし。此《 》みつの浜に、殿の下らせ給つに逢たてまつたりつる、逃つれども先げてとへられたてまつりたりつるに、『けふのうちにわが家にいきつきて、客人ぐしたてまつりてなくだ。あす巳時馬二に鞍をきてぐして、をのこども高島のつにまいあへ。もし、けふのうちにいきつきていはずば、からきめ見せんずるぞ』と、仰られつるなり。をのこども、くとく出立てまいれ。遅まいらば、我は勘当うぶりん』、をぢさはがせ給つれば、をのこめしおほせさぶらひつれば例さまにならせ給其後鳥とも参さぶらひつ」と、いへば、利仁うちみて五位にみあはすれば、五位あさまし」と、思たり+かくて、道に留て、つめて、とく出で行くほどに、まこに巳時ばりに、三十騎ばか、こ者あ。「なににかあらん」と見るに、「男(をのこ)ども、詣で来たへば、「不定のことかな言ふほどに、ただ近(ちか)近くりて、ははらと降るるほど「これ見よまことにおはした」とへば、利仁うちほほ笑みて「何ごとぞ」と問ふ
  
-どくひはてて急立て、くらぐらに行きぬ。「これみよ、となけりと、みあり。五位は馬よりおさま見るわわくめでたき事もときたるきぬ二うへに、利仁宿衣をきども、身すぎたるべけいみじうさむげにたるに、すびつ火をおほふおこり。たたみあらかきて、くだ物くひ物まうけて、しくおぼゆるに「道程さむざむおはしてんて、ね色のきぬわたあつらかなる三つひきかさねて、もてきてうちおほるに、たのしとはおろかなり。+おとしき郎等進みて、「希有(けう)のことの候ひるなり」と言ふ。「まづ、馬はありや」言へば、「二疋さぶらふ」と言ふ。食ひ物どして来れば、そのほどに下居て食ふついでに、おなしき郎等の言ふやう「夜べ希有のことのぶらしなり。戌時ばか台盤所(だいばんどころ)、胸きりにきりて病ませ給ひかば『いかがなることか』とて、はかに『僧召さん』などせ給ひしほどに、てづから仰せさぶらふやう『何(なに)か騒がせ給ふ。おのは狐なり。別ことな。この五日((「五日」は底本空白。諸本により補う。))、三津の浜にて、殿の下らせ給ひつるに逢ひ奉りりつに、逃げつどもえ逃で((「え逃げで」は、底本「先けて」。諸本により訂正。))、捕へられ奉りりつるに、『今日のうちに、わ行き着きて、『客人、具てなん下る明日、巳時に、馬二つにに鞍置きて、して、男(をこ)ども、高島津に参り合へ』と言へ。も、今日のうちに行き着き言はずは、からき目、見せずるぞ』仰せられつるな。をこども、とくとく出で立ちて参れ。遅く参ば、われは勘当うぶりん』と、怖ぢ騒がせ給ひれば、をのこどもに召し仰せさぶらつれば、例ざまにならせ給に。その後鳥ととに参りさぶらなり」と言へば、利仁、うち笑みて、五位見合はすれば五位「あさま、思たり。
  
-くひなどて、ことしづまりたるに、しうとの有仁いできいふやうは「こはいかではわたせ給へるぞ。これにあはせて御使のさま、物るおしうて、うへ、はかにやませたてまつり給ふけうの事也」といへば、利仁うち笑て物の心みん、とおもひてしたりつる事を、誠にまうできて、つけて侍にそあんな」といへばしうとも笑て「希有の事也」といふ。「ぐしたてつらせ給てん人は、此おはします殿の御事か」いへば、「さに侍。『芋粥にいまだあかず』と、仰らるれば、『あかせたてまつらん』とていてたてまつたる。いへばやすき物かせ給はざりけるかな」とて、たはぶれば、五位「『東山に湯わかしたり』とて、人をはかりいでて、かくの給なり」など、いひたはぶれて、夜すこし更ぬれば、しうとも入ぬ+物など食ひ果てて、急ぎ立ちて、暗々(くらぐら)行き着きぬ。「これ見よ、まと、あさみあひたり。
  
-ね所とおぼしき所に、五位ねんとするに、綿四五寸斗あるひたた((傍書 「宿衣カ」))あり。我むかし、なのあるにかゆき所もいでくるきぬれば、ぬぎおきてねり色のきぬ三がうへに、のひたたれひききてふしたる心いまだなはぬに、気もあつべし。あせ水にるに、かたはらに人のはたらけば「たそ」と、とへば「御あし給へと候へばまいりる也」と云。けはひにくからねば、かきふせて風のすく所にふせたり。+五位は馬より下り、家のさまを見るに、にぎははしくめできこと、ものにも似ず。もと着る衣(きぬ)二つが上に、利仁が宿衣を着せたれど、身中しるべければいみじ寒げ思ひたるに、長炭櫃(ながすびつ)に火を多こしたり。畳敷きて果物・食ひ物しまうけて、たのく思ゆるに、「道のほど寒くおしつ」と練色(ねりいろ)の衣の綿厚らかなるひき重ねて持て来てうち覆たるに、楽しとはおろり。
  
-かかる程に、たかくいふゑす。「何事ぞ」きけばこのさけびやう「このへんの下人うけ給あすの卯時に、切口三寸ながさ五尺芋各一筋づつもてまいれ」といふなりけり。「あさましう、おほのかにもいふ物」とききね入ぬ+食ひなどして、こと静まりたるに舅(しうと)有仁、出で来言ふやう「こはいかで、かくはわたらせ給へるぞこれあはせて御使のさま、物ぐるほしう上(うへ)、にはかに病ませ奉り給。希有のことなり」といへば、利仁、うち笑ひて「『の心みん』と思ひてしたりつることを、まことに詣で来て、告げて侍るにこそあんなれ」と言へば、舅も笑ひ「希有のことなり」と言ふ
  
-暁がたにきけば庭に筵くおとのるをわざするにからんきくに、こやたうばんよりはじめて、おき立たる蔀あに、見れば、なむしろをぞ四五枚敷たる。「にのれうにかあらん」と、程にげす男の木のやうなる物を、かたにうちかけてきて、一すぢいぬ。其後うちつづきもてきつつををみれば、誠に口二三寸斗いもの五六尺ばかりなるを、一すぢづつもてきて、をくとすれど、巳時までをきければ、ゐたるやとひとしくをきなしつ+「具し奉らせ給ひつらん人はこのおは殿の御事か」と言へば、侍り。『芋粥いまだ飽ず』と仰せらるれば、『飽かせ奉らんとて、奉りたる。言へばやすきものえ飽かせ給はざりけるかな」とたはぶれば五位「『東山に湯沸り』とて、謀り出でて、くのたまふなど言ひたはぶれて、夜少し更れば、舅も入ぬ
  
-夜部さけびはやう「そのへにあ下人のかぎりに、物いひき」とて、人よびの岡とて、つかへ《》ていふなりけり。ただこゑのをおよぶぎりのめぐりの下人のかりのてくにだにさばかりおほかり。まして、たちのきたるずさどのおほさをおもひやるべし。+寝所とおぼき所に五位、入りて、寝とするに、綿、四・五寸ばりある直垂((底本「宿衣カ」と傍書))り。わがもとの薄綿はつか((底本他諸本とも「むかしう」。文意「つ」を補う))あるにか、出で来衣なれば脱ぎ置きて、練色衣三つが上に、この直垂ひ着て臥したる心、いまだならはぬに、気あげつべし。
  
-「あさまし」と、みたる程五石なはのかまを五六舁もきて、庭にくゐどもうちてすへわたしたり。「何のれうぞ」と、みに、しほきぬのあをといふ物きて帯して、わかやうきたなげなき女ども、しろくあたらしき桶に水を入て此釜どもにさくさくといる。なにぞ湯わかすか」と、みれば、此水みるはみせんなけり。わかすおのこどもの、袂より手出したる、うすらかなる刀のながやかなるもたるが、十余人斗いできて、此いもをむきつ、すきぎりにきれば「はやく芋粥にるなりけり」と、みるに、くふべ心ちもかへりてはうとましにたり。+汗水にてしたるに、また傍らたらけば、誰(た)そ」と問へば、「『御足給へ』候へばりつるなり」と言ふ。気配くからねば風のす臥せたり。
  
-さらさらとへらして「いもかゆいでまうできたり」といふ。「まいらせよ》て、先大なるかはらぐして、かね一斗ばかり入ぬべきに、三四に入て「且」とてもてきたるにあきて一もりをだにえくはず。「あきにたり」と、いへば、いみじわらひてあつまりてゐて「客人殿御とく、いもかゆくひつ」と、いひあへり。+かかるほど、物高く言声す。「何事ぞ」とば、男(をのこ)の叫び言ふやう「こ辺(へん)下人、承はれ。明日の卯の時に、切り口長さ五尺の芋おのおの筋づつ持()て参れ」と言ふなりけり。「あさましう、おほにも言ふもの」と聞きて寝入
  
-かやうにするに、のなが屋の軒に狐のさしのぞきてたるを、利仁見つけて「かれ御らんぜよ。候し狐のげざんするを」とて、「かれに物はせよ」とひければ、はするに、うちひてけり。かくて、よろづの事たのしといへばおろか。一月ばかりありてのぼりけるに、けおさめのさうぞくどもあまたくだり、、ただの八丈わたきなど皮子どもに入てらせ、はじめの夜の直垂はたさらなり、馬に鞍きながらとらせてこそをくりけれ+暁方に聞けば、庭に筵(むしろ)敷く音のするを、「何わざするにあらん」と聞くに、小屋当番よりはじめて、起き立ちて居たるほどに、蔀(しとみ)上げたるに、見れば、長筵(ながむしろ)をぞ四・五枚敷きたる。「なにの料にかあらん」と見るほどに、下種(げす)男の、木のやうなる物を肩うちかけて来て、一筋置きて去(い)ぬ。その後、うち続き持て来つつ置くを見れば、まことに口二・三寸ばかりの芋の、五・六尺ばかりなるを、一筋づつ持て来て、置くとれど、巳時まで置きければ、居た屋と等しく置きなしつ。 
 + 
 +夜べ叫びしは、はやう「その辺(へん)にある下人のかぎりに、物言ひ聞かす」とて、「人呼び岡」とてある塚の上にて言ふりけり。ただ、その声の及ぶ限りの、めぐりの下人の限りの持て来るにだに、さばかり多かり。まして、立ちのきたる従者どもの多さを思ひやるべし。 
 + 
 +「あさまし」と見たるほどに、五石なはの釜を、五六舁(かき)持て来て、庭に杭ども打ちて、据ゑわたしたり。「何の料ぞ」と見るほどに、しほきぬの襖(あを)といふ物着て、帯して、若やか((「若やか」は底本「わかやう」。諸本により訂正))に汚なげなき女どもの、白く新しき桶に水を入れて、この釜どもにさくさくと入る。「何ぞ、湯沸かすか」と見れば、この水と見るは、味煎(みせん)なりけり。沸かす男(おのこ)どもの、袂より手出だしたる、うすらかなる刀の、長やかなる持たる、十余人ばかり出で来て、この芋を剥きつつ、すき切りに切れば、「はやく、芋粥煮るなりけり」と見るに、食ふべき心地もせず、かへりてはうとましくなりにたり。 
 + 
 +さらさらとかへらかして、「芋粥、出で詣で来にたり」と言ふ。「参らせよ」とて、まづ大きなる土器(かはらけ)具して、金(かね)の提(ひさげ)の一斗ばかり入りぬべきに、三・四に入れて、「且(かつ)」とて持て来たるに、飽きて、一盛りをだにえ食はず。「飽きにたり」と言へば、いみじう笑ひて、集まりて居て、「客人殿の御徳に、芋粥食ひつ」と言ひあへり。 
 + 
 +かやうにするほどに、向ひの長屋の軒に狐のさしきてたるを、利仁「かれ御ぜよ。候し狐の見参(げざん)するを」とて、「かれに物はせよ」とひければ、はするに、うちひてけり。 
 + 
 +かくて、よろづのこと、楽しといへばおろかなり。一月ばかりありてりけるに、褻()・納めの装束(さうぞく)どもあまたくだり、また、ただの八丈・綿(わた)・絹(ぬ)など皮子どもに入らせ、はじめの夜の直垂はたさらなり、馬に鞍きながら取らせてこそ送りけれ。 
 + 
 +きう者なれども、所につけて、年ごろになりてゆるされたる者は、さる者の、おのづからあるなりけり。 
 + 
 +===== 翻刻 ===== 
 + 
 +  今は昔利仁の将軍のわかかりける時其時の一の人の御本に恪勤し 
 +  て候けるに正月に大饗せられけるにそのかみ大饗はててりはみ水いふ 
 +  物をはよひていれすして大饗のおろし米とて給仕したる恪勤の 
 +  ものともの食ける也その所に年比になりてきうしたる物の中には所え/19オy41 
 + 
 +  たる五位ありけりそのおろしこめの座にて芋粥すすりて舌うちを 
 +  してあはれいかていも粥にあかんといひけれはとし仁これをききて大夫殿 
 +  いまたいもかゆにあかせ給はすやととふ五位いまたあき侍すといへはあ 
 +  かまつりてんかしといへはかしこく侍らんとてやみぬさて四五日斗 
 +  ありてさうしすみにてありける所へ利仁きていふ様いささせ給へ湯 
 +  あみに大夫殿といへはいとかしこき事かなこよひ身のかゆく侍つるに 
 +  乗物こそは侍らねといへはここにあやしの馬くして侍りといへはあなう 
 +  れしあなうれしといひてうすわたのきぬ二斗にあにひのさしぬきのすそ 
 +  やれたるにおなし色のかり衣のかたすこし落たるにしたの袴もきす 
 +  鼻たかなるもののさきはあかみて穴のあたりぬれはみたるはすすは 
 +  なをのこはぬなめりとみゆ狩衣のうしろは帯にひきゆかめられたるまま 
 +  に引もつろはぬはいみしうみくるしおかしけれともさきにたてて我も 
 +  人も馬にのて河原さまにうち出ぬ五位のともにはあやしの童たになし/19ウy42 
 + 
 +  利仁かともには調度かとねりさうしきひとりそ有ける河原打過 
 +  て粟田口にかかるにいすくへそととへはたたここそここそとて山科も過ぬ 
 +  こはいかにここそここそとて山科もすくしつるはといへはあしこあしことて関山も 
 +  すきぬここそここそとて三井寺にしりたる僧のもとへゆきたは爰に湯 
 +  わかすとおもふたにも物くるしう遠かりけりと思にここにも湯あ 
 +  りけにもなしいつらゆはといへはまことはつるかへいてたてまつる 
 +  なりといへは物くるおしうおはしける京にてさとの給はましかは下人 
 +  なともくすへかりけるをといへは利仁あさわらひてとし仁独侍らは 
 +  千人とおほせと云かくて物なと食て急出ぬそこにてそ利仁 
 +  やなくひとりてをひけるかくて行程にみつの浜に狐の一はしり出 
 +  たるをみてよきたより出きたりとて利仁狐ををしかくれは狐みを 
 +  なけて逃れともをひせめられてえにけす落かかりて狐の尻足を 
 +  取て引あけつ乗たる馬はいとかしこしともみえさりつれ共いみしき逸物/20オy43 
 + 
 +  にてありけれはいくはくものはさすしてとらへたる所に此五位はしらせていき 
 +  つきたれは狐を引あけて云様はわ狐こよひの内に利仁か家のつるかに 
 +  まかりていはむやうは俄に客人をくしたてまつりてくたる也明日の 
 +  巳の時に高島辺にをのこともむかへに馬二鞍をきて二疋くしてま 
 +  うてこといへもしいはぬ物ならはわ狐たた心みよ狐は変化ある物なれは 
 +  けふのうちに行つきていへとてはなては荒涼の使哉といふよし御らん 
 +  せよまからてはよにあらしといふにはやく狐み返しみ返しして前に走行よく 
 +  まかるめりといふにあはせて走先立てうせぬかくて其夜は道に留りて 
 +  つとめてとく出て行程に誠に巳時斗に卅騎斗こりてくる物あり 
 +  なににかあらんとみるにをのこともまうてきたりといへは不定の事哉 
 +  と云程にたたちかにちかく成てはらはらとおるる程にこれみよ誠におはしたる 
 +  はといへは利仁うちほをえみて何事そととふおとなしき郎等すすみて 
 +  希有の事の候つる也といふまつ馬はありやといへは二疋さふらふと云食物/20ウy44 
 + 
 +  なとして来けれはそのほとにおりゐてくふつゐてにおとなしき郎 
 +  等のいふやう夜部けうの事のさふらひし也戌時斗に大はん所のむねを 
 +  きりにきりてやませ給しかは如何成事にかとて俄に僧めさんなとさは 
 +  かせ給し程にてつから仰さふらふやうなにかさはかせ給をのれは狐也別の 
 +  ことなし此□みつの浜にて殿の下らせ給つるに逢たてまつりたりつるに 
 +  逃つれとも先にけてとらへられたてまつりたりつるにけふのうちにわか家に 
 +  いきつきて客人くしたてまつりてなんくたるあす巳時に馬二に鞍をきて 
 +  くしてをのことも高島のつにまいりあへといへもしけふのうちにいきつ 
 +  きていはすはからきめ見せんするそと仰られつるなりをのこともとく 
 +  とく出立てまいれ遅まいらは我は勘当かうふりなんとをちさはかせ給つ 
 +  れはをのこともにめしおほせさふらひつれは例さまにならせ給にき其後 
 +  鳥とともに参さふらひつる也といへは利仁うちえみて五位にみあはすれは五 
 +  位あさましと思たり物なとくひはてて急立てくらくらに行つきぬこれ/21オy45 
 + 
 +  みよまことなりけりとあさみあひたり五位は馬よりおりて家のさまを 
 +  見るににきわわしくめてたき事物にもにすもときたるきぬ二かうへに 
 +  利仁か宿衣をきせたれとも身の中しすきたるへけれはいみしうさむけに 
 +  思たるになかすひつに火をおほふおこしたりたたみあつらかにしきてく 
 +  た物くひ物しまうけてたのしくおほゆるに道の程さむくおはしつらん 
 +  とてねり色のきぬのわたあつらかなる三つひきかさねてもてきて 
 +  うちおほひたるにたのしとはおろかなり物くひなとしてことしつまり 
 +  たるにしうとの有仁いてきていふやうこはいかてかくはわたらせ給へるそ 
 +  これにあはせて御使のさま物くるおしうてうへにはかにやませたてまつり 
 +  給ふけうの事也といへは利仁うち笑て物の心みんとおもひてしたり 
 +  つる事を誠にまうてきてつけて侍にこそあんなれといへはしうとも 
 +  笑て希有の事也といふくしたてまつらせ給つらん人は此おはします 
 +  殿の御事かといへはさに侍り芋粥にいまたあかすと仰らるれはあかせたて/21ウy46 
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 +  まつらんとていてたてまつりたるいへはやすき物ともえあかせ給はさり 
 +  けるかなとてたはふるれは五位東山に湯わかしたりとて人をはかりいてて 
 +  かくの給なりなといひたはふれて夜すこし更ぬれはしうとも入ぬ 
 +  ね所とおほしき所に五位入てねんとするに綿四五寸斗ある 
 +  ひたたれ(宿衣歟)あり我もとのうすわたはむかしうなにのあるにかかゆき所も 
 +  いてくるきぬなれはぬきおきてねり色のきぬ三かうへにこのひたたれ 
 +  ひききてふしたる心いまたならはぬに気もあけつへしあせ水にてふし 
 +  たるに又かたはらに人のはたらけはたそととへは御あし給へと候へはまいり 
 +  つる也と云けはひにくからねはかきふせて風のすく所にふせたり 
 +  かかる程に物たかくいふこゑす何事そときけはをのこのさけひて云 
 +  やうこのへんの下人うけ給はれあすの卯時に切口三寸なかさ五尺の芋 
 +  各一筋つつもてまいれといふなりけりあさましうおほのかにもいふ物哉 
 +  とききてね入ぬ暁かたにきけは庭に筵しくおとのするをなにわさする/22オy47 
 + 
 +  にかあらんときくにこやたうはんよりはしめておき立てゐたるほ 
 +  とに蔀あけたるに見れはなかむしろをそ四五枚敷たるなにのれう 
 +  にかあらんとみる程にけす男の木のやうなる物をかたにうちかけてきて 
 +  一すちをきていぬ其後うちつつきもてきつつをくをみれは誠に口二三 
 +  寸斗のいもの五六尺はかりなるを一すちつつもてきてをくとすれと 
 +  巳時まてをきけれはゐたるやとひとしくをきなしつ夜部さけひ 
 +  しははやうそのへんにある下人のかきりに物いひきかすとて人よひの 
 +  岡とてあるつかのうへにていふなりけりたたそのこゑのをおよふかきり 
 +  のめくりの下人のかきりのもてくるにたにさはかりおほかりましてたち 
 +  のきたるすさとものおほさをおもひやるへしあさましとみたる程に 
 +  五石なはのかまを五六舁もてきて庭にくゐともうちてすへわたし 
 +  たり何のれうそとみる程にしほきぬのあをといふ物きて帯して 
 +  わかやうにきたなけなき女どもの、しろくあたらしき桶に水を入て/22ウy48 
 + 
 +  此釜ともにさくさくといるなにそ湯わかすかとみれは此水とみるはみ 
 +  せんなりけりわかすおのこともの袂より手出したるうすらかなる刀の 
 +  なかやかなるもたるか十余人斗いてきて此いもをむきつつすききり 
 +  にきれははやく芋粥にるなりけりとみるにくふへき心ちもせすかへりて 
 +  はうとましく成にたりさらさらとかへらかしていもかゆいてまうてきに 
 +  たりといふまいらせよとて先大なるかはらけくしてかねの提の一斗は 
 +  かり入ぬへきに三四に入て且とてもてきたるにあきて一もりをたにえ 
 +  くはすあきにたりといへはいみしうわらひてあつまりてゐて客人殿の 
 +  御とくにいもかゆくひつといひあへりかやうにする程に向のなか屋の軒 
 +  に狐のさしのそきてゐたるを利仁見つけてかれ御らんせよ候し狐 
 +  のけさんするをとてかれに物くはせよといひけれはくはするにうちく 
 +  ひてけりかくてよろつの事たのしといへはおろか也一月はかりありて 
 +  のほりけるにけおさめのさうそくともあまたくたり又たたの八丈/23オy49 
 + 
 +  わたきぬなと皮子ともに入てとらせはしめの夜の直垂はたさ 
 +  らなり馬に鞍をきなからとらせてこそをくりけれきう者なれ 
 +  とも所につけて年比になりてゆるされたるものはさるもののをの 
 +  つからある也けり/23ウy50
  
-きう者なれども所につけて年比になりてゆるされたるものは、さるもののをのづからある也けり。 
text/yomeiuji/uji018.txt · 最終更新: 2017/12/20 23:56 by Satoshi Nakagawa