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text:yomeiuji:uji003 [2014/09/27 17:15] Satoshi Nakagawatext:yomeiuji:uji003 [2017/12/20 23:45] (現在) – [第3話(巻1・第3話)鬼に瘤取らるる事] Satoshi Nakagawa
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 **鬼に瘤取らるる事** **鬼に瘤取らるる事**
  
-これも今はむかし、右の顔に大なるこぶある翁ありけり。大かうじの程なり。人にまじるに及ばねば、薪をとりて世をすぐる程に、山へ行きぬ。雨風はしたなくて、帰にをよばで、山の中に、心にもあらずとまりぬ。又、木こりもなかりけり。おそろしさすべきかたなし。+===== 校訂本文 =====
  
-木のうつほのありけに、はい入て、目もはず、かがまて居たるどに、はるより人音おくして、とめきくるをとすいかも山の中にただひとりゐたるに、人のけはひのしけれ、少いきいづる心ちして見いだしければ、大かた、やうやう、さまざまなる物ども、あかき色には青き物き、黒き色には赤き物、たうさぎにかき、大かた目一あ物あり、口なき物な、大かた、いかもいふべきにもあらぬ物ども百人斗おしめあつまりて、火をてんのめのごとくにともして、我ゐたるうつほ木のまへに居まはり。大かた、いとど物おぼえず+これも今は昔、右顔に大きなる瘤(こぶ)あるありけり。大柑子(おほかうじ)のほどなりまじるにば、取りて世過ぐどに、山へ行きぬ。
  
-むねとあるとみゆる鬼、横座にゐり。うらうへに二らび居なみたる鬼数をしらず。そすがたおのおのいひつくしがたし。酒まいせ、あそぶあ、この世の人のする定也。びたびかはらけはじまりて、むねとの鬼、ことのほかにゑいたるさま也。すゑよわかき鬼、一人立て、折敷をかざして、にといふに、くどきくせせる事をいひて、横座の鬼のまへにねいでてくどくめり。横座の鬼、盃を左の手にもちて、えみこ《た》れたるただこの世の人のごと。舞て入ぬ。次第に下よりまふ。あしくよくまふもあり+雨風はしたなくて、帰る及ばで中に心にもあず泊ぬ。また、樵夫(きこり)もなかりり。恐しさ、すべき方なし。
  
-し」とみるほどに、横座にゐた鬼のふやう「こよひ御あそびこそ、いつもすぐれれ。ただし、さもめつらしらんかなでをみばなどいふに、この翁、ものの付きたりける又しかるべく神仏の思はせ給けるにや「はれ走出てまはばや」と、おもふを一どは思いかへしつ、それ何となく鬼とがうちあげたる拍子のよげきこえければ、「さもあただはしりいでて舞てん。死なさてあなん」とりて、うつほよりゑぼしははなにたれかけたる翁、こしよきといふ木きる物さして、よこ座の鬼のゐたる前におど+木のうつほのりけるに、這い入りて、目も合はず、屈りて居たるほどに、遥かより人音多くして、とどめき来音す。かにもにただ一人居るに、人の気配のしければ、少し生き出づる心地して、見出だしければおほた、うやう様々(さまざま)る者も、赤き色は青き物を着色には赤き物を褌(ふさぎ)かきおほた、目一つあ口なき者など、おほかた、いかにも言ふべきにもあらぬ者ども百人り、ひしめき集まりて、火を天ごとくして、わが居たるうつほ木の前に居回ぬ。おほか、いとどもの思えず
  
-このどもおどりあがりて「こはなぞ」とさはぎあへり。おきな、のびあがり、かまりて、舞べきじりもじりえいごゑをいだして、一庭を走まはりま横座の鬼はじめて、あつまたる鬼ども、あさみ興ず+むねとあると見ゆる鬼、横座居たり。うらうへに二並びに居みたる鬼数を知らず。そ姿、おのおの言ひ尽したし。酒参らせ、遊ぶあさまこの世の人のする定(ぢやう)なり。たびたび土器(はらけ)始まりて、むねとの鬼、ことのほに酔(ゑ)ひたるさまな。末(すゑ)より若き鬼、一人立ちて、折敷(しき)をかざして、何と言にか、口説きくせせることを言ひて、横座の鬼の前にね出でて、口説くめ。横座の鬼、盃を左の手に持ちて、笑みこだれたるさまただこの世の人のごとし。舞ひて入りぬ。次第に下より舞ふ。悪しく、良く舞ふも
  
-こ座鬼のいはくおほく年比、の遊をしつれども、いまだかかるのにこそあはざりつれ。今より比翁、かやうの御あそびにからずうまいれ」とい申やう「さたにをよび候はず。いり候べし。このびはにはにて、おさめ手もわすれ候たり。かうに御らむにかなひ候しづかにつかうまつ」と。横座の鬼「みじく申たり。かならずまいるべき也」と云+「あさまし」と見るほどに、の横に居たる鬼の言ふやう、今宵御遊び、いつにすぐれたれ。ただしさもめづらしらん奏でを見ばど言に、この、物の付きりけるや、また、るべく神仏思はせ給ひけるにや、「あ出でて舞ばや」とを、一度(ちど)は思返しつ
  
-奥の座の三番居たる鬼「この翁はかくは申候へどもまいらぬ事も候はむずらんおぼえ候に質をやとらるべく候らむ」と云。横座の「しかべし、しかるべし」と、いひて「何をかとるべき」と、ををのいひさたするに横座の鬼のいふやう「かの翁がつらある、ぶをやとるべき。こぶはふくの物なれば、をぞおしみおもふらむ」と云に翁が云やう「ただ目鼻をめすとも此のこぶはゆるし給候はむ。年比持候物を、ゆへなくめされむ、すぢなき事の候なん」といへば横座鬼「うおしみ申物也。だそれをとべし」といへばりて「さは、とるぞ」とて、ねじてひく、おおかいたき事なし+それに、なく、鬼どもが打ち上げた拍子の、良げえければ、「さもあれ、ただ走り出でて舞ひてん。死なば、ありなん」と思ひ取りてうつほより、烏帽子は鼻に垂れたる翁の腰に斧(き)いふ木切物差して、横座の鬼の居たる前踊り出で
  
-て、「かならず、比度の御遊にまいるべし」とて、暁に鳥などなきぬれば、鬼どもかへり。翁、かほをさぐるに年来あしこぶなくかひごひたるやうにつやつやなかりければ木こらん事もわすれて家にかへりぬ+この鬼ども、踊り上りて、「こは何ぞ」と騒ぎあへり。翁、伸び上り屈ま舞ふべきぎり、すじりじりえい声を出だして、一庭を走り回り舞ふ。横座鬼より始めて、集り居たる鬼どもあさみ興ず
  
-うば「こ、いかりつる事ぞ」ととへば、「しかか」とかたる。「あさましき事哉」と+横座鬼のいはく多くの年ごろ、の遊びをしつれども、いまだかるものにこそ会はざりつれ。今よりこの翁、かやうの御遊びに必ず参れ」と言ふ。翁、申すやう、「沙汰に及び候はず。参り候ふべ。このたびは俄(には)にて、納めの手も忘れ候ひにたり。やうに御覧にかなひ候はば、静かにつかうまつり候はん」と言ふ横座の鬼、いみじく申たり。必ず参るべなり」と言ふ
  
-隣にある翁、左顔に大なるこぶありけるが、此翁、こぶうせたるをみて「こはにしてこぶうせさせ給たるぞ。いづこなる医師のとりたるぞ。我に伝給の瘤とらん」と、いひければ是はくすのとりたにもあらず。しかじかの事ありて、鬼のりた」とれば「我、その定にてと」と次第細に問ければ、をしへ+三番に居たる鬼、「この翁は申し候ども、参らぬことも候はむずらんと思え候ふに、質をや取らるべく候ふらむ」と言ふ。横座の鬼、「しべし、しかるべし」と言ひて、「何をかとるべき」と、おのおの言沙汰するに、横座の鬼の言ふやう、「かの翁がつらにある、瘤をや取るべき。瘤は福の物なれば、それをぞ惜み思ふ」と言ふに翁が言ふやう、「ただ目鼻をば召すとも、こ瘤は許し給ひ候はむ。年ごろ持ちて候ふ物、ゆゑなく召さむ、ずちなきことに候ひなん」と言へば、横座の鬼、「かう惜しみ申す物なり。ただそれ取るべ」と言ば、鬼、寄りて「さは、取るぞ」とて、ねじて引くに、おほかた痛きことなし
  
-此翁いふままにして、その木のうつほ入て待ければ、ことにきくやにして鬼どもできたり。+さて「必ず、このたびの御遊び参るべ」とて、暁に鳥など鳴きぬれば、鬼ども帰りぬ。翁、顔を探るに、年ごろありし瘤、跡形(あとかた)もなく、かいごひたるやうに、つやつやなかりければ、木こらんことも忘れて、家帰りぬ。妻の姥(ば)、「こは、かなつることぞ」と問へば、「しかじか」と語る。「あさましきことかな」と言ふ
  
-居まはりて、あそびて「いづら、翁はまいりたるか」と、いひければ、翁「おそろし」と思ながら、ゆるぎ出でたれば、鬼ども「ここに翁まいりて候」と申せば、横座の鬼「こちまいとくへ」とへば、さきの翁よりは天骨もなく、おろおろかなでたりければ、横座の鬼「このたびはわろく舞たり。返返わろしそのとりたりししちの瘤返したべ」いひければ、すゑつかたより鬼いきてしちのこぶ、返したぶぞ」とていまかたたのかほになつけたりければ、うらうへにこつきたる翁にこそ成たりけれ+隣にある翁、左の顔に大なる瘤あけるが、この翁、瘤の失せたるを見「こはいかにして瘤は失せさせ給ひたるぞ。いづこなる医師(くすし)の取り申したるぞ。われに伝へ給へ。この瘤取らん」と言ひければ「これは医師取りたるにもらず。しかじかのことありて、鬼の取りたるなり」と言ひければ、「われ、の定(ぢやう)にして取らん」とて、事の次第を細かに問ひければ、教へつ。 
 + 
 +この翁、言ふままにして、その木のうつほに入りて、待ちければ、まことに聞くやうにして、鬼ども出で来たり。 
 + 
 +居回りて、酒飲み、遊びて「いづら、翁はりたるか」とひければ、このし」と思ながら、ゆるぎ出でたれば、鬼ども「ここに翁りて候」と申せば、横座の鬼「こちとくへ」とへば、前(さき)の翁よりは天骨もなく、おろおろでたりければ、横座の鬼「このたびは悪(わろ)く舞たり。かへすがへす悪し。その取りたりし質の瘤、返し賜べ」と言ひければ、末つ方より鬼出で来て「質の瘤、返し賜ぶぞ」とて、いま片々(かたがた)の顔に投げ付けたりければ、うらうへに瘤付きたる翁にこそなりたりけれ。 
 + 
 +ものうらやみは、すまじきことなりとぞ。 
 + 
 +===== 翻刻 ===== 
 + 
 +  これも今はむかし右の顔に大なるこふある翁ありけり大かう 
 +  しの程なり人にましるに及はねは薪をとりて世をすくる 
 +  程に山へ行きぬ雨風はしたなくて帰にをよはて山の中に心にも 
 +  あらすとまりぬ又木こりもなかりけりおそろしさすへきかた 
 +  なし木のうつほのありけるにはい入て目もあはすかかまりて居/6ウy16 
 + 
 +  たるほとにはるかより人の音おほくしてととめきくるをとす 
 +  いかにも山の中にたたひとりゐたるに人のけはひのしけれは少 
 +  いきいつる心ちして見いたしけれは大かたやうやうさまさまなる物 
 +  ともあかき色には青き物をき黒き色には赤き物をたう 
 +  さきにかき大かた目一ある物あり口なき物なと大かたいかにもいふ 
 +  へきにもあらぬ物とも百人斗ひしめきあつまりて火をてんのめの 
 +  ことくにともして我ゐたるうつほ木のまへに居まはりぬ大かたい 
 +  とと物おほえすむねとあるとみゆる鬼横座にゐたりうら 
 +  うへに二ならひに居なみたる鬼数をしらすそのすかたおのおの 
 +  いひつくしかたし酒まいらせあそふありさまこの世の人のする定也 
 +  たひたひかはらけはしまりてむねとの鬼ことのほかにゑいたるさま也 
 +  すゑよりわかき鬼一人立て折敷をかさしてなにといふにか 
 +  くときくせせる事をいひて横座の鬼のまへにねり/7オy17 
 + 
 +  いててくとくめり横座の鬼盃を左の手にもちてえみこたれ 
 +  たるさまたたこの世の人のことし舞て入ぬ次第に下よりまふ 
 +  あしくよくまふもありあさましとみるほとにこの横座にゐ 
 +  たる鬼のいふやうこよひの御あそひこそいつにもすくれたれた 
 +  たしさもめつらしからんかなてをみはやなといふにこの翁ものの 
 +  付きたりけるにや又しかるへく神仏の思はせ給けるにやあはれ 
 +  走出てまははやとおもふを一とは思かへしつそれに何となく 
 +  鬼ともかうちあけたる拍子のよけにきこえけれはさもあれたた 
 +  はしりいてて舞てん死なはさてありなんと思ひとりて木のうつほ 
 +  よりゑほしははなにたれかけたる翁のこしによきといふ木きる 
 +  物さしてよこ座の鬼のゐたる前におとり出たりこの鬼ともおとり 
 +  あかりてこはなにそとさはきあへりおきなのひあかりかかまりて舞 
 +  へきかきりすしりもしりえいこゑをいたして一庭を走まはり/7ウy18 
 + 
 +  まふ横座の鬼よりはしめてあつまりゐたる鬼ともあさみ 
 +  興すよこ座の鬼のいはくおほくの年比この遊をしつれとも 
 +  いまたかかるものにこそあはさりつれ今より比翁かやうの御あそ 
 +  ひにかならすまいれといふ翁申やうさたにをよひ候はすま 
 +  いり候へしこのたひはにはかにておさめの手もわすれ候にたり 
 +  かやうに御らむにかなひ候ははしつかにつかうまつり候はんといふ横 
 +  座の鬼いみしく申たりかならすまいるへき也と云奥の座の三番 
 +  に居たる鬼この翁はかくは申候へともまいらぬ事も候はむすらん 
 +  とおほえ候に質をやとらるへく候らむと云横座の鬼しかるへししかるへし 
 +  といひて何をかとるへきとをのをのいひさたするに横座の鬼 
 +  のいふやうかの翁かつらにあるこふをやとるへきこふはふくの 
 +  物なれはそれをそおしみおもふらむと云に翁か云やうたた目鼻 
 +  をはめすとも此のこふはゆるし給候はむ年比持て候物をゆへなく/8オy19 
 + 
 +  めされむすちなき事に候なんといへは横座の鬼かうおしみ 
 +  申物也たたそれをとるへしといへは鬼よりてさはとるそとて 
 +  ねしてひくに大かたいたき事なくさてかならす比度の御遊 
 +  にまいるへしとて暁に鳥なとなきぬれは鬼ともかへりぬ 
 +  翁かほをさくるに年来ありしこふ跡かたもなくかひのこひ 
 +  たるやうにつやつやなかりけれは木こらん事もわすれて家に 
 +  かへりぬ妻のうはこはいかなりつる事そととへはしかしかとかたるあさ 
 +  ましき事哉と云隣にある翁左の顔に大なるこふありける 
 +  か此翁こふのうせたるをみてこはいかにしてこふはうせさせ給たる 
 +  そいつこなる医師のとり申たるそ我に伝給へこの瘤とらんと 
 +  いひけれは是はくすしのとりたるにもあらすしかしかの事ありて 
 +  鬼のとりたる也といひけれは我その定にしてとらんとて事の次 
 +  第を細に問けれはをしへつ此翁いふままにしてその/8ウy20 
 + 
 +  木のうつほに入て待けれはまことにきくやうにして鬼ともいて 
 +  きたり居まはりて酒のみあそひていつら翁はまいりたるかと 
 +  いひけれは此翁おそろしと思なからゆるき出てたれは鬼ともここに 
 +  翁まいりて候と申せは横座の鬼こちまいれとくまへといへ 
 +  はさきの翁よりは天骨もなくおろおろかなてたりけれは横 
 +  座の鬼このたひはわろく舞たり返返わろしそのとりたりし 
 +  しちの瘤返したといひけれすゑつかたより鬼いきて 
 +  しちのこ返したふそとていまかたたのかほになつけ 
 +  たりけれうらうへにこつきたる翁にこそ成たりけれ 
 +  物うらやみはすましき事なりとそ/9オy21
  
-物うらやみはすまじき事なりとぞ。 
text/yomeiuji/uji003.1411805714.txt.gz · 最終更新: 2014/09/27 17:15 by Satoshi Nakagawa