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text:yomeiuji:uji003 [2014/09/27 17:15] Satoshi Nakagawatext:yomeiuji:uji003 [2017/10/15 21:54] Satoshi Nakagawa
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 **鬼に瘤取らるる事** **鬼に瘤取らるる事**
  
-これも今はむかし、右の顔に大なるこぶある翁ありけり。大かうじのなり。人にまじるに及ばねば、薪をりて世をぐるに、山へ行きぬ。雨風はしたなくて、帰にをよばで、山の中に、心にもあらずとまりぬ。又、木こりもなかりけり。おそろしさすべきかたなし+これも今は、右の顔に大なる瘤(こぶ)ある翁ありけり。大柑子(おほかうじ)ほどなり。人にまじるに及ばねば、薪をりて世をぐるほどに、山へ行きぬ。
  
-木のうつほのありけるに、い入て、目もあはず、かがまりて居るほどに、はるかより人の音おほて、とどめきくをとす。いか山の中にただひとりゐたるに、人のけはひのしければ、少いきいづるちして見いだしければ、大かた、やうやう、さまざまなる物ども、あかき色には青き物をき、黒き色には赤き物を、たうさぎにかき、大かた目一ある物あり、口なき物など、大かた、いかにもいふべきにもあらぬ物ども百人斗おしめあつまて、火をてんのめのごとくにとして、我ゐたるうつほ木のまへに居まは大かたいとど物おぼえず+雨風くて、るに及ばで、山の中に、心にもあらず泊り。また樵夫()なかりけり。恐しさすべき方なし
  
-むねとあるとみゆる鬼、横座ゐた。うらうへに二ならびになみたる数をしらず。そすがた、おのおのいひつくしがたし酒まらせあそぶありさま人のする定也。たびたびかはらはじまりて、むねとの鬼ことのほかにゑいさま也。すゑよりわかき、一人立て折敷をざしてなにといふにか、くどくせせる事をいひて、横座の鬼のへにねいでくどくめり。横座の鬼もちて、えみこ《た》れたるさま、ただこ世の人のごとし。舞て入ぬ。次第下よまふあしくよくまふあり+木のうつほのりけるに、這い入て、目も合はず、屈まりて居たるほどに遥かより人音多くして、とどめき来る音す。いかにも山の中にただ一人居たるに気配れば、少し生き出づる心地して、見出だしければほかた、やうやう様々(さまざま)なる者ども、赤き色には青き物を着、黒き色には赤き物を褌(たふさぎ)にかき、おほかた、目つある者あり口なき者など、おほ、いかにも言べきもあらぬ者ども、百人ばひしめまりて、目のごとく灯して、わが居たるうつほ木居回おほかた、いとどの思えず
  
-さまし」ほどにこの横座にたる鬼のいふやう「こよの御あそびこそ、いつにもすぐれただし、さもめつらしからんかなでをみばや」などいふに、この翁、ものの付きたりけ、又しるべく神仏の思せ給けるにや「あはれ走出まはばや」とおもふ、一どは思いそれに何ともがうちあげたる拍子よげきこえければ、「さもあれ、ただはしでて舞てん。死なばさてありなん」と思ひとうつほよりゑぼしははなかけたる翁の、こしによきとい木きる物さよこ座の鬼のゐたる前におどり出たり。+むねと見ゆ、横座に居たり。うらうへに二並びに居なみたる鬼、数を知らず。そ姿おのおの言尽しが酒参らせ遊ぶあり、この定(ぢう)なり。たびたび土器(かは)始まりて、むねとの鬼、ことのほかに酔(ゑ)ひたさまなり。末(すゑ)より若き鬼一人立ちて、折敷(をしき)をか、何と言ふにか、口説きせせるこを言ひて、横座鬼の前でて、口説くめ。横座の鬼盃を左持ちて、笑みこだれたるさまただの世の人のごと。舞ひて入りぬ。次第り舞。悪良く舞ふもあり。
  
-この鬼どもおどりあがりて「こはなぞ」とさはぎあへりおきな、のびあがり、かがりて舞べきぎりすじりもじりえいごゑをいだして一庭をまはりまふ。横座の鬼よりはじめてあつまりゐたる鬼も、あさみ興ず+「あさまし」と見るほどに、この横座に居たるの言ふやう、「今宵の御遊びそ、いつもすぐれたれただし、さもめづらしからん奏でを見ばや」ど言ふに翁、物の付きたけるにや、まるべく神仏の思はせ給ひけるにや「あはれ、走り出でて舞ばや」と思ふを一度(いち)は思返しつ
  
-よこ座の鬼のいは「おほくの年比この遊をしつれども、いまだかかのにこはざつれ今より比翁かやうの御そびにからずうまいれ」といふ。翁申や「さたにをび候はず。まい候べし。このたびはて、おさめの手もわす候にり。かやうに御らむにかなひ候はばしづかつかうまつり候はん」といふ横座の鬼「いみじく申たり。かならずまいるべき也」と云+それに、何となく、どもが打ち上げた拍子、良げえければ、「さもれ、ただ走出でて舞ひてん死なばさて」と思ひ取りて、木のつほより、烏帽子かける翁の斧(よき)といふ木切る物差して、横座の鬼の居たる前に踊り出でたり。
  
-座の三番に居たる「この翁はかくは申候へども、まいらぬ事も候むずらんとおぼえ候に、質をやとらるべく候らむ」と横座の鬼「しかるべししかるべし」といひ「何をかとるべき」とをのをのいひさたるに横座の鬼のふやう「かの翁がつらにある、こぶやとるべき。こぶはふくの物なればそれぞおしみおもらむ」と云に、翁が云やう「ただ目鼻をばめすとも、此のこぶはゆるし給候はむ年比持て候物を、ゆへなくめされむ、すぢなき事の候なん」といへば、横座の鬼「かうおしみ申物也。ただそれをとるべし」といへば、鬼よりて「さはぞ」とてねじてひくにおおかたいたき事なし+の鬼ども、踊り上りて、「こ何ぞ」と騒ぎあへり伸び上り屈まり、舞ふべきかぎり、すじりもじり出だして一庭走り回り舞ふ。横座の鬼より始めて、集り居た鬼どもあさみ興ず
  
-さて、かならず比度にまいるべ」とて、暁に鳥などなきぬば、鬼どもか。翁、かほをさぐるに、年来ありしこぶ、跡かもなく、ひたやうに、つやつやかりければ、木こらん事もわすれて家にか+横座の鬼のいはく多くの年ごろの遊びをれども、いまだかるものにこそ会はざつれ今よりこの翁、かやうの御遊び必ず参れ」と言ふ。翁申すやう、「沙汰に及び候はず。参候ふべびは俄(には)にて、納め手も忘れ候り。かやうに御覧にかひ候はば、静かうまつ候はん」と言ふ。横座の鬼、「いみじく申したり。必ず参るべきなり」と言ふ
  
-うば「こは、なりつ事ぞ」ととへば、「しかか」とか「あさましき事哉」と+座の三番に居たる鬼、「この翁は、かくは申し候へども、参らぬことも候はむずらんと思え候ふに、質をや取らべく候ふらむ」と言ふ。横座の鬼、「しかるべし、しるべし」と言ひて、「何をべき」と、おのおの言ひ沙汰するに、横座の鬼の言ふやう、かの翁がつらにる、瘤をや取るべき。瘤は福の物なれば、それをぞ惜み思ふらむ」と言ふに、翁が言ふやう、「ただ目鼻をば召すとも、この瘤は許し給ひ候はむ。年ごろ持ちて候ふ物を、ゆゑなく召されむ、ずちなことに候ひなん」と言へば、横座の鬼、「かう惜しみ申す物なり。ただそれを取るべし」と言へば、鬼、寄りて「さは、取るぞ」とて、ねじて引くに、おほかた痛きことなし
  
-る翁、左の顔になるこぶありけるが此翁こぶのうせたるをみて「こはいかにしてこぶはうせさせ給たるぞ。いづこる医師のと申たぞ。我に伝給へ。の瘤らん」と、いひければ是はくすしのとりたるにもあらず。しかじかの事ありて、鬼のりた也」といひければ我、その定にらん」とて、事の次第を細に問ければ、をしへつ+さて、「必ず、このたびの御遊びべし」とて、暁に鳥など鳴きぬれば、鬼ども帰りぬ。翁、顔を探る、年ごろありし瘤、跡形(あとかた)もく、かいのごひたやうに、つやつやなかりければ木こらんことも忘れて家に帰りぬ。妻姥(ば)、「こはいかなりること」と問へば、「しかじかあさまきこかな」と言ふ
  
-翁、いふまましてうつほければ、とにきくやうにして鬼どもいできたり。+隣にある翁、左の顔大なる瘤ありけるが翁、瘤失せたるを見て「こはいか瘤は失せさせ給ひたるぞ。いづこなる医師(くすし)の取り申したるぞ。われに伝へ給へ。この瘤取らん」と言ひければ、れは医師の取りたるもあらず。かじかのことありの取りるな」と言ひければ、「われ、その定(ぢやう)にして取らん」とて、事の次第を細かに問ひければ、教へつ
  
-りて、酒あそびて「いづら、翁はまいりたるか」と、いひければ、翁「おそろし」と思ながら、ゆるぎ出でたれば、鬼ども「ここに翁まいりて候」と申せば、横座の鬼「こちまいとくへ」とへば、さきの翁よりは天骨もなく、おろおろかなでたりければ、横座の鬼「このたびはわろく舞たり。返返わろしそのとりたりししちの瘤返したべ」いひければ、すゑつかたより鬼いきてしちのこぶ、返したぶぞ」とていまかたたのかほになつけたりければ、うらうへにこつきたる翁にこそ成たりけれ+この翁、言ふまにして、その木のうつほに入りて、待ちければ、まことに聞くやうにして、鬼ども出で来たり。 
 + 
 +居回りて、酒、遊びて「いづら、翁はりたるか」とひければ、このし」と思ながら、ゆるぎ出でたれば、鬼ども「ここに翁りて候」と申せば、横座の鬼「こちとくへ」とへば、前(さき)の翁よりは天骨もなく、おろおろでたりければ、横座の鬼「このたびは悪(わろ)く舞たり。かへすがへす悪し。その取りたりし質の瘤、返し賜べ」と言ひければ、末つ方より鬼出で来て「質の瘤、返し賜ぶぞ」とて、いま片々(かたがた)の顔に投げ付けたりければ、うらうへに瘤付きたる翁にこそなりたりけれ。 
 + 
 +ものうらやみは、すまじきことなりとぞ。 
 + 
 +===== 翻刻 ===== 
 + 
 +  これも今はむかし右の顔に大なるこふある翁ありけり大かう 
 +  しの程なり人にましるに及はねは薪をとりて世をすくる 
 +  程に山へ行きぬ雨風はしたなくて帰にをよはて山の中に心にも 
 +  あらすとまりぬ又木こりもなかりけりおそろしさすへきかた 
 +  なし木のうつほのありけるにはい入て目もあはすかかまりて居/6ウy16 
 + 
 +  たるほとにはるかより人の音おほくしてととめきくるをとす 
 +  いかにも山の中にたたひとりゐたるに人のけはひのしけれは少 
 +  いきいつる心ちして見いたしけれは大かたやうやうさまさまなる物 
 +  ともあかき色には青き物をき黒き色には赤き物をたう 
 +  さきにかき大かた目一ある物あり口なき物なと大かたいかにもいふ 
 +  へきにもあらぬ物とも百人斗ひしめきあつまりて火をてんのめの 
 +  ことくにともして我ゐたるうつほ木のまへに居まはりぬ大かたい 
 +  とと物おほえすむねとあるとみゆる鬼横座にゐたりうら 
 +  うへに二ならひに居なみたる鬼数をしらすそのすかたおのおの 
 +  いひつくしかたし酒まいらせあそふありさまこの世の人のする定也 
 +  たひたひかはらけはしまりてむねとの鬼ことのほかにゑいたるさま也 
 +  すゑよりわかき鬼一人立て折敷をかさしてなにといふにか 
 +  くときくせせる事をいひて横座の鬼のまへにねり/7オy17 
 + 
 +  いててくとくめり横座の鬼盃を左の手にもちてえみこたれ 
 +  たるさまたたこの世の人のことし舞て入ぬ次第に下よりまふ 
 +  あしくよくまふもありあさましとみるほとにこの横座にゐ 
 +  たる鬼のいふやうこよひの御あそひこそいつにもすくれたれた 
 +  たしさもめつらしからんかなてをみはやなといふにこの翁ものの 
 +  付きたりけるにや又しかるへく神仏の思はせ給けるにやあはれ 
 +  走出てまははやとおもふを一とは思かへしつそれに何となく 
 +  鬼ともかうちあけたる拍子のよけにきこえけれはさもあれたた 
 +  はしりいてて舞てん死なはさてありなんと思ひとりて木のうつほ 
 +  よりゑほしははなにたれかけたる翁のこしによきといふ木きる 
 +  物さしてよこ座の鬼のゐたる前におとり出たりこの鬼ともおとり 
 +  あかりてこはなにそとさはきあへりおきなのひあかりかかまりて舞 
 +  へきかきりすしりもしりえいこゑをいたして一庭を走まはり/7ウy18 
 + 
 +  まふ横座の鬼よりはしめてあつまりゐたる鬼ともあさみ 
 +  興すよこ座の鬼のいはくおほくの年比この遊をしつれとも 
 +  いまたかかるものにこそあはさりつれ今より比翁かやうの御あそ 
 +  ひにかならすまいれといふ翁申やうさたにをよひ候はすま 
 +  いり候へしこのたひはにはかにておさめの手もわすれ候にたり 
 +  かやうに御らむにかなひ候ははしつかにつかうまつり候はんといふ横 
 +  座の鬼いみしく申たりかならすまいるへき也と云奥の座の三番 
 +  に居たる鬼この翁はかくは申候へともまいらぬ事も候はむすらん 
 +  とおほえ候に質をやとらるへく候らむと云横座の鬼しかるへししかるへし 
 +  といひて何をかとるへきとをのをのいひさたするに横座の鬼 
 +  のいふやうかの翁かつらにあるこふをやとるへきこふはふくの 
 +  物なれはそれをそおしみおもふらむと云に翁か云やうたた目鼻 
 +  をはめすとも此のこふはゆるし給候はむ年比持て候物をゆへなく/8オy19 
 + 
 +  めされむすちなき事に候なんといへは横座の鬼かうおしみ 
 +  申物也たたそれをとるへしといへは鬼よりてさはとるそとて 
 +  ねしてひくに大かたいたき事なくさてかならす比度の御遊 
 +  にまいるへしとて暁に鳥なとなきぬれは鬼ともかへりぬ 
 +  翁かほをさくるに年来ありしこふ跡かたもなくかひのこひ 
 +  たるやうにつやつやなかりけれは木こらん事もわすれて家に 
 +  かへりぬ妻のうはこはいかなりつる事そととへはしかしかとかたるあさ 
 +  ましき事哉と云隣にある翁左の顔に大なるこふありける 
 +  か此翁こふのうせたるをみてこはいかにしてこふはうせさせ給たる 
 +  そいつこなる医師のとり申たるそ我に伝給へこの瘤とらんと 
 +  いひけれは是はくすしのとりたるにもあらすしかしかの事ありて 
 +  鬼のとりたる也といひけれは我その定にしてとらんとて事の次 
 +  第を細に問けれはをしへつ此翁いふままにしてその/8ウy20 
 + 
 +  木のうつほに入て待けれはまことにきくやうにして鬼ともいて 
 +  きたり居まはりて酒のみあそひていつら翁はまいりたるかと 
 +  いひけれは此翁おそろしと思なからゆるき出てたれは鬼ともここに 
 +  翁まいりて候と申せは横座の鬼こちまいれとくまへといへ 
 +  はさきの翁よりは天骨もなくおろおろかなてたりけれは横 
 +  座の鬼このたひはわろく舞たり返返わろしそのとりたりし 
 +  しちの瘤返したといひけれすゑつかたより鬼いきて 
 +  しちのこ返したふそとていまかたたのかほになつけ 
 +  たりけれうらうへにこつきたる翁にこそ成たりけれ 
 +  物うらやみはすましき事なりとそ/9オy21
  
-物うらやみはすまじき事なりとぞ。 
text/yomeiuji/uji003.txt · 最終更新: 2017/12/20 23:45 by Satoshi Nakagawa