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text:yamato:u_yamato171
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text:yamato:u_yamato171 [2017/09/26 01:04] (現在) – 作成 Satoshi Nakagawa
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 +大和物語
 +====== 第171段 今の左の大臣少将にものし給ひける時に式部卿の宮に・・・ ======
 +
 +===== 校訂本文 =====
 +
 +今の左の大臣(おとど)((藤原実頼))、少将にものし給ひける時に、式部卿の宮((宇多天皇皇子敦慶親王))に常に参り給ひけり。
 +
 +かの宮に、大和といふ人さぶらひけるを、ものなどのたまひければ、いとわりなく色好む人にて、女、「いとをかしう、めでたし」と思ひけり。されど、常に逢ふことかたかりけり。大和((底本「やま□」。「と」磨滅))。
 +
 +  人知れぬ心のうちに燃ゆる火は煙(けぶり)は立たでくゆりこそすれ
 +
 +と言ひやりければ、返事、
 +
 +  富士の嶺(ね)の絶えぬ思ひもあるものをくゆるはつらき心なりけり
 +
 +かくて、久しく参り給はざりけるころ、女いといたう待ちわびにけり。いかなる心地しければ、かかるわざはしけん、人にも知らせで車に乗りて、内裏(うち)に参りにけり。
 +
 +左衛門の陣に車を立てて、わたる人を呼び寄せて、「いかで少将の君にもの聞こえん」と言ひければ、「あやしきことかな。誰といふ人の、かかることはし給ふぞ」など、言ひすさみて入りぬ。またわたれば((底本「われは」。諸本により「れ」を補う。))、同じこと言へば、「今、殿上などにやおはしますらんと、いかでか聞こえん」なと言ひて入りぬる人もあり。
 +
 +上の衣(きぬ)着たる者の入りけるを、しひて呼びければ、「あやし」と思ひて来たりけり。「少将の君やおはします」と問ひければ、((諸本、「「おはします」と言ひければ、」と続く。))「『いとせちに聞こえさすべきことありて、殿より人なん参りたる』と聞こえ給へ」とありければ、「いとやすきことなり。そもそも、かく聞こえつぎたらん人をば忘れ給ふまじや。いと((底本「い」なし。諸本により補う。))あはれに夜更けて、人少なにてものし給ふかな」と言ひて((「言ひて」は底本「ひて」。諸本により「い」を補う。))、入りて、いと久しかりければ、無期(むご)に待ち立てりける。
 +
 +からうじて、「これも言ひつがでや果てぬらん。いかさまにせん」と思ふほどになん、出で来たりける。さて、言ふやう、「御前に御遊びなどし給ひつるを、からうじてなん聞こえつれば、『誰(た)がものし給ふならん。いとあやしきこと。たしかに問ひ奉りて来(こ)』とな
 +ん、のたまひつる」と言へば、「真実(しんじち)には下(しも)つ方よりなり。みづから聞こえんとを聞こえ給へ」と言ひければ、「さなん申す」と聞こえければ、「さにやあらん」と思ふに、いとあやしくも、をかしくも思え給ひけり。
 +
 +「しばし」と言はせて、立ち出で、広幡の中納言((源庶明))の、侍従にものし給ひける時、「かかることなんあるを、いかがすべき」とたばかり給ひけり。
 +
 +さて、左衛門の陣に宿直所(とのゐどころ)なりける所に、屏風・畳など持て行きて、そこになんおろし給ひける。「いかで、かくは」とのたまひければ、「何かは。いとあさましくもの思ゆれば」。
 +
 +敦慶の皇子(みこ)の家に、大和といふ人に、左大臣
 +
 +  今さらに思ひ出でじと忍ぶるを恋ひしきにこそ忘れわびぬれ
 +
 +===== 翻刻 =====
 +
 +  清慎公延喜十九年正月右少将従五位上
 +  延長四年正五位下蔵人六年四位右中将
 +  いまのひたりのおとと少将にものし
 +  たまひけるときにしきふきやうの
 +  みやにつねにまいりたまひけり
 +  かのみやにやまとといふ人さふらひけ
 +  るをものなとのたまひけれはいとわ
 +  りなくいろこのむ人にて女いとをかし
 +  うめてたしとおもひけりされとつ
 +  ねにあふことかたかりけりやま□/d78l
 +
 +    ひとしれぬこころのうちにもゆる
 +    ひはけふりはたたてくゆりこそすれ
 +  といひやりけれは返事
 +    ふじのねのたえぬおもひもある物
 +    をくゆるはつらきこころなりけり
 +  かくてひさしくまいり給はさりける
 +  ころ女いといたうまちわひにけり
 +  いかなる心ちしけれはかかるわさは
 +  しけん人にもしらせてくるまに
 +  のりてうちにまいりにけり左衛
 +  門の陣にくるまをたててわたる/d79r
 +
 +  人をよひよせていかて少将のきみに
 +  ものきこえんといひけれはあやし
 +  きことかなたれといふ人のかかること
 +  はし給そなといひすさみていりぬ
 +  またわれはおなしこといへはいまてん
 +  しやうなとにやおはしますらんと
 +  いかてかきこえんなといひていりぬる
 +  人もありうへのきぬきたるものの
 +  いりけるをしゐてよひけれはあや
 +  しとおもひてきたりけり少将の
 +  きみやおはしますととひけれはいと/d79l
 +
 +  せちにきこえさすへきことありて
 +  とのより人なんまいりたるとき
 +  こえたまへとありけれはいとやすき
 +  ことなりそもそもかくきこえつき
 +  たらん人をはわすれたまふまし
 +  やとあはれに夜ふけて人すくな
 +  にてものしたまふかなとひていり
 +  ていとひさしかりけれはむこに
 +  まちたてりけるからうして
 +  これもいひつかてやはてぬらんいかさ
 +  まにせんとおもふほとになんいてき/d80r
 +
 +  たりけるさていふやう御まへに
 +  御あそひなとしたまひつるをか
 +  らうしてなんきこえつれはたか物
 +  し給ならんいとあやしきことた
 +  しかにとひたてまつりてことな
 +  んのたまひつるといへはしんしちに
 +  はしもつかたよりなり身つから
 +  きこえんとをきこえたまへといひ
 +  けれはさなん申ときこえけれは
 +  さにやあらんとおもふにいとあやし
 +  くもをかしくもおほえたまひけり/d80l
 +
 +  しはしといはせてたちいてひろはた
 +  の中納言の侍従にものし給ける時
 +  かかることなんあるをいかかすへき
 +  とたはかりたまひけりさて左衛
 +  門の陣にとのゐところなりける所に
 +  ひやうふたたみなともていきてそ
 +  こになんをろしたまひける
 +  いかてかくはとの給けれはなにかは
 +  いとあさましくものおほゆれは
 +  あつよしの御このいへにやまとと
 +  いふ人に左大臣/d81r
 +
 +    いまさらにおもひいてしとしのふるを
 +    こひしきにこそわすれわひぬれ/d81l
  
text/yamato/u_yamato171.txt · 最終更新: 2017/09/26 01:04 by Satoshi Nakagawa