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text:yamato:u_yamato148
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text:yamato:u_yamato148 [2017/09/10 13:27] (現在) – 作成 Satoshi Nakagawa
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 +大和物語
 +====== 第148段 津の国の難波のわたりに家居して住む人ありけり・・・ ======
 +
 +===== 校訂本文 =====
 +
 +津の国の難波(なには)のわたりに家居して住む人ありけり。あひ知りて年ごろありける、男も女も、いと下種(げす)にはあらざりけれども、年ごろ、わたらひなども悪(わろ)くなりて、家も壊(こぼ)れ、使ふ人なども徳ある所へ行きつつ、ただ二人住みわたるほどに、さすがに下種にしあらねば、人に雇はれ、使はれもせず、いとわびしかりけるままに、思ひわびて、二人言ひけるやう、「なほ、いとかくわびしうては、えあらじ」。男は、「かくはかなくてのみいますかめるを見捨てては、いづちもいづちもえ行くまじ」。女は、「男を捨てては、いづち行かむ」とのみ言ひわたりけるを、男「おのれは、とてもかくても経(へ)なん。女のかく若きほどに、かくてなんある、いといとほし。京に上りて宮仕へもし、よろしきやうにもならば、われをもとぶらへ。おのれも人のごともならば、必ず尋ねとぶらはん」など、泣く泣く言ひ契りて、便りの人に付きて、女は京に来にけり。
 +
 +さしはへ、いづこともなくて来たれば、この付きて来し人のもとに居て、「いとあはれ」と思ひやりけり。前に荻・薄(すすき)いと多き所になんありける。風なと吹きたるに、かの津の国を思ひやりて、「いかであらん」など、悲しくて詠みける。
 +
 +  一人していかにせましとわびつれはそよとも前の荻ぞ答ふる
 +
 +となん、一人ごちける。
 +
 +さて、とかく女さすらへて、ある人の、やむごとなき所に宮たてたり。さて宮仕ひするほどに、装束(さうぞく)きよげに、むつかしきこともなくてありければ、いときよらかに、顔・形もなりにけり。
 +
 +かかれども、かの津の国を片時(かたとき)も忘れず、「いとあはれ」と思ひやりけり。便り人に文(ふみ)付けてやりたりければ、「さいふ人も聞こえず」など、いとはかなく言ひつつ来にけり。わがむつまじう知れる人もなかりければ、心ともえやらず、いとおぼつかなく、「いかがあらん」とのみ思ひやりけり。
 +
 +かかるほどに、この宮仕へする所の北の方失せ給ひて、これかれある人を召し使ひ給ひなどする中に、この人を思ひ給ひけるほどに、思ひつきて妻(め)になりにけり。思ふこともなくて、めでたげにて居たるに、ただ人知れず思ふこと一つなむありける。
 +
 +「いかにしてあらん。悪しうてやあらん、良うてやあらん。わがありどころもえ知らざらん。さて、人をやりて尋ねさせむとすれど、わが男聞きて、うたてあるさまにもこそあれ」と念じつつありわたるに、なほいとあはれに思ゆれば、男に言ひけるやう、「津の国といふ所の、いとをかしげなるに、いかで難波に祓へしにてふまからん」と言ひければ、「いとよきことなり。われ、もろともに」と言ひければ、「そこには、何ものし給はんぞ。おのれ一人まからむ」と言ひつつ出で立ちて往(い)にけり。
 +
 +難波に祓へして帰りなどする時に、「このわたりに、見るべきことなんある」とて、「いま少し、とやれ、かくやれ」と言ひて、この車をやらせつつ、家のありしわたりを見るに、屋(や)もなし、人もなし。「何方(いづかた)へ往にけむ」と悲しう思ひけり。
 +
 +かかる心ばへにて、ふりはへ来けれども、われむつまじき従者(ずさ)もなし。かかれば、尋ねさすべき方もなし。いとあはれなれば、車を立てて眺むるに、供の人は、「日も暮れぬべし」とて、「御車うながしてん」と言ふに、「しばし」と言ふほどに、芦担(にな)ひたる男の、かたゐのやうなる姿なる、この車の前より行きけり。これが顔を見るに、その人といふべくもあらず。いみじきさまなれど、わが男に似たりけり。
 +
 +これを見て、よく見まほしさに、「この芦持ちたる男、呼ばせよ。かの芦買はん」と言はせけり。さりければ、「用なき物、買ひ給ふ」とは思ひけれど、主(しう)ののたまふことなれば、呼びて買はす。
 +
 +「車のもと近く担ひ寄せさせよ。見ん」など言ひて、この男の顔をよく見るに、それなりけり。「いとあはれに、かかる物商ひて世経る人、いかならん」と言ひて泣きければ、供の人は、なほ、「おほかたの世をあはれがる」となん思ひける。
 +
 +かくて、「この芦の男に、物など食はせよ。物など、いと多く芦の値(あたひ)に取らせよ」と言ひければ、「すずろなる者に、何かは物多く賜はん」など、ある人々も言ひければ、しひても言ひにくくて、「いかで物を取らせむ」と思ふ間に、下簾(したすだれ)のはざまの開きたるより、この男守れば、わが妻(め)に似たり。あやしさに、目をとどめて見るに、「顔も声もそれなりけり」と思ふに、思ひ合はせて、わがさまのいといらなく((「いらなく」は底本「いうなく」。諸本により訂正。))なりたるを思ひけるに、いとはしたなくて、芦もうち捨てて、走り逃げにけり。「しばし」と言はせけれど、人の家に逃げ入りて、竈(かま)の後方(しりへ)にかがまりてをりける。
 +
 +この車より、「なほこの男、尋ねて率(ゐ)て来(こ)」と言ひければ、供の人、手を分かちて、求め騒ぎけり。人、「そこなる家になん侍りける」と言へば、この男に、「かく仰せごとありて召すなり。何の、うち引かせ給ふべきにもあらず。物をこそは賜はせんとすれ、幼き者などのやうなる」と言ふ時に、硯を乞ひて文を書く。
 +
 +それに、
 +
 +  君なくてあしかりけりと思ふにもいとど難波の浦ぞ住み憂き
 +
 +と書きて、封して、「これを御車に奉れ」と言ひければ、「あやし」と思ひて持て来て奉る。開けて見るに、悲しきことものに似ず。よよとぞ泣きける。
 +
 +さて、返しはいかがしたりけん、知らず。車に着たりける衣(きぬ)脱ぎて、包みて、文など書き具してやりける。さてなん帰りける。のちにはいかがなりにけん、知らず。
 +
 +  あしからじとてこそ人の別れけめなにか難波の浦も住み憂き
 +
 +===== 翻刻 =====
 +
 +  つのくにのなにはのわたりにいへゐ
 +  してすむ人ありけりあひしりて
 +  としころありけるおとこも女もいと
 +  けすにはあらさりけれともとしころわ
 +  たらひなともわろくなりていへも
 +  こほれつかふ人なともとくある所へ
 +  いきつつたたふたりすみわたる/d41l
 +
 +  ほとにさすかにけすにしあらねは人に
 +  やとはれつかはれもせすいとわひしかり
 +  けるままにおもひわひてふたりいひ
 +  けるやうなをいとかくわひしうては
 +  えあらしおとこはかくはかなくてのみ
 +  いますかめるをみすててはいつちもいつちも
 +  えいくまし女はおとこをすててはいつち
 +  いかむとのみいひわたりけるをおとこ
 +  おのれはとてもかくてもへなん女のか
 +  くわかきほとにかくてなんあるいと
 +  いとをし京にのほりてみやつかへ/d42r
 +
 +  もしよろしきやうにもならはわれ
 +  をもとふらへおのれも人のこともなら
 +  はかならすたつねとふらはんなとなくなく
 +  いひちきりてたよりの人につきて
 +  女は京にきにけりさしはへいつことも
 +  なくてきたれはこのつきてこし
 +  人のもとにゐていとあはれとおもひや
 +  りけりまへにおきすすきいとおほき
 +  ところになんありけるかせなとふき
 +  たるにかのつのくにをおもひやり
 +  ていかてあらんなとかなしくてよみける/d42l
 +
 +    ひとりしていかにせましとわひつ
 +    れはそよともまへのおきそこたふる
 +  となんひとりこちけるさてとかく
 +  をむなさすらへてある人のやむことな
 +  きところにみやたてたりさてみや
 +  つかひするほとにさうそくきよ
 +  けにむつかしきこともなくてあ
 +  りけれはいときよらかにかをかた
 +  ちもなりにけりかかれともかのつ
 +  のくにをかたときもわすれすいと
 +  あはれとおもひやりけりたより/d43r
 +
 +  ひとにふみつけてやりたりけれは
 +  さいふ人もきこえすなといとはかな
 +  くいひつつきにけりわかむつまし
 +  うしれる人もなかりけれはこころ
 +  ともえやらすいとおほつかなくいかか
 +  あらんとのみおもひやりけりかかる
 +  ほとにこのみやつかへする所のきた
 +  のかたうせたまひてこれかれある
 +  人をめしつかひたまひなとする
 +  なかにこの人をおもひたまひける
 +  ほとにおもひつきてめになりに/d43l
 +
 +  けりおもふこともなくてめてた
 +  けにてゐたるにたたひとしれす
 +  おもふことひとつなむありけるい
 +  かにしてあらんあしうてやあらん
 +  ようてやあらんわかありところも
 +  えしらさらんさて人をやりてたつね
 +  させむとすれとわかおとこききて
 +  うたてあるさまにもこそあれとねんし
 +  つつありわたるになをいとあは
 +  れにおほゆれはおとこにいひける
 +  やうつのくにといふ所のいとをかし/d44r
 +
 +  けなるにいかてなにはにはらへしに
 +  てふまからんといひけれはいとよきこと
 +  なりわれもろともにといひけれはそ
 +  こにはなにものしたまはんそおの
 +  れひとりまからむといひつついてたち
 +  ていにけりなにはにはらへしてかへり
 +  なとする時にこのわたりにみる
 +  へきことなんあるとていますこし
 +  とやれかくやれといひてこのくるまを
 +  やらせつついへのありしわたりをみるに
 +  やもなし人もなしいつかたへいに/d44l
 +
 +  けむとかなしうおもひけりかかる
 +  こころはへにてふりはへきけれと
 +  もわれむつましきすさもなしかか
 +  れはたつねさすへきかたもなしいと
 +  あはれなれはくるまをたててなか
 +  むるにともの人は日もくれぬへし
 +  とて御くるまうなかしてんといふ
 +  にしはしといふほとにあしになひ
 +  たるおとこのかたへのやうなるす
 +  かたなるこのくるまのまへよりいき
 +  けりこれかかををみるにその人と/d45r
 +
 +  いふへくもあらすいみしきさまなれと
 +  わかおとこににたりけりこれを
 +  みてよくみまほしさにこのあし
 +  もちたるおとこよはせよかのあ
 +  しかはんといはせけりさりけれは
 +  ようなきものかひたまふとは思ひ
 +  けれとしうのの給ことなれはよひて
 +  かはすくるまのもとちかくになひ
 +  よせさせよみんなといひてこのを
 +  とこのかををよくみるにそれな
 +  りけりいとあはれにかかるものあ/d45l
 +
 +  きなひてよふる人いかならんといひ
 +  てなきけれはとものひとはなをおほ
 +  かたのよをあはれかるとなんおもひ
 +  けるかくてこのあしのをとこに
 +  ものなとくはせよものなといとおほ
 +  くあしのあたひにとらせよといひ
 +  けれはすすろなるものになに
 +  かはものおほくたまはんなとある
 +  ひとひともいひけれはしゐてもいひ
 +  にくくていかてものをとらせ
 +  むとおもふあひたにしたすたれ/d46r
 +
 +  のはさまのあきたるよりこのをと
 +  こまもれはわかめににたりあや
 +  しさにめをととめてみるにかほ
 +  もこゑもそれなりけりとおもふにおも
 +  ひあはせてわかさまのいというなく
 +  なりたるをおもひけるにいとは
 +  したなくてあしもうちすてて
 +  はしりにけにけりしはしといはせ
 +  けれと人のいへににけいりてかま
 +  のしりへにかかまりてをりけ
 +  るこのくるまよりなをこのをとこ/d46l
 +
 +  たつねてゐてこといひけれはともの
 +  ひとてをわかちてもとめさはきけ
 +  り人そこなるいへになん侍けると
 +  いへはこのおとこにかくおほせこと
 +  ありてめすなりなにのうちひか
 +  せ給へきにもあらすものをこそは給
 +  はせんとすれをさなきものなとの
 +  やうなるといふときにすすりを
 +  こひてふみをかくそれに
 +    きみなくてあしかりけりとおも
 +    ふにもいととなにはのうらそすみうき/d47r
 +
 +  とかきてふうしてこれを御くるま
 +  にたてまつれといひけれはあやしと
 +  おもひてもてきてたてまつるあけ
 +  てみるにかなしきことものににす
 +  よよとそなきけるさてかへしはい
 +  かかしたりけんしらすくるまに
 +  きたりけるきぬぬきてつつみてふ
 +  みなとかきくしてやりけるさて
 +  なんかへりけるのちにはいかかなりに
 +  けんしらす
 +    あしからしとてこそ人のわかれけめ/d47l
 +
 +    なにかなにはのうらもすみうき/d48r
  
text/yamato/u_yamato148.txt · 最終更新: 2017/09/10 13:27 by Satoshi Nakagawa