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text:yamato:u_yamato141
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text:yamato:u_yamato141 [2017/09/05 23:21] (現在) – 作成 Satoshi Nakagawa
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 +大和物語
 +====== 第141段 よしいへといひける宰相の兄弟大和の掾といひてありけり・・・ ======
 +
 +===== 校訂本文 =====
 +
 +よしいへ((橘良殖か。))といひける宰相の兄弟(はらから)、大和の掾(ぞう)といひてありけり。それがもとの妻(め)のもとに、筑紫(つくし)より女を率てきて据(す)ゑたりけり。もとの妻も、心いとよく。今の妻もにくき心もなく、いとよく語らひて居たりける。
 +
 +かくて、この男は、ここかしこ、人の国がちにのみ歩(あり)きければ、二人のみなん居たりける。
 +
 +この筑紫の妻、忍びて男したりけり。それを、人のとかく言ひければ、詠みたりける。
 +
 +  夜半(よは)に出でて月だに見ずは逢ふことを知らず顔にも言はましものを
 +
 +となん。
 +
 +かかるわざをすれど、もとの妻、いと心よき人なれば、男にも言はでのみなんありわたれども、ほかの便りありて、「かく男すなり」と聞きて、この男、思ひたりけれど、心にも入れで、たださるものにて置きたりけり。
 +
 +さて、この男、「女、異人(ことひと)にもの言ふ」と聞きて、「その人とわれと、いづれをか思ふ」と問ひたりければ、女、
 +
 +  花薄(はなすすき)君が方(かた)にぞなびくめる思はぬ山の風は吹けども
 +
 +となん言ひける。
 +
 +よばふ男もありけり。「世の中、心憂し。なほ男せじ」など言ひけるものなん、この男をやうやう思ひやつきけん、この男の返り事などして、このもとの妻のもとに文をなん引き結びておこせたりける。見れば、かく書けり。
 +
 +  身を憂しと思ふ心の懲りねばや人をあはれと思ひそむらん
 +
 +となん、懲(こ)りずまに詠みたりける。
 +
 +かくて、心の隔てもなくて、あはれなれば、「いとあはれ」と思ふほどに、男は心かはりにければ、ありしごともあらねば、かの筑紫に親・兄弟(はらから)などもありければ、行きけるを、男も心かはりにければ、留めでなんやりける。もとの妻なん、もろともにありならひにければ、かくて行くことを、「いと悲し」と思ひける。
 +
 +山崎にもろともになん行きて、船に乗せなどす。男も来たりけり。この後妻(うはなり)、一日一夜(ひとひひとよ)、よろづのことを言ひ語らひて、つとめて船に乗りぬ。今は、男、もとの妻と、「帰りなん」とて、車に乗りぬ。これもかれも、「いと悲し」と思ふほどに、船に乗り給ひぬる人の文を持て来たる。かくのみなん、ありける。
 +
 +  二人来し道とも見えぬ波の上を思ひかけでも帰すめるかな
 +
 +と言へりければ、男ももとの妻も、いたうあはれがり泣きけり。
 +
 +漕ぎ出でていぬれば、返事もえせず。車は船の行くを見て、え行かず。船に乗りたる人は、「車を見る」とて、面(おもて)をさし出でて、漕ぎ行くは遠くなるままに、顔はいと小さくなるまで、見おこせければ、いと悲しかりけり。
 +
 +===== 翻刻 =====
 +
 +  よしいへといひける宰相のはらから
 +  やまとのそうといひてありけりそれか
 +  もとのめのもとにつくしより女を
 +  ゐてきてすへたりけりもとのめ
 +  もこころいとよくいまのめもにく
 +  きこころもなくいとよくかたらひて
 +  ゐたりけるかくてこのおとこは
 +  ここかしこひとのくにかちにのみあり
 +  きけれはふたりのみなんゐたりけ
 +  るこのちくしのめしのひておとこし
 +  たりけりそれをひとのとかくいひ/d26l
 +
 +  けれはよみたりける
 +    よはにいてて月たにみつはあふこ
 +    とをしらすかほにもいはましものを
 +  となんかかるわさをすれともとのめ
 +  いとこころよきひとなれはおとこにも
 +  いはてのみなんありわたれともほかの
 +  たよりありてかくおとこすなり
 +  とききてこのおとこおもひたりけ
 +  れとこころにもいれてたたさるもの
 +  にておきたりけりさてこのお
 +  とこ女ことひとにものいふとききて/d27r
 +
 +  そのひととわれといつれをかおもふと
 +  とひたりけれは女
 +    はなすすき君かかたにそなひく
 +    めるおもはぬやまのかせはふけとも
 +  となんいひけるよはふおとこもあり
 +  けりよのなかこころうしなをおとこ
 +  せしなといひけるものなんこのおと
 +  こをやうやうおもひやつきけんこのお
 +  とこのかへりことなとしてこのもと
 +  のめのもとにふみをなんひきむすひ
 +  てをこせたりけるみれはかくかけり/d27l
 +
 +    身をうしとおもふこころのこりね
 +    はやひとをあはれとおもひそむらん
 +  となんこりすまによみたりける
 +  かくてこころのへたてもなくてあはれなれはいとあはれ
 +  とおもふほとにおとこはこころかはり
 +  にけれはありしこともあらねはかの
 +  ちくしにおやはらからなともあり
 +  けれはいきけるをおとこもこころ
 +  かはりにけれはととめてなんやりけ
 +  るもとのめなんもろともにありなら
 +  ひにけれはかくていくことをいとかな/d28r
 +
 +  しとおもひけるやまさきにもろと
 +  もになんいきてふねにのせなとす
 +  おとこもきたりけりこのうはな
 +  りひとひひと夜よろつのことをいひか
 +  たらひてつとめてふねにのりぬいま
 +  はおとこもとのめとかへりなんとてくる
 +  まにのりぬこれもかれもいとかなしと
 +  おもふほとにふねにのりたまひぬる
 +  ひとのふみをもてきたるかくのみなん
 +  ありける
 +    ふたりこしみちともみえぬなみ/d28l
 +
 +    のうへをおもひかけてもかえすめるかな
 +  といへりけれはおとこももとのめも
 +  いたうあはれかりなきけりこき
 +  いてていぬれは返事もえせすくるま
 +  はふねのゆくをみてえいかすふねに
 +  のりたるひとはくるまをみるとて
 +  おもてをさしいててこきゆくはとほく
 +  なるままにかほはいとちいさくなる
 +  まてみをこせけれはいとかなしかりけり/d29r
  
text/yamato/u_yamato141.txt · 最終更新: 2017/09/05 23:21 by Satoshi Nakagawa