text:yamato:u_yamato070
大和物語
第70段 同じ人に監の命婦楊梅をやりたりければ・・・
校訂本文
同じ人1)に、監の命婦、楊梅(やまもも)をやりたりければ、
みちのくの安達の山ももろともに越えば別れの悲しからじを
となむ言ひける。
さて、堤なる家になん住みける。さて、鮎をなん捕りてやりける。
賀茂川の瀬にふす鮎の魚(いを)捕りて寝でこそ明かせ夢に見えつや
かくて、この男、陸奥国(みちのくに)へ下りける便りに付けて、あはれなる文(ふみ)どもを書きおこせけるを、「道にて病(やまひ)してなん死にける」と聞きて、女、いとあはれなむど思ひける。
かく聞きて後、篠塚の駅(むまや)といふ所より、便りに付けて、あはれなることどもを書きたる文をなん持(も)て来たりける。いと悲しくて、「これ、いつのぞ」と問ひければ、使の久しくなりて持て来たりけるになんありける。
女、
篠塚のむまやむまやと待ちわびし君はむなしくなりぞしにける
と詠みてなん泣きける。
童(わらは)にて殿上して、十七といひけるを、かうぶりして、蔵人所にをりて、金の使(つかひ)かけて、やがて親のともになん行くにありける。
翻刻
みちのくのあたちのやまももろ ともにこゑはわかれのかなしからしを よひよひにこひしさまさるかり衣 こころつくしのものにさり(そ有イ)ける とよみたりけれは女めててなきけり をなしひとにけむ命婦やまももを やりたりけれは/d35r
となむいひけるさてつつみなるいへになん すみけるさてあゆをなんとりてやり ける かもかはのせにふすあゆのいをとり てねてこそあかせゆめにみえつや かくてこのおとこみちのくにへくたり けるたよりにつけてあはれなる ふみともをかきをこせけるをみち にてやまひしてなんしにけるときき て女いとあはれなむとおもひけるかく/d35l
ききてのちしのつかのむまやといふ ところよりたよりにつけてあはれな ることともをかきたるふみをなんも てきたりけるいとかなしくてこれいつ のそととひけれはつかひのひさしくなり てもてきたりけるになんありける女 しのつかのむまやむまやとまちわひし きみはむなしくなりぞしにける とよみてなんなきけるわらはにて殿 上して十七といひけるをかうふりし て蔵人ところにをりてかねのつかひ/d36r
かけてやかてをやのともになんいくに ありける/d36l
1)
藤原忠文の息子。69段参照
text/yamato/u_yamato070.txt · 最終更新: 2017/08/04 21:05 by Satoshi Nakagawa