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打聞集

第13話 龍樹菩薩、隠形の事

校訂本文

昔、天竺に1)、龍樹菩薩と申す聖人おはしけり。始めは俗におはしし時2)、俗三人を談(かた)りあはせて、陰形の薬を3)造る。

その薬を造なるやうは、寄生木(やどりぎ)を五寸に切りて、影干し(かげぼし)に百日干して、それをもつて造る薬になむある。その法を学びて造るなり。その寄生木を髻(もとどり)にさしつれば、隠れ箕のやうに、形を隠す薬なりけり。

この三人の俗、心を合はせて、かの陰形の薬を、首(かうべ)にさして、王宮に参りぬ。もろもろの后(きさき)たちを犯す。后たち4)、形は見えぬ者の来て、懸想(けさう)すれば、おのおの畏(おぢ)て、王(みかど)に忍びて申す。

王(みかど)、賢くおはす人にて、「この者は、御かうやく5)を造りてある者どもななり。すべきやう、粉を宮の中にひまなく撒きてむ。さらば、身を陰(かく)す者なりとも、足形(あしがた)の付きていかむ所は、しるく顕(あら)はれなむ」とて、粉を召して、宮の内に、雪の降りたるがやうに撒きつ。粉といふは、はうになり。

この三人の者の、宮の中にある折、に囲(ま)き籠(こ)めつ、足影の顕はるるにしたがひて、大刀抜きたる者どもを入れて、足形の付く所を、推し量りに切りければ、二人をば切り伏せつ。

龍樹菩薩、思ひわびて、后の御裳(おんも)の裾(すそ)を、ひきかづきて伏し給ひて、多くの願を立て給ふ。げにやあらむ6)、切る者、二人を切り伏してければ、「二人にこそありけれ」とて、切りさして去ぬ。

その後に、人間(ひとま)をはかりて、龍樹菩薩はかしこう宮の内をば逃げ逃れ給ひて、ここにいまして、法師になりて、かく龍樹菩薩となり給ふなり。

翻刻

□□竺ニ龍樹菩薩ト申聖人ヲハシケリ始ハ俗ニオハシ時俗三人ヲ談アハセテ陰形ノ
□ヲ造ル其薬ヲ造ナル様ハヤトリ木ヲ五寸ニ切テ影(カケ)ホシニ百日ホシテ其レヲ
以テ造ル薬ニナム有ル其法ヲ学テ造也其ノヤトリキヲモトトリニサシツレハ隠レ箕ノ様ニ
形ヲ隠ス薬也ケリ此三人ノ俗心ヲ合テカノ陰形ノ薬ヲ首ニ指テ王宮ニ参ヌ
諸ノキサキ達ヲ犯(ヲカス)□サキ達形ハ不見ヌ物ノノキテケサウスレハ各々畏(ヲヂ)テ王トニシノヒテ
申王ト賢ク御坐人ニテ此物ハ御カウヤクヲ造テ有物共ナナリスヘキ様粉ヲ宮ノ中ニ
ヒマナクマキテムサラハ身ヲ陰ス物ナリトモ足カタノ付テイカム所ハシルク顕ナムトテ粉ヲ召テ宮ノ
内ニユキノ降タルカ様ニマキツ粉ト云ハハウニナリ此三人ノ物ノ宮ノ中ニ有ルヲリニ囲(マキ)籠(コメツ)足
影ノ顕ルルニ随テ大刀抜タル物共ヲ入テ足カタノ付所ヲ推量ニ切ケレハ二人ヲハ切伏(フセ)ツ
龍樹菩薩思ワヒテキサキノ御モノスソヲヒキカツキテ伏シ給テ多願ヲ立給フケニヤ有ム
切物二人ヲ切伏テケレハ二人ニコソ有ケレトテ切サシテ去ヌ其後ニ人マヲハカリテ龍樹
菩薩ハ賢ウ宮ノ内ヲハ逃(ニケ)ノカレ給テ此ニイマシテ法師ニ成テカク龍樹菩薩ト成給ナリ/d25

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1192812/25

1)
「昔、天竺に」は底本「□□竺に」。二字程度破損。通例の書き出しに従い補う。
2)
「おはしし時」は底本「オハシ時」。文脈により補う。
3)
「薬を」は底本「□を」。一字破損。文脈により補う。
4)
「后たち」は底本「□サキ達」。一字虫損。文脈により補う。
5)
『今昔物語集』4-24では「隠形の薬」。「隠形薬」の誤写か。
6)
『今昔物語集』4-24、「其の気にや有りけむ」
text/uchigiki/uchigiki13.txt · 最終更新: 2018/05/06 15:05 by Satoshi Nakagawa
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