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打聞集

第4話 静観僧正の事

校訂本文

昔、延喜1)の御時に、日照りいたくしければ、南殿に六千人の貴僧を撰び召して、大般若2)を読ませ給ひけり。

漸(ようや)く読了かたになるも、空、いや晴れに晴れて、いや照りに照り3)まさる。

王(みかど)、愁ひ給ひて、蔵人頭を召して、静観僧正の律師におはしけるに仰せらるるやう、「とざまかうざまに祈れども、つゆの験(しる)しなし。下臈なりとも、独り座を立ちて、香炉を持ちて、塀(へい)のもとに北向に立ちて、別に祈り申せ。さ思しめすやうありて、かくのごとく仰せるるなり」と仰せらるれば、仰せのままに、香炉を取りて、南殿の御橋(みはし)より下りて、塀の南に北向きに立ちて、目をひしぎて立てり。

他僧どもは、経を読みおはりて、この律師のかうて立つを、集りて守る。公卿、南殿の座に座りて見る。殿上人は六殿に立ち並みて見る。諸衛は春華門よりのぞく。

かくのごとく見るほどに、この律師、持ちて立てる香炉の煙、すすに上ざまに登り立てる。香炉を左右の手に取りくびりて、目をひしぎて、まなかみをすゑて、香炉を額に当てたり。

この煙(けぶり)、虚空に付くと見るに、雲、空に満ちて、かき暗れて、雨、にはかにうちこぼすやうに降りぬ。見と見る人、貴ばぬなし。

王(みかど)、「賢く、われはしける」と、4)貴く思し召して、僧都になし給ひてけりとなむ。

翻刻

昔延喜御時ニ日テリイタクシケレハ南殿ニ六千人之貴僧ヲ撰ヒ召テ大般若
ヲ読セ給ケリ漸読了カタニ成モ空イヤ晴ニ々テイヤテリ□□リ倍ル王ト
愁給テ蔵人頭ヲ召テ静観僧正ノ律師ニオハシケルニ仰ラルル様トサマカウサマニ
祈トモ露ノ験シ无シ下臈ナリトモ独リ坐ヲ立テ香炉ヲ持テヘヰノモトニ北向ニ
立テ別ニ祈申セサ思食様アリテ如是仰ルル也ト仰ラルレハ仰ノママニ香炉ヲ
取テ南殿ノ御(ミ)橋ヨリ下テヘヰノ南ニ北向ニ立テ目ヲヒシキテ立リ他僧
共ハ経ヲ読了テ此律師ノカウテ立ヲ集テマモル公卿南殿ノ座ニ坐テ見
殿上人ハ六殿ニ立ナミテ見諸衛ハ春花門ヨリノソク如是見程ニ此律師
持テ立ル香炉之煙ススニ上サマニ登立ル香炉ヲ左右手ニ取クヒリテ目ヲ
ヒシキテマナカミヲスヘテ香呂ヲ額ニ当タリ此煙リ虚空ニ付ト見ニ雲空ニ
満テカキ闇テ雨俄ニウチコホス様ニ降ヌ見ト々人貴ヌ无シ王ト賢ク我ハシケル
□貴思食テ僧都ニ成給テケリトナム/d14

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1192812/14

1)
醍醐天皇
2)
大般若経
3)
「照りに照り」は、底本「てり□□り」で二字虫損。文脈により補う。
4)
底本「と」は破損。文脈により補う。
text/uchigiki/uchigiki04.txt · 最終更新: 2018/04/24 12:47 by Satoshi Nakagawa
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