ユーザ用ツール

サイト用ツール


text:uchigiki:uchigiki01

打聞集

第1話 達磨和尚の事

校訂本文

1)、唐の王2)、大堂を造りて、仏を種々に造り顕し給ふて、「われは賢きわざしたり。有智の僧に見せて、尊(たふと)がられむ」と思して、たれか有智の尊き聖はある」と尋ねられければ、人々、奏す。「天竺より渡りたる、達磨和尚といふ聖人あり。それを召して、拝せさせむ。また、尊き功能の由(よし)もいはせむ聞きて、いよいよ、『賢きわざしつる』と思ふべきなり」とて、召しに遣はす。

遣に随ひて参りぬ。この御寺に召して、所々見せ、仏を礼し給ひて、召して、「何かある、貴きことか」と問はしめ給ふ。「達磨和尚、尊き由を申すものぞ」と思すに、気色すさまじげに思ひて、「かくのごとく、堂造りて、『賢きわざ、われはしつ』と思ふは、劣わき功徳になむし侍るめる。まことの功徳は、わが心の内の、本体の清く、いさぎよき仏にていますかるを思ひ、顕さむなむ、まことの功徳にはし侍る。それにくらぶれば、これは功徳の数にも入らぬことなり」と申すに、王、本意なく思ひて、「これはいかに言ふことにかあらむ。『並びなき功徳、造りたり』と思ふに、かく謗(そし)るは、思ふやうあるなめり」と、悪しざまに得心給ひて、捕へて、遠国に流されぬ。

その後、天竺より僧渡れり。やむごとなき者、天竺より渡りぬ。いかに言ひそめけることにかあらむ、国の内の上下言ひければ、王、悦び貴がり給ひて、使を遣りて召さしむ。

すなはち参りぬ。王、対面、渡る志を問ひ給ふに、申すやう、「達磨和尚、やむごとなき聖人なり。必ず結縁すべき人なり。件(くだん)の聖に結縁の為にまかり渡るなり」と言ふ折に、「さは、われはやむごとなき権者に罪を造る」と思して、驚きて、使を遣はして、召し返さしむ。

使、流されたる所に行きて、尋ぬる所に、その預かりのいはく、「和尚は、はや失せ給ひにき。『葬送せむ』とてするところに、草履片足ばかりありて、真体は無し。されば、その由を啓るべきなり」と言ひければ、使、返りて、その由奏す時に、王、悔い悲しび給ふことかぎりなし。

この和尚に対(あひ)に、天竺より渡る僧、聞きて申す、「道に流砂といふところに、年八十ばかりの老僧の、腰枉(まが)りたるが、草鞋(さうか)いの半足を履きて、はや天竺ざまに参るは、さは、この和尚にこそありけれ。『なぞの老法師にかあるらん』と思ひて、無礼に腰うやをだにせで過ぎにけるかな。かう知りたらましかば、拝みて契り申してまし」とて、泣くことかぎりなし。

今は候ひてもなにかはせむ3)。もとの国にまかり帰りて、和尚を尋ねむ」と言ひて、帰りぬれば、いよいよ愁き給ひけり。

翻刻

□唐の王大堂を造て仏を種々に造顕たまふて我は賢きわさしたり有智の僧に見せて尊と
かられむと思してたれか有智尊とき聖はあると尋られけれは人々奏す天竺より渡たる達磨
和尚と云聖人ありそれを召て拝せさせむ又尊き功能之由もいはせむ聞て増(いよいよ)賢き
わさしつると思へき也とて召に遣す随遣て参ぬ此御寺に召て所々見せ仏を礼給て召て
何かある貴き事かと問は令め給達磨和尚尊き由を申ものそと思すに気色すさましけに思て
如是堂造て賢きわさ我はしつと思は劣わき功徳になむし侍める実の功徳は我心の内の
本体の清くいさ清よき仏にていますかるを思ひ顕なむ実の功徳にはし侍それにくらふれは此は
功徳の不数も入らぬ事也と申に王無本意思て此はいかにいふ事にかあらむ并无き功徳
造たりと思にかく謗は思様あるなめりと悪さまに得心給てとらへて遠国に流されぬ其後天竺
より僧渡りやむことなき物天竺より渡ぬいかにいひそめける事にか有む国の内の上下いひけれは
王悦貴かり給て遣て使を召しむ即ち参ぬ王対面渡る志を問給に申様達磨和尚
止无(やむことなき)聖人也必結縁すへき人也件聖に為結縁罷渡る也と云をりにさは我は止无権者
造罪と思して驚て遣使を召返しむ使流れたる所に行て尋所に其の預かりの云く和尚は早
失給にき葬送せむとてする處に草履片足許ありて真体は無しされは其由を啓るへき也
云けれは使返て其由奏時に王悔い悲給事無限此の和尚に対(あひ)に天竺より渡僧/d11

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1192812/11

聞て申道に流砂と云處に年八十許の老僧の腰枉たるか草鞋いの半足をはきて早
天竺さまに参はさは此和尚にこそありけれなその老法師にか有覧と思て无礼に腰うやを
たにせて過にけるかなかう知たらましかは拝て契りまうしてましとて泣事無限いまは候てもなにかはせ
本の国に罷帰て和尚を尋むと云て帰ぬれは倍(いよいよ)愁き給けり/d12

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1192812/12

1)
底本、破れていて判読できないが、本書の通例に従い「昔」とする。
2)
『今昔物語集』6-3では、梁の武帝。
3)
「せむ」底本「む」判読できず。文脈により補う
text/uchigiki/uchigiki01.txt · 最終更新: 2018/04/20 21:18 by Satoshi Nakagawa