text:towazu:towazu5-22
差分
このページの2つのバージョン間の差分を表示します。
text:towazu:towazu5-22 [2019/11/12 15:58] – 作成 Satoshi Nakagawa | text:towazu:towazu5-22 [2019/11/12 16:05] (現在) – [校訂本文] Satoshi Nakagawa | ||
---|---|---|---|
行 13: | 行 13: | ||
形見の残りを尽くして、唱衣(しやうえ)いしいしと営む心ざしを、権現も納受し給ひにけるにや、写経の日数も残り少なくなりしかば、御山を出づべきほども近くなりぬれば、御名残も惜しくて、夜もすがら拝みなど参らせて、うちまどろみたる暁方の夢に、故大納言((作者父、久我雅忠。))のそばにありけるが、「出御の半ば」と告ぐ。 | 形見の残りを尽くして、唱衣(しやうえ)いしいしと営む心ざしを、権現も納受し給ひにけるにや、写経の日数も残り少なくなりしかば、御山を出づべきほども近くなりぬれば、御名残も惜しくて、夜もすがら拝みなど参らせて、うちまどろみたる暁方の夢に、故大納言((作者父、久我雅忠。))のそばにありけるが、「出御の半ば」と告ぐ。 | ||
- | 見参らすれば、鳥襷(とりだすき)を浮織物に織りたる柿の御衣(おんぞ)を召して、右の方へちと傾(かたぶ)かせおはしましたるさまにて、われは左の方なる御簾より出でて、向ひ参らせたる。証誠殿(しようじやうでん)の御社に入り給ひて、御簾を少し開けさせおはしまして、うち笑みて、よに御心よげなる御さまなり。また、「遊義門院の御方も出でさせおはしましたるぞ」と告げらる。見参らすれば、白き御袴に御小袖ばかりにて、西の御前と申す社の中に、御簾、それも半(はん)に開けて、白き衣二つ、うらうへより取り出でさせおはしまして、「二人の親の形見を、うらうへへやりし心ざし、忍びがたく思し召す。取り合はせて賜ぶぞ」と仰せあるを賜はりて、本座に帰りて、父大納言に向かひて、「十善の床(ゆか)を踏みましましながら、いかなる御宿縁にて、御片端(かたは)は渡らせおはしますぞ」と申す。「あの御片端は、いませおはしましたる下に、御腫れ物あり。この腫れ物といふは、われらがやうなる無知の衆生を多く後(しり)へ持たせ給ひて、これをあはれみ、はぐくみ思し召すゆゑなり。全(また)くわが御誤りなし」と言はる。また見やり((「見やり」は底本「見やる」。))参らせたれば、なほ同じさまに、心よき御顔にて、「近く参れ」と思し召したるさまなり。立ちて、御殿の前にひざまづく。白き箸のやうに、本(もと)は白々と削りて、末には梛(なぎ)の葉二つづつある枝を、二つ取り揃へて賜はると思ひて、うちおどろきたれば、如意輪堂((「如意輪堂」は底本「女はりんたう」。))の懺法始まる。 | + | 見参らすれば、鳥襷(とりだすき)を浮織物に織りたる柿の御衣(おんぞ)を召して、右の方へちと傾(かたぶ)かせおはしましたるさまにて、われは左の方なる御簾より出でて、向ひ参らせたる。証誠殿(しようじやうでん)の御社に入り給ひて、御簾を少し開けさせおはしまして、うち笑みて、よに御心よげなる御さまなり。また、「遊義門院((姈子内親王))の御方も出でさせおはしましたるぞ」と告げらる。見参らすれば、白き御袴に御小袖ばかりにて、西の御前と申す社の中に、御簾、それも半(はん)に開けて、白き衣二つ、うらうへより取り出でさせおはしまして、「二人の親の形見を、うらうへへやりし心ざし、忍びがたく思し召す。取り合はせて賜ぶぞ」と仰せあるを賜はりて、本座に帰りて、父大納言に向かひて、「十善の床(ゆか)を踏みましましながら、いかなる御宿縁にて、御片端(かたは)は渡らせおはしますぞ」と申す。「あの御片端は、いませおはしましたる下に、御腫れ物あり。この腫れ物といふは、われらがやうなる無知の衆生を多く後(しり)へ持たせ給ひて、これをあはれみ、はぐくみ思し召すゆゑなり。全(また)くわが御誤りなし」と言はる。また見やり((「見やり」は底本「見やる」。))参らせたれば、なほ同じさまに、心よき御顔にて、「近く参れ」と思し召したるさまなり。立ちて、御殿の前にひざまづく。白き箸のやうに、本(もと)は白々と削りて、末には梛(なぎ)の葉二つづつある枝を、二つ取り揃へて賜はると思ひて、うちおどろきたれば、如意輪堂((「如意輪堂」は底本「女はりんたう」。))の懺法始まる。 |
何となくそばを探りたれば、白き扇の檜(ひ)の木の骨なる、一本あり。夏などにてもなきに、いと不思議にありがたく覚えて、取りて道場に置く。このよしを語るに、那智の御山の師、備後律師かくだうといふ者、扇は千手の御体といふやうなり。必ず利生あるべし」といふ。 | 何となくそばを探りたれば、白き扇の檜(ひ)の木の骨なる、一本あり。夏などにてもなきに、いと不思議にありがたく覚えて、取りて道場に置く。このよしを語るに、那智の御山の師、備後律師かくだうといふ者、扇は千手の御体といふやうなり。必ず利生あるべし」といふ。 |
text/towazu/towazu5-22.txt · 最終更新: 2019/11/12 16:05 by Satoshi Nakagawa