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text:towazu:towazu5-01

とはずがたり

巻5 1 さても安芸の国厳島の社は・・・

校訂本文

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さても、安芸の国厳島の社1)は、高倉の先帝(せんてい)2)も御幸(みゆき)し給ひける跡の白波もゆかしくて、思ひ立ち侍りしに、例の鳥羽より舟に乗りつつ、河尻より海のに乗り移れば、波の上の住まひも心細きに、「ここは須磨の浦」と聞けば、「行平の中納言3)、藻塩(もしほ)垂れつつわびける住まひもいづくのほどにか」と、吹き越す風にも問はまほし。

長月の初めのことなれば、霜枯れの草むらに、鳴き尽したる虫の声、絶え絶え聞こえて、岸に船付けて泊まりぬるに、千声万声の砧(きぬた)の音は、夜寒(よさむ)の里にやとおとづれて、波の枕をそばだてて、聞くも悲しきころなり。

明石の浦の朝霧に、島隠れ行く船どもも、「いかなる方へ」とあはれなり。光源氏の月毛の駒にかこちけむ心の中(うち)まで、残る方なく推し量られて、とかく漕ぎ行くほどに、備後の国鞆(とも)といふ所に至りぬ。

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翻刻

さてもあきの国いつくしまのやしろはたかくらの
せんていも御ゆきし給けるあとのしらなみもゆか
しくておもひたち侍しにれいのとはより舟にのり
つつ河しりよりうみのにのりうつれは浪のうへのす
まひも心ほそきにここはすまのうらときけはゆき
ひらの中納言もしほたれつつわひけるすまひもいつ
くのほとにかとふきこすかせにもとはまほしなか月
のはしめのことなれは霜かれの草むらになきつく
したるむしの声たえたえきこえてきしにふね
つけてとまりぬるに千声万声のきぬたのをとは
よさむのさとにやとおとつれてなみのまくらをそは/s208l k5-1

http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100218515/viewer/208

たててきくもかなしきころなりあかしの浦の朝霧に
しまかくれゆくふねとももいかなるかたへとあはれなり
ひかるけんしの月けのこまにかこちけむ心のうち
まてのこるかたなくをしはかられてとかくこきゆく
ほとにひんこのくにともといふ所にいたりぬなにとなく/s209r k5-2

http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100218515/viewer/209

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1)
厳島神社
2)
高倉天皇
3)
在原行平
text/towazu/towazu5-01.txt · 最終更新: 2022/12/09 21:10 by Satoshi Nakagawa