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text:towazu:towazu4-02

とはずがたり

巻4 2 やうやう日数経るほどに美濃の国赤坂の宿といふ所に着きぬ・・・

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やうやう日数経るほどに、美濃の国赤坂の宿といふ所に着きぬ。ならはぬ旅の日数も、さすが重なれば、苦しくもわびしければ、これに今日は留まりぬるに、宿(やど)の主(あるじ)に、若き遊女姉妹(おととひ)あり。琴・琵琶など弾きて、情けあるさまなれば、昔思ひ出でらるる心地して、九献(くこん)など取らせて遊ばするに、二人ある遊女の姉とおぼしきが、いみじく物思ふさまにて、琵琶の撥(ばち)にて紛らかせども、涙がちなるも、身のたぐひに思えて、目とどまるに、これもまた、墨染の色にはあらぬ袖の涙を怪しく思ひけるにや、盃(さかづき)すゑたる小折敷(こをしき)に書きて、差しおこせたる。

  思ひ立つ心は何の色ぞとも富士の煙(けぶり)の末ぞゆかしき

いと思はずに、情けある心地して、

  富士の嶺(ね)は恋をするがの山なれば思ひありとぞ煙立つらん

慣れぬる名残はこれまでも引き捨てがたき心地しながら、さのみあるべきならねば、また立ち出でぬ。

八橋といふ所に着きたれども、水行く川もなし。橋も見えぬさへ、友もなき心地して、

  われはなほ蜘蛛手(くもで)に物を思へどもその八橋は跡だにもなし

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やうやう日かすふるほとにみのの国あかさかのしゆくといふ所に
つきぬならはぬたひの日かすもさすかかさなれはくるしくも
わひしけれはこれにけふはととまりぬるにやとのあるしにわか
き遊女おととひありことひわなとひきてなさけあるさまなれ
はむかしおもひいてらるる心ちしてくこんなととらせてあそ/s167r k4-2
はするに二人ある遊女のあねとおほしきかいみしく物おもふ
さまにてひはのはちにてまきらかせともなみたかちなる
も身のたくひにおほえてめととまるにこれもまたすみそめ
の色にはあらぬ袖のなみたをあやしくおもひけるにやさか
つきすへたるこをしきにかきてさしをこせたる
   おもひたつ心はなにの色そともふしのけふりのすゑそゆかしき
いとおもはすになさけある心ちして
   ふしのねは恋をするかの山なれはおもひありとそ煙たつらん
なれぬるなこりはこれまてもひきすてかたき心ちしなから
さのみあるへきならねは又たちいてぬ八はしといふ所につき
たれとも水行かはもなしはしもみえぬさへとももなき心ちして/s167l k4-3

http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100218515/viewer/167

   我はなをくもてに物をおもへともその八はしはあとたにもなし/s168r k4-4

http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100218515/viewer/168

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text/towazu/towazu4-02.txt · 最終更新: 2019/09/18 12:26 by Satoshi Nakagawa