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text:towazu:towazu3-33 [2019/09/10 13:07] (現在) – 作成 Satoshi Nakagawa
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 +とはずがたり
 +====== 巻3 33 その日になりぬれば・・・ ======
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 +===== 校訂本文 =====
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 +[[towazu3-32|<<PREV]] [[index.html|『とはずがたり』TOP]] [[towazu3-34|NEXT>>]]
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 +その日になりぬれば、御所のしつらひ、南面(みなみおもて)の母屋(もや)三間(さんげん)、中に当たりて、北の御簾に添へて仏台(ぶつだい)を立てて、釈迦如来の像一幅かけらる。その前に香華(かうげ)の机を立つ。左右に灯台を立てたり。前に高座を置く。その南に礼盤あり。同じ間の南の簀子(すのこ)に机を立てて、その上に御経箱二合置かる。寿命経(ずみやうきやう)((一切如来金剛寿命陀羅尼経))・法華経入らる。御願文、草(さう)、茂範((藤原茂範))、清書、関白殿((近衛兼平))と聞こえしやらむ。母屋の柱ごとに、幡(はた)・華鬘(けまん)をかけらる。母屋の西の一の間に、御簾の中に繧繝(うげん)二畳の上に唐錦(からにしき)の褥(しとね)を敷きて、内((後宇多天皇))の御座とす。同じ御座の北に、大紋二畳を敷きて、一院((後深草院))の御座、二の間に同じ畳を敷きて、新院((亀山院))の御座、その東(ひんがし)の間に屏風を立てて大宮の院((後嵯峨院后))の御座、南面の御簾に几帳の帷(かたびら)出だして、一院の女房候ふ所をよそに見侍りし。あはれ少なからん((「少なからん」は底本「すくなからん」。))。同じき西の廂(ひさし)に屏風を立てて、繧繝二畳敷きて、その上に東京(とうぎやう)の錦の褥を敷きて、准后(ずごう)((北山准后。四条貞子。大宮院・東二条院母。))の御座なり。
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 +かの准后と聞こゆるは、西園寺の太政大臣実氏公((西園寺実氏))の家、大宮院・東二条院御母、一院・新院御祖母、内・春宮御曾祖母なれば、世こぞりてもてなし奉るもことわりなり。俗姓(ぞくしやう)鷲尾(わしのを)の大納言隆房((藤原隆房))の孫、隆衡の卿((四条隆衡))の女(むすめ)なれば、母方は離れぬゆかりにおはします上、ことさら幼くより、母にて侍りし者もこれにて生ひ立ち、わが身もその名残変はらざりしかば、召し出ださるるに、褻形(けなり)にてはいかがとて、大宮院御沙汰にて、「紫の匂ひにて、准后の御方に候ふべきか」と定めありしを、「なほいかが」と思し召しけむ((「思し召しけむ」は底本「思ひしめしけむ」。))、「大宮の御方に候ふべき」とて、紅梅の匂ひ、まさりたる単(ひとへ)、紅(くれなゐ)の打衣(うちぎぬ)、赤色の唐衣(からぎぬ)、大宮院の女房はみな侍りしに、西園寺((雪の曙・西園寺実兼))の沙汰にて、上紅梅の梅襲(むめがさね)八つ、濃き単、裏山吹の表着(うはぎ)、青色の唐衣、紅の袿(うちぎ)、彩物(だみもの)置きなど、心ことにしたるをぞ賜はりて候ひしかども、「さやは思ひし」と、よろづあぢきなきほどにぞ侍りし。
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 +こと始まりぬるにや、両院・春宮・両女院・今出川の院((亀山院中宮、西園寺嬉子))・姫宮((遊義門院・姈子内親王))・春宮の大夫((西園寺実兼))、うち続く。誦経(じゆきやう)の鐘の響きもことさらに聞こえき。階(はし)より((「階(はし)より」は底本「つゝへより」。))東(ひんがし)には、関白((近衛兼平))・左大臣((二条師忠))・右大臣((九条忠教))・花山院大納言((花山院長雅))・土御門の大納言((土御門定実))・源大納言((源通頼))・大炊御門の大納言((大炊御門信嗣))・右大将((源通基))。春宮大夫((西園寺実兼))、ほどなく座を立つ。左大将((鷹司兼忠。「左大将」は底本「右大将」。))・三条中納言((三条実重))・花山院中納言((花山院家教))、家奉行の院司左衛門督((西園寺公衡))。階より西に、四条前大納言((四条隆行))・春宮権大夫((堀川具守))・権大納言((洞院公守))・四条宰相((四条隆康))・右衛門督((園基顕))などぞ候ひし((「候ひし」は底本「く(候歟)し」。))。主上、御引直衣(ひきなほし)、正絹(すずし)の御袴。一院、御直衣、青鈍(あをにび)((「青鈍」は底本「あをにほひ」。))の御指貫。新院、御直衣、綾の御指貫。春宮、御直衣、浮織物(うきおりもの)の紫の御指貫なり。みな御簾の内におはします。左右大将・右衛門督、弓を持ち矢を負ひたり。
 +
 +楽人(がくにん)・舞人(まひびと)、鳥向楽(てうかうらく)を奏す。一、鶏婁(けいろう)先立つ。乱声((底本「声」なし。『増鏡』により補う。))、左右桙(ほこ)を振る。この後、壱越調(いちこつてう)の調子を吹きて、楽人・舞人、衆僧集会(しゆゑ)の所へ向ひて、左右に分かれて参る。中門を入りて、舞台の左右を過ぎて、階(はし)の間より昇りて、座に着く。講師(こうじ)法印憲実・読師僧正守助((「守助(しうじよ)」は底本「ゑうしよ」。))・呪願僧正、座に昇りぬれば、堂達(だうたつ)、磬(けい)を打つ。堂童子(だうどじ)重経((高階重経))・顕範((藤原顕範))・仲兼((平仲兼))・顕世((堀川顕世))・兼仲((勘解由小路兼仲))・親氏((五辻親氏))など、左右に分けて候ふ。唄師(ばいし)、声出でて後、堂童子、花筥(はなばこ)を分かつ。楽人、渋河鳥(しんがてう)を奏して、散華行道(さんげぎやうだう)一返、楽人鶏婁、御前にひざまづく。一は久資((多久資))なり。院司為方((中御門為方))、禄を取る。
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 +後に杖を退けて((「杖を退けて」は底本「つくゑをしりかけて」。))舞ひを奏す。気色ばかりうちそそく春の雨、糸帯びたるほどなるを、いとふ((「いとふ」は底本「いとま」。))気色もなく、このもかのもに並みゐたる有様、いつまで草のあぢきなく見渡さる。左、万歳楽(まんざいらく)、楽・拍子、賀殿(かてん)・陵王(れうわう)。右、地久・延喜楽・納曽利。二の者にて、多久忠((「久忠」は底本「ひさすけ」。))、勅禄(ちよくろ)の手とかや舞ふ。このほど右の大臣(おとど)座を立ちて、左の舞人近保((狛近保))を召して勧賞(けんじやう)仰せらる。承りて、再び拝み奉るべきに、右の舞人久資、楽人政秋((豊原政秋))、同じく勧賞を承る。「政秋、笙の笛を持ちながら起き伏すさま、つきづきし」など御沙汰あり。講師、座を下りて、楽人、楽を奏す。
 +
 +その後、御布施を引かる。頭中将公敦(きんあつ)((藤原公敦))・左中将為兼((京極為兼))・少将康仲((源康仲))など、闕腋(わきあけ)に平胡籙(ひらやなぐい)負へり。縫腋(もとほし)に革緒の太刀((「太刀」は底本「うち」。))、多くは細太刀なりしに((以下欠文あるか。))、衆僧((「衆僧」は底本「こにそう」。))どもまかり出づるほどに、廻忽(くわいこつ)・長慶子(ちやうけいし)を奏して、楽人・舞人まかり出づ。大宮・東二条・准后の御膳参る。准后の陪膳四条宰相、役送左衛門督なり。
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 +===== 翻刻 =====
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 +  にまいらるその日になりぬれは御所のしつらひみなみおもて
 +  のもや三けん中にあたりてきたの御すにそへて仏たいを
 +  たてて釈迦如来のさう一ふくかけらるそのまへにかうけのつく
 +  ゑをたつ左右にとうたいをたてたりまへにかうさををく
 +  そのみなみにらいはんありをなしまのみなみのすのこに
 +  つくゑをたててそのうへに御経はこ二かうをかるすみやう経
 +  法花経入らる御願文さうもちのりせい書関白殿ときこえ
 +  しやらむもやのはしらことにはたけまんをかけらるもやの
 +  にしの一のまに御すの中にうけん二てうのうへにからにしきの/s150r k3-74
 +
 +  しとねをしきてうちの御さとすをなし御さのきたに大もん
 +  二てうをしきて一院の御さ二のまにをなしたたみをしきて
 +  新院の御さそのひんかしの間にひやうふをたてて大宮の院
 +  の御さみなみをもての御すに木丁のかたひらいたして一院の
 +  女はう候ところをよそにみ侍しあはれすくなからんをなし
 +  きにしのひさしにひやうふをたててうけん二てうしきて
 +  そのうへにとうきやうのにしきのしとねをしきてすこう
 +  の御さなりかのすこうときこゆるはさいをんしの太政大臣さね
 +  うちこうのいゑ大宮院東二条院御はは一院新院御そ母
 +  内春宮御そうそ母なれはよこそりてもてなしたてまつるも
 +  ことはりなりそくしやうはわしのおの大納言たかふさのまこたか/s150l k3-75
 +
 +http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100218515/viewer/150
 +
 +  ひらの卿のむすめなれはははかたははなれぬゆかりにをはし
 +  ますうへことさらをさなくよりははにて侍し物もこれにて
 +  をいたち我身もそのなこりかはらさりしかはめしいたさるる
 +  にけなりにてはいかかとて大宮院御さたにてむらさきの匂ひにて
 +  すこうの御かたに候へきかとさためありしをなをいかかと思ひし
 +  めしけむ大宮の御かたに候へきとてこうはいのにほひまさ
 +  りたるひとへくれなゐのうちきぬあか色のからきぬ大宮
 +  院の女房はみな侍しにさいをん寺のさたにてうゑこう
 +  はいのむめかさね八こきひとへうら山ふきのうはきあを色の
 +  からきぬくれなゐのうちきたみ物をきなと心ことにしたるを
 +  そたまはりて候しかともさやはおもひしとよろつあちきなき/s151r k3-76
 +
 +  程にそ侍しことはしまりぬるにや両院春宮両女院い
 +  まてかはの院ひめ宮春宮の大夫うちつつくしゆきやう
 +  のかねのひひきもことさらにきこえきつつへよりひんかしには
 +  関白左大臣右大臣花山院大納言つち御かとの大納言源大納言
 +  大ゐの御かとの大納言右大将春宮大夫程なくさをたつ右大将三条
 +  中納言花山院中納言家ふきやうの院司左衛門督はしよりにし
 +  に四条前大納言春宮権大夫権大納言四条宰相右衛門督なとそ
 +  く(候歟)し主上御ひきなをしすすしの御はかま一院御なをしあを
 +  にほひの御さしぬき新院御なをしあやの御さしぬき春宮
 +  御なをしうきおり物のむらさきの御さしぬきなりみなみすの
 +  内におはします左右大将右衛門督ゆみをもちやををい/s151l k3-77
 +
 +http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100218515/viewer/151
 +
 +  たりかく人まい人てうかうらくをさうす一けいろうさきたつ
 +  らむ左右ほこをふるこののち一こつてうのてうしを
 +  ふきてかく人まい人しゆそうしゆゑの所へむかひて左
 +  右にわかれてまいる中もんをいりてふたいの左右を過て
 +  はしのまよりのほりてさにつくかうしほうゐんけんしち
 +  とくしそう正ゑうしよしゆくわんそう正さにのほりぬれは
 +  たうたつけいをうつたうとししけつねあきのりなかかぬ
 +  あきよかねなかちかうちなと左右にわけて候はいしこゑ
 +  いててのちたうとし花はこをわかつかく人しんかてうをそうし
 +  てさんくゑきやうたう一へんかく人けいろう御せんにひ
 +  さまつく□□□一はひさすけなり院司ためかたろくをとる/s152r k3-78
 +
 +  のちにつくゑをしりかけてまいをそうすけしきはかりうち
 +  そそく春の雨いとをひたるほとなるをいとまけしきもなく
 +  このもかのもになみゐたるありさまいつまてくさのあちきなく
 +  見わたさる左まんさいらくかくひやうしかてんれうわう右
 +  ちきうゑんきらくなそり二の物にておほのひさすけちよくろの
 +  てとかやまふこのほと右のをととさをたちて左のまい人ちかやすを
 +  めしてけんしやう仰らるうけ給てふたたひをかみたてまつるへき
 +  に右のまい人ひさすけかく人まさあきをなしくけんしやう
 +  をうけ給るまさあきしやうのふえをもちなからおきふすさま
 +  つきつきしなと御さたありかうしさををりてかく人かくを
 +  そうすそののち御ふせをひかる頭中将きんあつ左中将ためかぬ/s152l k3-79
 +
 +http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100218515/viewer/152
 +
 +  少将やすなかなとわきあけにひらやなくいをゑりもとを
 +  しにかわをのうちおほくはほそたちなりしにこにそう
 +  ともまかりいつるほとにくわいこつちやうけいしをそうして
 +  かく人まい人まかりいつ大宮東二条准后の御せんまいる
 +  しゆこうのはいせん四条宰相やくそう左衛門督なりつき/s153r k3-80
 +
 +http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100218515/viewer/153
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text/towazu/towazu3-33.txt · 最終更新: 2019/09/10 13:07 by Satoshi Nakagawa