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text:towazu:towazu3-29
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text:towazu:towazu3-29 [2019/09/03 16:02] (現在) – 作成 Satoshi Nakagawa
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 +とはずがたり
 +====== 巻3 29 還御の後あからさまに出でて見侍ればことのほかに大人びれて・・・ ======
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 +===== 校訂本文 =====
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 +[[towazu3-28|<<PREV]] [[index.html|『とはずがたり』TOP]] [[towazu3-30|NEXT>>]]
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 +還御の後、あからさまに出でて見侍れば、ことのほかに大人びれて、物語り、笑み、笑ひみなどするを見るにも、あはれなることのみ多ければ、なかなかなる心地して、参り侍りつつ、秋の初めになるに、四条兵部卿((四条隆親。ただし史実では既に死去している。))のもとより、「局など、あからさまならずしたためて、出でよ。夜さり、迎へにやるべし」といふ文あり。
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 +心得ず思えて、御所へ持ちて参りて、「かく申して候ふ。何事ぞ」と申せば、ともかくも御返事なし。何とあることも思えで、玄輝門院((洞院愔子))、三位殿と申す御ころのことにや、「何とあることどもの候やらん((「とあることどもの候やらん」は底本「とめることもの候やらん」。))、かく候ふを、御所にて案内(あんない)し候へども、御返事候はぬ」と申せば、「われも知らず」とてあり。さればとて、「出でじ」と言ふべきにあらねば、出でなんとするしたためをするに、四つといひける長月のころより参り初めて、時々の里居のほどだに心もとなく思えつる御所のうち、今日や限りと思へば、よろづの草木も目とどまらぬもなく、涙にくれて侍るに、折節恨みの人((雪の曙・西園寺実兼))参る音して、「下のほどか」と言はるるも、あはれに悲しければ、ちとさし出でたるに、泣き濡らしたる袖の色も、よそにしるかりけるにや、「いかなることぞ」など尋ねらるるも、問ふにつらさとかや思えて、物も言はれねば、今朝の文取り出でて、「これが心細くて」とばかりにて、こなたへ入れて泣き居たるに、「されば、何としたることぞ」と、誰も心得ず。
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 +大人しき女房たちなども、とぶらひ仰せらるれども、知りたりけることがなきままには、ただ泣くよりほかのことなくて、暮れ行けば、御所ざまの御気色なればこそかかるらめに、またさし出でむも恐れある心地すれども、「今より後は、いかにしてか」と思へば、「今は限りの御面影も、今一度(ひとたび)見参らせむ」と思ふばかりに迷ひ出でて、御前に参りたれば、御前は公卿二・三人ばかりして、何となき御物語のほどなり。
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 +練薄物(ねりうすもの)の生絹(すずし)の衣(きぬ)に、薄(すすき)に葛(つづら)を青き糸にて縫物にしたるに、赤色の唐衣(からぎぬ)を着たりしに、きと御覧じおこせて、「今宵はいかに。御出でか」と仰せごとあり((「仰せごとあり」は底本「いることあり」。))。何と申すべき言の葉なくて候ふに、「来る山人のたよりには、訪れんとにや。青葛(あをつづら)こそ、うれしくもなけれ」とばかり御口ずさみつつ、女院((東二条院・後深草院中宮西園寺公子))の御方へなりぬるにや、立たせおはしましぬるは、いかでか御恨めしくも思ひ参らせざらむ。
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 +「いかばかり思し召すことなりとも、『隔てあらじ』とこそ、あまたの年々(としどし)契り給ひしに、などしもかかるらん」と思へば、「時の間に、世になき身にもなりなばや」と心一つに思ふかひなくて、車さへ待ちつけたれば、「これよりいづ方へも行き隠れなばや」と思へども、事がらもゆかしくて、二条町の兵部卿の宿所へ行きぬ。
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 +みづから対面して、「いつとなき老いの病と思ふ。このほどになりては、ことにわづらはしく頼みなければ、御身のやう、故大納言((作者父、久我雅忠))もなければ、心苦しく、善勝寺((四条隆顕))ほどの者だに亡くなりて、さらでも心苦しきに、東二条院よりかく仰せられたるを、しひて候はんも、はばかりありぬべきなり」とて、文を取り出で給ひたるを見れば、「院の御方奉公して、この御方((東二条院))をば、なきがしろに振舞ふが、本意(ほい)なく思し召さるるに、すみやかにそれに呼び出だして置け。故典侍大((作者母。「故典侍大」は底本「とすけたい」。))もなければ、そこにはからふべき人なれば」など、御みづからさまざまに書かせ給ひたる文なり。
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 +まことに、この上をしひて候ふべきにしあらずなど、なかなか出でて後は思ひ慰むよしはすれども、まさに長き夜の寝覚めは、千声万声(せんせいばんせい)の砧(きぬた)の音も((白居易『聞夜砧』「八月九月正長夜、千声万声無了時」による。))))、わが手枕(たまくら)に言問ふかと悲しく、雲居を渡る雁の涙も、物思ふ宿の萩の上葉(うはば)を尋ねけるかとあやまたれ、明かし暮らして年の末にもなれば、送り迎ふる営みも、何のいさみにすべきにしあらねば、年ごろの宿願にて、祇園の社((八坂神社))に千日こもるべきにてあるを、よろづに障り多くて、こもらざりつるを、思ひ立ちて、十一月の二日、初めの卯の日にて、八幡宮御神楽なるに、まづ参りたるに、「神に心を((『新古今和歌集』神祇 法印成清「榊葉にそのいふかひはなけれども神に心をかけぬ間ぞなき」))」と詠みける人も思ひ出でられて、
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 +  いつもただ神に頼みを木綿襷(ゆふだすき)かくるかひなき身をぞ恨むる
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 +七日の参籠果てぬれば、やがて祇園に参りぬ。
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 +[[towazu3-28|<<PREV]] [[index.html|『とはずがたり』TOP]] [[towazu3-30|NEXT>>]]
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 +===== 翻刻 =====
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 +  還御ののちあからさまにいてて見侍れは事の外にをとなひれて
 +  物かたりえみわらひみなとするをみるにもあはれなる事のみ
 +  おほけれはなかなかなる心ちしてまいり侍つつ秋のはしめに
 +  なるに四条兵部卿のもとよりつほねなとあからさまならす
 +  したためていてよよさりむかへにやるへしといふ文あり心えすおほ
 +  えて御所へもちてまいりてかく申て候なに事そと
 +  申せはともかくも御返事なしなにとある事もおほえて
 +  けんきもんいん三位とのと申御ころの事にやなにとめる
 +  こともの候やらんかく候を御所にてあむないし候へとも/s144l k3-63
 +
 +http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100218515/viewer/144
 +
 +  御返事候はぬと申せは我もしらすとてありされはとていてし
 +  といふへきにあらねはいてなんとするしたためをするに
 +  四といひけるなか月の比よりまいりそめて時々のさとゐの
 +  ほとたに心もとなくおほえつる御所のうちけふやかきりと
 +  おもへはよろつの草木もめととまらぬもなくなみたにくれ
 +  て侍におりふしうらみの人まいるおとして下のほとかとい
 +  はるるもあはれにかなしけれはちとさしいてたるになき
 +  ぬらしたる袖の色もよそにしるかりけるにやいかなる事そ
 +  なとたつねらるるもとふにつらさとかやおほえて物もいは
 +  れねはけさの文とりいててこれか心ほそくてとはかりにて
 +  こなたへいれてなきゐたるにされは何としたる事そと/s145r k3-64
 +
 +  たれも心えすおとなしき女はうたちなともとふらひおほせ
 +  らるれともしりたりけることかなきままにはたたなくより
 +  ほかのことなくてくれ行は御所さまの御けしきなれは
 +  こそかかるらめに又さしいてむもをそれある心地すれとも
 +  いまより後はいかにしてかとおもへはいまはかきりの御おもかけ
 +  も今一たひ見まいらせむとおもふはかりにまよひいてて御まへに
 +  まいりたれは御まへはくきやう二三人はかりしてなにとなき
 +  御物かたりのほとなりねりうすもののすすしのきぬ
 +  にすすきにつつらをあをきいとにてぬい物にしたるに
 +  あか色のからきぬをきたりしにきと御らむしをこせてこ
 +  よひはいかに御いてかといることあり何と申へきことの葉なくて/s145l k3-65
 +
 +http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100218515/viewer/145
 +
 +  候にくる山人のたよりにはおとつれんとにやあをつつらこそ
 +  うれしくもなけれとはかり御くちすさみつつ女院の御かたへな
 +  りぬるにやたたせおはしましぬるはいかてか御うらめしくもおもひま
 +  いらせさらむいかはかりおほしめすことなりともへたてあらしと
 +  こそあまたのとしとしちきり給しになとしもかかるらんとおも
 +  へは時の間に世になき身にもなりなはやと心ひとつに
 +  おもふかひなくて車さへ待つけたれはこれよりいつかたへも
 +  行かくれなはやとおもへともことからもゆかしくて二条町の
 +  兵部卿のすく所へ行ぬ身つからたいめんしていつとなき
 +  をいのやまひとおもふこのほとになりてはことにわつらはしく
 +  たのみなけれは御身のやうこ大納言もなけれは心くるしく/s146r k3-66
 +
 +  せむせうしほとの物たになくなりてさらても心くるしきに
 +  東二条の院よりかくおほせられたるをしゐて候はんもははかり
 +  ありぬへきなりとて文をとり出給たるをみれは院の御かた
 +  ほうこうしてこの御かたをはなきかしろにふるまふかほいなく
 +  おほしめさるるにすみやかにそれによひ出してをけとすけ
 +  たいもなけれはそこにはからふへき人なれはなと御身つから
 +  さまさまにかかせ給たる文なりまことに此うへをしゐて候へき
 +  にしあらすなと中々いててのちはおもひなくさむに(よ歟)しはすれ
 +  ともまさになかき夜のねさめはせんさ(せ歟)いはんせいのきぬた
 +  のをとも我た枕にこととふかとかなしく雲ゐをわたるかりの
 +  なみたも物おもふ宿の萩のうは葉をたつねけるかとか(あ歟)や/s146l k3-67
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 +http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100218515/viewer/146
 +
 +  またれあかしくらして年のすゑにもなれはをくりむかふ
 +  るいとなみも何のいさみにすへきにしあらねはとし比の
 +  しゆく願にてきをんの社に千日こもるへきにてあるを
 +  よろつにさはりおほくてこもらさりつるをおもひたちて十一
 +  月の二日はしめのうの日にて八まん宮御神楽なるにまつ
 +  まいりたるに神に心をとよみける人もおもひいてられて
 +    いつもたた神にたのみをゆふたすきかくるかひなき身をそうらむる
 +  七日のさんろうはてぬれはやかてきをんにまいりぬいまはこの/s147r k3-68
 +
 +http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100218515/viewer/147
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