ユーザ用ツール

サイト用ツール


text:towazu:towazu3-25

とはずがたり

巻3 25 卯月の中の十日ごろにやさしたることとて召しあるも・・・

校訂本文

<<PREV 『とはずがたり』TOP NEXT>>

卯月の中の十日ごろにや、さしたることとて召しあるも、かたがた身もはばからはしく、物憂ければ、かかる病に取りこめられたるよし申したる御返事に、

  「面影をさのみもいかが恋ひ渡る憂き世を出でし有明の月

一方(ひとかた)ならぬ袖の暇(いとま)なさも推し量りて。古りぬる身には」など承るも、「ただ一筋に有明の御ことをかく思ひたるも心づきなしにや」など思ひたるほどに、さにはあらで、「亀山院の御位のころ、乳母子1)にて侍りし者、六位に参りて、やがて御すべりに叙爵して、大夫将監(たいふのしやうげん)といふ者伺候したるが、道芝して、夜昼たぐひなき御心ざしにて、この御所ざまのことはかけ離れ行くべきあらましなり」と申さるることともありけり。いかでか知らん。

心地も暇あれば、「いとどはばかりなきほどに」と思ひ立ちて、五月の始めつ方参りたれば、何とやらむ、仰せらるることもなく、また、さして例に変りたることはなけれども、心のうちばかりは物憂きやうにて明け暮るるもあぢきなけれども、水無月のころまで候ひしほどに、ゆかりある人の隠れにしはばかりにこと寄せて、まかり出でぬ。

<<PREV 『とはずがたり』TOP NEXT>>

翻刻

なるや卯月の中の十日比にやさしたることとてめしある
もかたかた身もははからはしくものうけれはかかるやまひ
にとりこめられたるよし申したる御返事に
  おもかけをさのみもいかか恋わたるうき世を出し有明の月
一かたならぬ袖のいとまなさもをしはかりてふりぬる身には
なとうけたまはるもたた一すちに有明の御ことをかく
おもひたるも心つきなしにやなとおもひたる程にさにはあら
て亀山院の御位の比めのとにて侍しもの六位にまいりて
やかて御すへりにしよしやくして大夫のしやうけんといふ
ものしかうしたるかみちしはしてよるひるたくひなき/s142r k3-58
御心さしにてこの御所さまの事はかけはなれ行へきあら
ましなりと申さるることともありけりいかてかしらん心ち
もひまあれはいととははかりなき程にとおもひたちて
五月のはしめつかたまいりたれは何とやらむおほせらるる
こともなく又さしてれいにかはりたる事はなけれとも
心のうちはかりはものうきやうにてあけくるるもあちきな
けれともみな月の比まて候しほとにゆかりある人の
かくれにしははかりにことよせてまかりいてぬこのたひの/s142l k3-59

http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100218515/viewer/142

<<PREV 『とはずがたり』TOP NEXT>>

1)
作者乳母子の藤原仲頼。底本「めのと」。
text/towazu/towazu3-25.txt · 最終更新: 2019/09/01 01:32 by Satoshi Nakagawa