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text:towazu:towazu3-16 [2019/08/11 12:43] – 作成 Satoshi Nakagawatext:towazu:towazu3-16 [2019/09/03 15:10] (現在) – [校訂本文] Satoshi Nakagawa
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 かくて還御なれば、「これは法輪の宿願も残りて侍る上、今は身もむつかしきほどなれば」と申して、とどまりて里へ出でんとするに、両院御幸、同じやうに還御あり。一院((後深草院))には春宮大夫((西園寺実兼))、新院((亀山院))には洞院の大納言((洞院公守か。))ぞ、後々に参り給ふ。 かくて還御なれば、「これは法輪の宿願も残りて侍る上、今は身もむつかしきほどなれば」と申して、とどまりて里へ出でんとするに、両院御幸、同じやうに還御あり。一院((後深草院))には春宮大夫((西園寺実兼))、新院((亀山院))には洞院の大納言((洞院公守か。))ぞ、後々に参り給ふ。
  
-ひしひしとして還御なりぬる御あとも寂しきに、「今日はこれに候へかし」と大宮の院((後嵯峨院后))の御気色あれば、この御所に候ふに、東二条院((後深草院中宮藤原公子))よりこそ御文あり。何とも思ひ分かぬほどに、女院御覧ぜられて後、「とは何事ぞ。うつつなや」と仰せごとあり。「何事ならむ」と尋ね申せば、「『その身((作者))をこれにて、女院もてなして、露見の気色ありて、御遊(ぎよゆう)さまざまの御事どもあると聞くこそ、うらやましけれ。古りぬる身なりとも、思し召し放つまじき御事とこそ思ひ参らするに』と、かへすがへす申されたり」とて、笑はせたまふ((「笑はせたまふ」は底本「わたせたまふ」。「渡せ給ふ」と読む説もある。))もむつかしければ、四条大宮なる傅(めのと)がもとへ出でぬ。+ひしひしとして還御なりぬる御あとも寂しきに、「今日はこれに候へかし」と大宮の院((後嵯峨院后))の御気色あれば、この御所に候ふに、東二条院((後深草院中宮西園寺公子))よりこそ御文あり。何とも思ひ分かぬほどに、女院御覧ぜられて後、「とは何事ぞ。うつつなや」と仰せごとあり。「何事ならむ」と尋ね申せば、「『その身((作者))をこれにて、女院もてなして、露見の気色ありて、御遊(ぎよゆう)さまざまの御事どもあると聞くこそ、うらやましけれ。古りぬる身なりとも、思し召し放つまじき御事とこそ思ひ参らするに』と、かへすがへす申されたり」とて、笑はせたまふ((「笑はせたまふ」は底本「わたせたまふ」。「渡せ給ふ」と読む説もある。))もむつかしければ、四条大宮なる傅(めのと)がもとへ出でぬ。
  
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   おほしめしはなつましき御こととこそおもひまいらするにと   おほしめしはなつましき御こととこそおもひまいらするにと
   返々申されたりとてわたせたまふもむつかしけれは四条   返々申されたりとてわたせたまふもむつかしけれは四条
-  大宮なるめのとかもとへいてぬいつしかあり明の御文あり/s132l k3-38+  大宮なるめのとかもとへいてぬいつしかあり明の御文あり/s132l k3-39
  
 http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100218515/viewer/132 http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100218515/viewer/132
text/towazu/towazu3-16.txt · 最終更新: 2019/09/03 15:10 by Satoshi Nakagawa