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text:towazu:towazu3-13

とはずがたり

巻3 13 いつよりも物悲しき夕暮れにゆゑある殿上人の参るあり・・・

校訂本文

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いつよりも物悲しき夕暮れに、ゆゑある殿上人の参るあり。「誰ならん」と見れば、楊梅中将(やまもものちゆうじやう)兼行1)なり。局のわたりに立ち寄りて、案内(あんない)すれば、いつよりも思ひ寄らぬ心地するに、「にはかに大宮院2)、心よからぬ御事とて、今朝よりこの御所へ御幸ありけるほどに、里を御尋ねありけるが、『これに』とて、また仰せらるるぞ。女房も御参りなくて、にはかに御幸あり。宿願ならば、またこもるべし。先づ参れ」と言ふ御使なり。

こもりて五日になる日なれば、今二日果てぬも心やましけれども、車をさへ賜はせたる上、嵯峨に候ふを御頼みにて、人も参らせ給はぬよし、中将物語すれば、とかく申すべきことならねば、やかて大井殿の御所へ参りたれば、みな人々、里へ出でなんどして、はかばかしき人も候はざりつる上、これにあるを御頼みにて、両院3)御同車にてなりつるほどに、人もなし。御車の尻に西園寺の大納言4)参られたりけるなり。大御所5)より、ただ今ぞ供御参るほどなる。

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いつよりも物かなしき夕くれにゆへある殿上人のまいるあり
たれならんとみれは山ももの中将かねゆきなりつほねの
わたりに立よりてあんないすれはいつよりもおもひよらぬ
心ちするににはかに大宮院こころよからぬ御事とてけさ
よりこの御所へ御かうありけるほとにさとを御たつねあり
けるかこれにとて又仰らるるそ女はうも御まいりなくて
にはかに御幸ありしゆくくわんならは又こもるへし
まつまいれといふ御つかひなりこもりて五日になる日
なれはいま二日はてぬも心やましけれとも車をさへたま/s127l k3-29

http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100218515/viewer/127

はせたるうへさかに候を御たのみにて人もまいらせたまはぬ
よし中将物かたりすれはとかく申へき事ならねはやかて大井
殿の御所へまいりたれはみな人々さとへいてなんとして
はかはかしき人も候はさりつるうへこれにあるを御たのみにて
両院御同車にてなりつるほとに人もなし御くるまのしりに
さいをんしの大納言まいられたりけるなり大か所よりたた
いまそく御まいるほとなる女院御なやみ御あしのけにていたく/s128r k3-30

http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100218515/viewer/128

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1)
楊梅兼行
2)
後嵯峨院后
3)
後深草院・亀山院
4)
西園寺実兼
5)
「大御所」は底本「大か所」。
text/towazu/towazu3-13.txt · 最終更新: 2019/08/09 23:13 by Satoshi Nakagawa