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text:towazu:towazu3-11

とはずがたり

巻3 11 九月の御花は常よりもひきつくろはるべしとて・・・

校訂本文

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「九月の御花1)は、常よりもひきつくろはるべし」とて、かねてよりひしめけば、身もはばかりあるやうなれば、暇を申せども、「さしも目に立たねば、人数(ひとかず)に参るべき」よし仰せあれば、薄色2)の衣(きぬ)に赤色の唐衣(からぎぬ)、朽ち葉の単襲(ひとへがさね)に青葉の唐衣にて、夜の番勤めて候ふに、「有明の月、御参り」と言ふ音すれば、何となく胸騒ぎて、聞きゐたるに、御花御結縁とて、御堂に御参りある。

ここにありともいかでか聞き給ふべきに、承仕(しようじ)がここもとにて、「御所よりにて候ふ。『御扇や御堂に落ちて侍ると御覧じて、参らせ給へと申せ』と候ふ」と言ふ。心得ぬやうに思えながら、中の障子を開けて見れどもなし。さて引き立てて、「候はず」と申して、承仕は返りぬる後、ちと障子を細め給ひて、「さのみ積もるいぶせさも、かやうのほどはことに驚かるるに、苦しからぬ人して、里へおとづれむ。つゆ人には漏らすまじきものなれば」など仰せらるるも、「いかなる方にか世に漏れむ」と、人の御名もいたはしければ、さのみ否(いな)ともいかがなれば、「なべて世にだに漏れ候はずは」とべかりにて、引き立てぬ。

御帰りの後、時過ぎぬれば、御前へ参りたるに、「扇の使はいかに」とて笑はせおはしますをこそ、例の心あるよしの御使なりけると知り侍りしか。

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なき御もてなしにつけてもいかてかわひしからむ九月の
御花はつねよりもひきつくろはるへしとてかねてより
ひしめけは身もははかりあるやうなれはいとまを申せとも
さしもめにたたねは人かすにまいるへきよしおほせあれは
かす色きぬにあか色のからきぬくち葉のひとへかさねに
あをはのからきぬにて夜のはんつとめて候にあり明の
月御まいりといふおとすれは何となくむねさはきてきき
ゐたるに御花御結縁とて御たうに御まいりある
ここにありともいかてかきき給ふへきにせうしかここもと/s126r k3-26
にて御所よりにて候御あふきや御たうにおちて侍と御らんし
てまいらせ給へと申せと候といふ心えぬやうにおほえな
から中のさうしをあけてみれともなしさてひきたてて
候はすと申してせうしは返ぬるのちちとしやうしをほそめ
たまひてさのみつもるいふせさもかやうの程はことにおと
ろかるるにくるしからぬ人してさとへおとつれむ露人には
もらすましき物なれはなとおほせらるるもいかなるかたに
か世にもれむと人の御名もいたはしけれはさのみいなとも
いかかなれはなへて世にたにもれ候はすはとはかりにてひき
たてぬ御かへりののち時すきぬれは御前へまいり
たるにあふきのつかひはいかにとてわらはせおはしますを/s126l k3-27

http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100218515/viewer/126

こそれいの心あるよしの御つかひなりけるとしり侍し
か神無月の比になりぬれはなへて時雨かちなる空の/s127r k3-28

http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100218515/viewer/127

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1)
長講堂の供花。2-11参照。
2)
「薄色」は底本「かす色」。
text/towazu/towazu3-11.txt · 最終更新: 2019/08/07 12:57 by Satoshi Nakagawa