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text:towazu:towazu1-26

とはずがたり

巻1 26 かくしつつあまた夜も重なれば・・・

校訂本文

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かくしつつ、あまた夜1)も重なれば、心に染む節々(ふしぶし)も覚えて、いとど思ひ立たれぬほどに、神無月二十日ごろより、母方の祖母(うば)権大納言2)、わづらふことありといへども、今しも露の消ゆべしとも、見る見る驚かで侍るほどに、いくほどの日数も積もらで、「はや果てぬ」と告げたり。

東(ひんがし)山禅林寺3)、綾戸といふわたりに家居して、年ごろになりぬるを、今日なん、「今は」と聞き果てぬるも、「夢のゆかりの枯れ果てぬるさまの心細き、うち続きぬる」など思えて、

  秋の露冬の時雨にうちそへてしぼり重ぬるわが袂(たもと)かな

このほどは、御訪れのなきも、「わが過(あやま)ちのそらに知られぬるにや」と案ぜらるる折節、「このほどの絶え間をいかに」となど、常よりも細やかにて、「この暮れに迎へに給ふべき」よし見ゆれば、「一昨日にや、祖母(むば)にて侍りし老い人、むなしくなりぬと申すほどに、近き穢れも過ぐしてこそ」など申して、

  思ひやれ過ぎにし秋の露にまた涙時雨れて濡るる袂を

立ち返り

  重ねける露のあはれもまだ知らで今こそよその袖もしをるれ

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翻刻

はてよかくしつつあまた夜もかさなれは心にしむふしふし
もおほえていとと思たたれぬほとに神無月廿日ころより
ははかたのうは権大納言わつらふ事ありといへともいましも
露のきゆへしともみるみるおとろかて侍ほとにいく程
の日かすもつもらてはやはてぬとつけたりひんかし山せん
りんしあやとといふわたりにいゑゐしてとしころになり
ぬるをけふなんいまはとききはてぬるも夢のゆかりの/s36r k1-62
かれはてぬるさまの心ほそきうちつつきぬるなと覚て
 秋の露ふゆのしくれに打そへてしほりかさぬる我袂かな
この程は御をとつれのなきも我あやまちのそらにしられ
ぬるにやとあむせらるるおりふしこのほとのたえまをいかに
となとつねよりもこまやかにてこの暮にむかへに給へきよし
みゆれは一昨日にやむはにて侍しおい人むなしくなりぬ
と申程にちかきけかれもすくしてこそなと申て
 思やれすきにし秋の露に又涙しくれてぬるるたもとを
たちかへり
 かさねける露のあはれもまたしらて今こそよその袖もしほるれ/s36l k1-63

http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100218515/viewer/36

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1)
雪の曙の来訪
2)
作者の母の実母。権大納言は女房名。
3)
永観堂
text/towazu/towazu1-26.txt · 最終更新: 2019/08/22 20:57 by Satoshi Nakagawa