text:takamura:s_takamura2-02
2-2 さてこのころ妹のある屋に行きたりければいと悲しかりければ・・・
校訂本文
さてこのころ、妹(いもうと)のある屋(や)に行きたりければ、いと悲しかりければ、寝にけり。妹、
見し人にそれかあらぬかおぼつかなもの忘れせじと思ひしものを
と言ひければ、かの殿にも行かでぞ泣きをりける。
久しう来ねば、大殿、「あやし」と思しけり。七日ばかりありて来たり。「などか見え給はざりける」とのたまへば、素直なりける人にて、こと隠して言ひければ、妻(め)、「いとあるべかしきことにて、あはれのことや。わがためにも、さらずはおはせめ。わいてもこそは、昔人は心もかたちもさものし侍りければこそ、年を経てえ忘れがたくし給ふらめ。さる人をみ侍りけんに、言ひ知らで見え奉るよ。後の世いかならん。
飽かずして過ぎける人の魂に生ける心を見せ侍るらん
あな恥かし」とのたまふに、男、「なにかそれは思し召す。かくては果てはえ知ろし召さじ。御魂のあるやうも見るべく、試みにさやなり給はぬ」とて、
「別れなばおのがたまたまなりぬとも驚かさねばあらじとぞ思ふ
出でてまかりしを、引き留(とど)めて、今日まてさぶらはせ給ふ、うるさしかし」と言ひける。
翻刻
そくしたまひけるさてこのころ いもふとのあるやにゐきたり けれはいとかなしかりけれは ねにけりいもうと みし人にそれかあらぬかおほつかな 物わすれせしとおもひし物を/s22l
https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100002868/viewer/22
といひけれはかの殿にもいかてそ なきをりけるひさしうこねは 大殿あやしとおほしけり七日許 ありてきたりなとかみえたまはさ りけるとの給へはすなをなりける 人にてことかくしていひけれは めいとあるへかしき事にてあ はれの事や我かためにもさらす はおはせめわいてもこそはむかし 人は心もかたちもさ物し侍/s23r
けれはこそとしをへてゑわすれ かたくしたもふらめさる人をみ 侍けんにいひしらてみえたて まつるよのちの世いかならん あかすしてすきける人の玉しゐに いける心をみせ侍らん あなはつかしとの給におとこなに かそれはおほしめすかくてはは てはえしろしめさし御たましゐ のあるやうもみるへく心みにさや/s23l
https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100002868/viewer/23
なりたまはぬとて わかれなはをのかたまたま成ぬとも おとろかさねはあらしとそおもふ いててまかりしをひきととめて けふまてさふらはせ給うるさし かしといひけるこのおとこはわかき/s24r
text/takamura/s_takamura2-02.txt · 最終更新: 2022/08/29 02:28 by Satoshi Nakagawa